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26.長き悲しみの終わり

「――夜空より降り注ぎし共鳴せし星の力、我を通じて破壊の源となれ。スターライト・ウェーブっ!」


 途端。

 チカゲの、胸の前で向かい合わされた掌の間に、無数の強烈な白い光の点を含んだ、黒い球が現れた。無数の光点はよく見ると、ひとつひとつがまるで夜空の星のようにはっきりと輝いている。

 両手の間で静止しているその球を、チカゲはエルウィードに向けて投げた。球はうねりながら長く大きく伸び、それにつれて中の様子がはっきりとする。

 黒い波は、紛れも無く、宇宙だった。無数の光点は波状になった黒球の中で間延びし、やがてひとつひとつが星雲となる。

 波状の夜空の中に、無数の星が、星の雲が、輝いている。


『神気』に次いで高次の気力である『光気』を纏う星々の雲を内包した黒い波は、膨大な力の塊として突進する。


 エルウィードは、迫り来る力の波を止めようと、幾つもの魔法を同時に放つ。

 しかし膨張しながら全てを飲み込む波は、圧倒的なエネルギーで、エルウィードが放った全ての魔法を飲み込んだ。


「う……っ、おおおおおぉっ!!!!」


 解呪も、魔法防御も、何も効かない。最後は結界一杯に波及し、エルウィードの身体も、魔力も魂も、何も彼もその波頭に飲み込み、爆発した。

 それは、原始の高エネルギーの球が爆発し今日の世界を構成し始めた時にも匹敵するような、物凄い力の拡散であった。

 結界内に居たチカゲ達も、究極呪文の爆発のエネルギーに吹き飛ばされ、突き倒された。

 五芒星を象っていた彼等の宝具も皆、粉々に砕け、波は結界の外にも影響を与えた。

 遠巻きで見守っていた魔術師長達も、爆風に煽られ地面に叩き付けられた。

 しかし、強固な神々の魂の結界は、この凄まじい魔力をそれ以上外には伝えなかった。


 宝具によって力の大半を押さえられた究極呪文は、人々を多少傷付けた後、『光の塔』第一の塔にぶつかり、大きな亀裂を入れ、更に周囲の数本の大木を薙ぎ倒し、消えた。


******


 気が付いた時、チカゲは地面に転がっていた。

 目の前には、満天の星が、広がっている。


「……綺麗な、星?」


 一瞬、チカゲは自分がまだ究極呪文で出来たあの波の中に居るのかと、錯覚する。

 だが、そよぐ夏の風に頬を撫でられ、ここが現実の世界で、全て終わったのだと気付き、漸くほっと息をついた。

 起き上がったチカゲは、何気なく自分の掌を見詰める。どうやったらあんな凄まじい魔力が出せるのかと思う程小さな掌は、星明かりの下、薄ぼんやりと白い。


 掌を見詰めながら、チカゲは束の間途切れていた、つい今しがた起こった出来事の記憶を、ゆっくりと思い出した

 あの時。黒い夜空の波が爆発する寸前。

 チカゲはチナミが、両腕を広げ自分の前に立ちはだかるのを見た。

 チナミは『神力』を使い、チカゲをスターライト・ウェーブの爆風から守った。

 一度は決裂した筈の神が、突如現れた事実に呆然としたチカゲを振り向き、チナミは微笑んだ。


『迷惑掛けたね、ごめん』


 依代としてチナミを降臨させていた時と同様、彼の声は頭に直接響いて来た。


『長い間、悩んだ。僕がしたことは本当によかったのだろうかって。でも、チカゲと出会って、僕は全く覚悟が出来ていなかったんだ、と気が付いた。エルウィードを含めてみんな助けようなんて、虫が良すぎたんだ。……過去を切り捨てることが出来ない僕に、こうして踏ん切りを付けさせてくれたのは、チカゲだ。本当に、ありがとう』


 どう答えてよいのか分からず、チカゲは黙っていた。チナミは、分かっているというように、頷いた。


『もう僕は行くけれど、チカゲ、仲間を大切に。そして、これから先の世界をよろしく』


 チナミは、広げていた両手を下ろした。

 ゆっくりと、押し寄せる究極呪文の強大な波動の中に進み出すチナミを、チカゲは何とか引き止めようと口を開く。しかし、それは終に声にはならなかった。

 数歩歩いたチナミの隣に、長身の人影が寄り添った。それがユキナガであると分かるのに、それ程時間はいらなかった。続いてテオドールとツバサが、そしてカレリアが、チナミの横へ並ぶ。

 初めて見た他の四人の神々は、チカゲの予想していた通り、皆、凛とした美しさを持った若者だった。

 彼等は、戸惑うチカゲに淡く笑い掛けると、究極呪文の力の中心、エルウィードの居る所へと進んで行った。

 チカゲは、彼等を止めようと手を伸ばした。

 だが、途中で思い止どまった。


 これで、彼等はやっと安らげるのだ。


 二千年もの長きに渡り、苦しみ、悩み続けたチナミの悲しい物語は、今、漸く終わる。

 強大な力の中へと消えて行く彼等の後ろ姿を見送りながら、チカゲはただ静かに涙を流した――


 ふと、苦しげな声が聞こえて、チカゲは意識を現実へと戻した。

 目を上げると、三メートル程離れた左側で、カナメがもそりと起き上がった。


「兄上」


 星明かりにぼんやりと見える兄に声を掛けると、カナメは地面に座ったまま頭をこちらへ向ける。


「……行ったな」


 その言葉で、チカゲは兄も同じ光景を見ていたのを知った。


「うん……」頷いたチカゲに、カナメはふうっ、と息を吐いた。


 と、その向こう側でトシヤがむくりと起き上がった。


「よお、終わったな」


 低い声に、カナメとチカゲは頷く。

 更に反対側で、マリとハーシェルも上体を起こした。


「五人共、行っちまったね」


「エルウィードも、これで二度と復活しないでしょう」


 チカゲは、もう一度頭上を見上げ、同じ言葉を、今度は万感の思いを込めて呟いた。


「きれいな、星」


 彼女の呟きに、マリも、カナメも面を上へ向ける。

 チナミ達の行った魂の世界は、この満天の夜空の彼方ではないのかもしれない。

 だが、もう二度と苦しみも悲しみも無い場所であることを、チカゲは心から願った。

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