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9.プロポーズ?

 夕食までにはまだ時間があるので、チカゲ達は各々の用を済ませようと一旦自室へ引き上げた。

 マリと共に部屋へ戻ったチカゲは、入るなり待ち構えていた王女付きの女官達に掴まり、とっとと軽装の外出着を脱がされた。


「えーっ、何なのいきなり?」


「何じゃあございませんよ、姫様」


 お湯に浸し絞った手拭いでチカゲの手足を拭きながら、女官長は言った。


「お聞きしたところ、何とヒノワの王太子殿下が我がアケノへお越しになられてらっしゃるとのこと」


「それを、何処から?」


 ナユタ二世には謁見したが、ハーシェルの訪問は、まだ王宮内全ての者に正式に発表はしていない。

 驚くチカゲに、年配の女官長はにこりと笑った。


「壁に耳あり、でございますよ。私くらいの古株は、そこら中に『耳』を持っております。それより、問題は姫様でございます」


「え、私?」


「はい」大きく頷いて、女官長はチカゲの肩に淡いオレンジ色のロングドレスを着せ掛ける。もう一人が同色のヒールを姫の足に履かせた。


「ヒノワと言えば大陸一の伝統を誇る由緒ある国。そんなお国のお世継ぎの王子様がお見えというのに、姫様はあのような軽装のお召し物で外を飛び回られてっ」


「だって、いつも外へはあの格好だもの」


 魔法の訓練の時も、暴走しやすい自分の魔力で万が一のことがあってはならないので、動きやすい短いギャザースカートに革の上着かベスト、革のブーツを履いている。


「魔法を使うのに、袖が長かったり裾が長くて広がってたりすると邪魔なんだもの。ねえ、マリ?」


「はい、それは……」


「それは分かります。しかしでございますよ」


 女官長は、髪を結うためにチカゲをドレッサーへと連れて行く。


「ヒノワの殿下は大切なお客様でございます。確かに、我が国の懸かる大事にご助力のためお越し下されたという事情はおありですが、それでも、アケノの第一王女たるチカゲ様が、くれぐれも粗相があってはならない方です」


「……そーかなー」


「左様でございますとも。ここはひとつ、アケノの王女として優雅にかつ威厳を持って、お振る舞い下さいまし。さすればひょっとすると、殿下が姫様にプロボーズ、ということだって、有り得るのでございますよ?」


「なっ——、プロポーズっ?!」


 あまりに驚いて、チカゲは声を引っくり返す。


「どっ、どどど、どうしてそんな……?」


「姫様は御歳十四におなりでございますよね? ヒノワの殿下も同い年ほどとのこと。願ってもないお相手ではありませんか?」


 確かに、ハーシェルに正確な年齢は聞いてないが、チカゲとひとつと変わらなそうである。

 それに、大国に嫁ぐというのは、王女にとって最高の幸せかもしれない。

 が。


「あのハーシェルだよ?」


 出会って本当に間が無いが、口は悪いは図々しいは、とにかく憎たらしいガキとしか思えない。


 ――あ、でも……


 トシヤに言い返してくれた時は、ちょっとかっこいいと思った。

 よく見れば、容姿もそれなりに悪くない。特に、アケノの人間には少ない黒髪黒目はエキゾチックで魅力的である。

 日頃、背の高いトシヤやカナメを見慣れているせいで、まだ十分に成長していないハーシェルは、どうしても頼りなげに見える。しかし、あと四、五年もすれば背も伸びて、立派な王族の青年になるだろう。


「それは、ちょっと見てみたいかも……」


「姫様?」


 考え事に没頭していたチカゲは、マリに声を掛けられ我に還った。

 気付けば、すぐ目の前に食堂の扉がある。


「あ、あれ……?」


 女官に手を引かれるまま、周囲を見もせず歩いているうち、いつの間にか食堂まで来ていたのだ。びっくりして振り向くと、マリが心配そうな顔をした。


「何処かお加減が?」


「あ、ううん。ちょっと」


 ハーシェルのことをずっと考えていたとは、恥ずかしくて言えない。曖昧に笑って手をひらひらと振ると、チカゲは衛兵の開けてくれた両開きの扉の中へ入った。

 食堂では、すでにカナメとハーシェルが卓に着いていた。


「お、着替えて来たんだ」


 ドレス姿のチカゲに、ハーシェルがにっこり微笑む。先程の会話もあり、チカゲは少年の笑顔にどきりとした。


「さすがアケノの第一王女だな、いいドレス着てるじゃないの。そーやっとちっとは淑女に見えるし?」


「……あのねえ」


 あからさまに『馬子にも衣装』と言って退けたハーシェルに、チカゲは笑顔を引き攣らせる。


 ――もーやだっ! やっぱこいつ、ただの悪ガキよっ!


 ちょっとでもイイ男になるかと思って、ときめいた自分が情けない。


「悪かったわねっ、ドレスだけよくってっ!!」


 頬を膨らませると、チカゲはドスドスと足を踏み鳴らして自分の席へ向かった。

 当のハーシェルは、そんなチカゲにゲラゲラと笑い出す。ハーシェルの向かいの席のカナメは、俯いて肩を震わせていた。

 玉座の右の扉が開き、ナユタ二世が入って来た。王の後ろには、カナメとチカゲの母、王妃カユラが続く。

 王妃は大変大人しい人で、政治など表向きの事柄には一切口を出さない。 普段は王宮の北側奥の王妃の部屋で、女官達と共に趣味の手芸や音楽などを楽しんでいる、典型的な貴婦人だ。

 王妃はハーシェルに軽く会釈すると、夫の隣の席に着席した。


 チカゲは、臨席の少年がうっとりと「お綺麗な方だなあ」と呟くのを聞て、更に向かっ腹を立てた。


「さて、皆着席しておるか? ――トシヤがおらぬようだな」


 卓を見回すナユタ二世に、カナメが聞いた。


「父上、トシヤをこちらにお呼びになったのですか?」


「うむ。パルスタードの件で、神々の依代同士、意見の交換もあろうと思うてな」


「それは、恐れ入ります」


 カナメが礼を述べ終わらぬうちに、扉が開きトシヤが入って来た。


「遅くなりました。南の封印塚の方角で、何やら騒ぎがあったという報告を聞いておりましたので」


「そうか。して、そちらへは?」


「近衛軍第二軍が向かっております」


「うむ」


 ナユタ二世は、トシヤからチカゲの背後に立つマリに目を転じた。


「そなたも着席せよ、マリ・ミクニ」


「はっ、ですが……」


 急に言われ、マリは慌てる。が王は鷹揚に笑った。


「そなたも依代の一人。立っていては意見を言いづらかろう」


「……はい。では、今回はお言葉に甘えまして」


 マリが末席の椅子を引き全員が着席したところで、料理が運ばれて来た。


「本来なら、ハーシェル殿下のために晩餐を開かねばならぬところなのだが、時が時じゃ。かようなささやかなものでご勘弁願いたい」


 とんでもありません、とハーシェルが返す。ナユタ二世が食物の神リリアに短い感謝の祈りを捧げ、夕食が始まった。

 程なく。扉が急に開き、侍従が緊張した面持ちで足早にトシヤの側へとやって来た。


「――なに?」


 トシヤは、膝に掛けていたナプキンを鷲掴みすると、難しい表情で立ち上がった。


「陛下、並びにお妃様に申し上げます。火急の事態が発生致しました。失礼ながら、退出のご許可を賜りたく」


「どうしたんだ?」


 訊いたカナメに、トシヤは吐き捨てるように言った。


「南の封印塚が、パルスタードらしい魔術師に破壊された」


 封印塚とは、シノノメ市内を囲む三の濠のすぐ側五か所に作られた、結界の塚である。

『褐色の塔』『光の塔』の封印結界を補佐する王宮城壁の遮断結界を、更に強固にするために作られたものであるが、範囲が広いために、さほど効果は強くない。

 塚は五つどれもが同じ形で、丸く盛られた土の上に、アケノでは花石と呼ばれている最も硬い質の石を大小の円盤形と円筒に加工し、一番大きな円盤から順に、小さな円盤を間に挟みながら積み上げて築かれている。

 円筒形の石は塔の中程に挟まれており、その中に結界石として大人の拳大程の、呪文を封印した水晶が納められていた。

 土台の土饅頭から半径二十メートル程は建造物などは無く、塚を中心とした広場になっている。

 塚の正面の地面には、魔法文字で魔法陣が彫られた花石の石盤が埋め込まれている。宮廷魔術師が塚の見回りの時間を短縮するために設けたもので、宮廷魔術師だけが着けるのを許される腕輪と呼応するようになっていた。

 トシヤの言葉に、カナメは美貌を厳しくする。


「で、被害は?」


「塚は壊滅。しかも周囲の民家まで破壊して、多数の死傷者が出ている。第二軍だけじゃ手が足りねえ。……ちくしょう、あいつ、人を飢え死にさせる気かってんだっ」


 最後に小声で毒づいたトシヤに、ハーシェルが小さく吹き出す。

 国王の退出許可を得たトシヤは、少年を一瞬横目で睨んで、出て行った。

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