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3.悪しき魔術師の『器(うつわ)』2

 市井の魔術師よりは魔力が大きい宮廷魔術師が唱えられる魔法の最大が、風魔法ではこのサンダー・ボールである。

 それも、魔力の流れを制御する杖があって、初めて使用できる。

 しかし、パルスタードは杖なしで、しかも簡単な詠唱のみでサンター・ボールを発動させた。


 やはり、並の魔力ではない。


 パルスタードが何をしようとしているか分かった魔術師達は、老師長を庇って彼と対峙した。


「止めろっ!! パルスタードっ!!」


「師長を殺そうなんてっ!! 恩知らずにも程がありますっ!」


「目を覚まして下さいっ、補佐さまっ!」


 後輩や同僚の魔術師達は、何とか止めさせようと説得する。が、パルスタードは不気味な笑いを顔に張り付けたまま、答えない。

 この期に及んで漸く最悪な事態になりつつあるのに気が付いた貴族達は、慌てて広間を出ようと入り口へ殺到する。

 悲鳴を上げながら廊下を目指す腰抜け共を掻き分けて、近衛軍の騎士達がナユタ二世の周りに集まった。

 カナメも剣を抜き、トシヤと並んでパルスタードと対峙する。

 一触即発の展開に、チカゲはますます蒼白になる。


「陛下っ!! 右手の扉からご退出をっ!!」


 トシヤが、パルスタードに剣を向けたまま大声を上げた。

 近衛軍第三軍軍団長ハナブサが、部下達に向かって怒鳴る。


「おまえ達っ、陛下を外へお連れしろっ!」


「無駄だ」


 パルスタードが、空いている右手に別の魔法の球を作り出して乗せる。

透明な青い光を放つその球は……


「ウォーター・ボールっ!!」


 チカゲは悲鳴を上げた。

 一つの魔法を発動中に、二つ目の、しかも同等レベルの魔法を発動するのは、通常は不可能だ。

 魔法は術者の『気』を具現化するものであるため、ひとつの魔法に魔力――気力が集中している状態で、別属性でなくとも、ふたつ目の魔法を使おうとすれば、通常ならば魔力が分散し、どちらも霧散してしまう。

 恐らく、魔術師長でも無理と思われる仕業を、だがパルスタードは易々とやって退けている。

 パルスタードの魔力の大きさとコントロールの旨さを、チカゲは改めて実感した。

 阻止するには、魔術師長の弟子の中で一番魔力が大きいチカゲが解呪呪文(デスペル)を唱えればいいのだが、ノーコンがわざわいしてか、チカゲは何度練習しても上手く発動出来ず、全く魔法を無効化できないのだ。


 パルスタードは、恐怖に顔を引き攣らせるチカゲを一瞥すると、青い水球を無造作に、ナユタ二世目掛けて放った。


「父上っ!」


 水の球に捕らえられたら、呼吸が出来なくなり即、死んでしまう。

 何とか止めなければ。

 駆け寄ろうと立ち上がるが、彼女の位置からでは玉座は遠い。

 魔術師達が一斉にデスペルを掛ける。だが、パルスタードの魔力を上回れず、悉く跳ね返された。

 もはや何ものにも遮られず飛んで来る魔法の水球に、一番近くに居たトシヤが躍り掛かる。だが、柔らかく手応えの無い水は、刃では斬れない。


「しまったっ!!」


 飲まれる前に避けたトシヤを迂回して、球はナユタ二世に迫る。

 驚愕に、娘と同じ薄緑の目を見開いた王が、水色の膜に完全に覆われてしまうその寸前。


「デスペルっ!」


 魔術師長の解呪呪文が、広間に響き渡った。

 王を包もうとしていた水の球は、小さく弾けて消え去る。


「さすがは、師匠」


 パルスタードは、口の端を吊り上げる。


「だが、二度目はどうかな?」


 元魔術師長補佐は、雷球の乗った掌を高々と上げた。彼を縛り上げていた衛兵が、抜刀して斬り掛かろうと構える。


「動くなっ!」


 パルスタードは鋭い声とともに、衛兵の方へ雷球を向ける。


「止めてっ!」チカゲは叫んだ。


「師匠や、父上を殺してどうなるのっ!? あなたの望みは力を取り戻すことでしょうっ!! だったら、関係ない人を傷付けないでっ!!」


「気の強い、アケノの王女」


 パルスタードは、鋭利な刃のような灰青の瞳でチカゲを睨んだ。


「おまえは分かっていない。おまえの父も師匠も、私の野望には邪魔な存在なのだよ。――この世界を我が手で破壊するという野望に」


 言うなり、エルウィードの『器』は雷球を上へと放った。球は激しい稲妻を纏いゆっくりと膨らみながら、美しいアケノの山野を描いた天井画へと登っていく。

 再び魔術師達がデスペルを放つ。が、やはり効果は跳ね返される。

 このままだと数分と待たず、広間全体を破壊するのみならず、ここにいる大勢の臣下達も帯電して必ず死傷する。

 チカゲは、縋る思いで師匠を振り返る。しかし魔術師長は、先程の呪文で魔力を出し切ったのか、肩で息をしていた。

 チカゲには兄弟子になる他の宮廷魔術師達も、パルスタードの圧倒的な魔力の前に、もはや打つ手なしといった、苦渋の表情で動かない。


 抜刀していた衛兵が、剣を振りかざし、パルスタードに接近する。


「あっ、バカっ!!」トシヤが叫んだ。


 勇んだ衛兵の刃は、しかし、パルスタードを傷付ける前に、見えない障壁によって衛兵ごと弾かれた。

 背から床に転がった衛兵の姿に、近衛兵等も目を剥く。

 

 ――サンダー・ボールを消す他の方法って……


 ないことはない。

 異なる属性の二つの魔法がぶつかり合うと、同レベルでほぼ同等の強さなら、互いをきれいに打ち消す。

 しかし、かなりな高等技術である。

 同レベルの魔法でも、強さには個人差が生じるため、相手の魔力――すなわち気の大きさをきちんと見極められなければ、大惨事になる。

 しかも、チカゲはノーコン魔術師、なのだ。

 だが、このまま手をこまねいていては、パルスタードに全員、殺される。


 ――やるしか、ないよね。


 腹を決めて、チカゲは詠唱無しで魔法を発動した。


「ファイヤー・ボールっ!!」


「姫っ! それは危険――」


 コントロールの怪しいチカゲの無謀を、慌てて止めようとした魔術師長の言葉がチカゲの耳に聞こえた。だが、魔導師長の制止より僅かに早く、巨大火球が雷球を襲った。

 刹那、二つの魔力はぶつかり、眩い光を放つ。雷球は火球の勢いに飲まれ、瞬時に消え失せる。

 が、魔術師長の制止通り、チカゲはコントロール・ミスをした。

 パルスタードの魔力を遥かに上回ってしまったチカゲの魔力は、雷球を消滅させただけでは収まらず、天井と周囲の柱の一部を破壊する。

 大音響と共に吹き飛んだ大広間の天井の断片が、上階の壁や窓を叩き壊す。

 一度吹き上がった破片は、再び広間へ降って来た。


「きゃああっ!!」


 チカゲは思わず頭を両手で庇ってしゃがんだ。すぐに発動された魔術師達の物理防御呪文プロテクト・シールドによって、彼女の頭も、他の者達の頭上も、漆喰やレンガの豪雨から守られた。


「……全くっ」


 細かい破片を肩から払い落としながら、トシヤが渋い顔で、どすどすと足音荒くチカゲに向かって来た。


「おまえは自分の力を、ちっとも分かってねえんだなっ!! 見ろっ、上っ!! どーすんだこんな大穴開けてっ!!」


「……ごめんなさい」


 消え入るような声で、チカゲは謝った。


「でもっ、サンダー・ボール消さなきゃだったし、成功したことないデスペルより、ましかな、と思って……」


 涙目で反省するチカゲに、トシヤは大きく溜め息をついた。


「あのなあっ」


「まあまあ、トシヤ様。確かに瓦礫は降って参りましたが、危険な雷球は消滅させた訳ですし」


 あのままでは、パルスタードの雷球が居合わせた人間もろとも、放電で広間全部を破壊していた。

 

 周囲の人やものを大量に破壊する雷球より、破壊力は大きくとも、触れなければ人体に被害は無い火球の方が、まだ安全である。

 破壊された建造物の破片などは、降って来ても先程のように物理防御呪文で何とか凌げる。

 がそれでも、一歩間違えれば皆大火傷だし、大火事である。


 魔術師長の執り成しに、トシヤは後ろ髪が長めの焦げ茶の頭をがしがしと掻いた。


「ったく、みんなチカゲに甘いんだからよっ」


「それは、そうかもな」


 ナユタ二世が退出したのを見送ったカナメが、笑いながら寄って来た。


「でもそれは、チカゲが一生懸命だからだ。わざと大暴走してる訳じゃないし。それでもこれはちょっとやり過ぎだけど」


 天井を見上げたカナメに、チカゲはもう一度「ごめんなさい」と小さな声で謝った。


 兄は鷹揚に頷いた。


「今回は、魔術師長の言う通り、結果オーライってことで。ひとつ間違えれば人が死んでたけど、それは無かったし。パルスタードは取り逃がしたけどね」


「え?」


 チカゲは改めて周囲を見回した。確かにカナメの言う通り、パルスタードの姿は何処にも無かった。

 どうしよう、とチカゲは慌てる。トシヤが、さすがにもうトゲは引っ込めた落ち着いた声で言った。


「気にすんな。取っ捕まえるのは俺らの仕事だ」


 長身を見上げたチカゲに、従兄はにっ、と笑う。


「ノーコンはしょーもねえが、陛下も魔術師長もご無事だ。よくやった」

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