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4.褐色の塔

 その晩。

 昼間の騒ぎもあってか、なかなか眠れないチカゲは、寝台を抜け出してバルコニーの扉を開けた。

 チカゲの部屋は王宮の南東にある。窓から見えるのは、所々に小さな池と四阿を配した庭園と、その先に恐ろしく背の高い細長い塔がひとつ。


『褐色の塔』である。


 外壁の色からそう呼ばれるようになった塔は、昼間、パルスタードが言った通り、五重の封印でエルウィードの魂と魔力を封じ込めていた。

『褐色の塔』の周囲には、五体の神の塔『光の塔』が、正五角形の魔法陣を描くように配置されている。

 また、六つの塔を囲むように建てられた王宮も、外塀に配置された五つの尖塔を結ぶと、正五角形を形作る構造になっている。

 尖塔で魔法陣を描いた理由は、『褐色の塔』を囲む『光の塔』の結界補強と、さらに、万が一の場合、外敵の魔法攻撃から王宮内の王侯貴族を守る結界を張るためであった。


 夏の東の地特有の、南の草原からの乾いた夜風がチカゲの赤金の髪を揺らす。

 バルコニーの真下では、警護の兵士が手燭を持ち、不動の姿勢で辺りを警戒している。

『褐色の塔』は、手燭の淡い明かりと星明かりに照らされ、黒く影のように見えていた。

 バルコニーから見た感じでは、『褐色の塔』の封印が解かれたとは思えない。


「ほんとなのかなあ……」


 チカゲは、手摺に両肘を掛け軽く溜め息をついた。


「お起きになっていらっしゃったのですか」


 背後から掛けられた、マリの柔らかい声に、チカゲは振り向く。


「うん。何だか、寝られなくて」


「そうですか」と、マリはチカゲの隣に並んだ。


 小さな頃から一緒に育ったマリに対し、チカゲは、主従と言うより姉のように思っている。

 チカゲの気持を察してくれているであろうマリも、言葉遣いこそ従者だが、本当の妹のようにチカゲに接してくれる。


「大変なことになっちゃったね」


 チカゲは両手の上に顎を乗せ、目を閉じた。


「パルスタードがエルウィードの『器』だったなんて……。しかも逃げられちゃって。トシヤ兄はまた掴まえるって言ってるけど、エルウィードはそう簡単に掴まるとは思えないし」


 これからどうなるんだろう、と、チカゲは不安な気持ちで呟く。


「そうですね。でもまた、神々が降臨なさるのでは?」


「三百年前は四柱の神々が目覚めて下さったって話だけど。今度もまた、お力を貸して下さるかなあ」


 チカゲの白い絹のネグリジェの裾を、弱い夜風がはたはたと叩く。

 髪と同じ赤金の細い眉を寄せた小さな横顔に、マリは微笑んだ。


「大丈夫ですよ。神々は絶対、アケノをお見捨てにはなりません」


 不意に、バルコニーの下で警護の兵が騒ぎ出した。何事かと、チカゲとマリは下を見る。

 微動だにしなかった兵士の手燭の仄明かりが、塔の方向と宮殿の間を忙しなく行ったり来たりしている。


「どうしたの?」


 真下に来た手燭のひとつを、チカゲは呼び止めた。


「はっ、『褐色の塔』付近で、何か異変があった模様ですっ!」


 王女とお守役は顔を見合わせる。


「パルスタード?」


「もしかしたら」


 マリは、きゅっと美貌を引き締めた。

 チカゲは再度、兵士に声を掛ける。


「誰か塔に入ったのっ?」


「分かりませんっ!! ただ、塔から異様な光が漏れていると……」


「光?」


 そんなものはここからは見えないな、と、チカゲは暗い木陰に目を凝らす。

 近いといっても、チカゲの部屋から『褐色の塔』までは1キロ弱はある。 微弱な光だと、間の林が邪魔になり、確認は難しい。


「ダメ。わかんない。マリは見える?」


「いいえ。私にも見えません」


 二人が光の確認を諦めた時。『褐色の塔』から悲鳴が聞こえた。


「なんだっ?!」バルコニーの真下の警備兵達が、動きを止める。チカゲとマリも再度目を向ける。


 数秒置かず。いきなり足下から突き上げるようなうねりを感じた。

 アケノは地震の多い東の大陸のなかでも、比較的少ない方だ。それでも、何年かに一度中程度の地震は起こる。

 だが、この地震は今までチカゲが体験してきたものと、比べものにならないくらい大きい。

 縦揺れ続いて横に激しく揺すられ、ただてさえ地震の苦手なチカゲは、マリに縋ってその場にしゃがむ。


「いやーっ!! 怖いぃっ!!」


「姫様っ! 大丈夫ですからっ!」


 半泣きになりながら、転がらないようにバルコニーの手摺に掴まったマリの身体に、チカゲは必死に縋り付く。

 下の兵達も、慌てたように叫んでいる。バルコニーの近くの大木の枝が、ばさばさと音を立てて動いている。

 どれくらい揺れていたものか。

 漸く落ち着いて来たのを感じて、マリが手摺の飾り穴から下を窺った。

 先程よりなお一層慌てた様子で中庭を走って行く兵士の足音が、まだ恐慌状態のチカゲの耳にも、ぼんやりと聞こえる。

 と、マリが声を上げた。


「姫様っ!」


 お守役の切迫した声に、チカゲは恐々顔を上げた。


「なに〜〜?」


「あれをっ!」


 目に映ったのは、明滅する青白色の光だった。それが『褐色の塔』からのものだと分かるのに、数秒掛かった。

 更に。


「沈んでるっ。塔が沈んでるよっ?!」


 思わぬ事態に、チカゲは地震の恐怖も忘れて、『褐色の塔』を指さして叫んだ。


 光を纏った尖塔の先が、暗い梢の下にみるみる下がって行く。

 一体何が起こっているのか? チカゲは確かめたくて咄嗟にバルコニーの手摺に手を掛けた。

 風魔法の飛翔の呪文を使えば、この高さからでも楽に着地出来る。他はノーコンだが、チカゲはその魔法だけは得意で、しょっちゅうこのバルコニーから飛び下りていた。

 飛翔の呪文が得意になった理由は、嫌いな地震を避けるため、というのもあった。今は地震が突然のうえ揺れが大きかったため、動揺して呪文を唱える暇もなかったが。

 先刻の揺れの恐さをけろりと忘れ、飛翔の呪文を唱えつつ、手摺をふわりと足が越えようとした時、マリの両腕がチカゲの身体を掴まえた。


「いけませんっ!」


 強引に引き戻されたチカゲは、抱き留めたマリをクッションにしてバルコニーに転がる。


「あいたたっ」


 したたか膝を打ったチカゲは、それでも素早く起き上がると、身を挺して止めたお守役を振り返って睨んだ。


「だってっ!」


「今さっきの地震といい、この様子では何が起こるか分かりません。昼間の件もあります、姫様の身に危険があっては――」


 マリの説教は、再びの揺れと強烈な閃光によって遮られた。


「きゃあっ!!」


 風のような質量は持たないはずの光に何故かチカゲは圧され、再びバルコニーの上に倒れる。

 そのまま、チカゲは気を失ってしまった。

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