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23.すれ違う『想い』

 精霊魔法は、現在使用されている四大属性魔法と無形系魔法とは、体系が違う、とパルスタードは言っていた。

 しかし、魔法は魔法。介在している魔術師の『魔力』は、どちらも同じだ。とするならば、別体系であろうと、より大きな『魔力』をぶつけられれば、タイミングによっては霧散する可能性もある。

 事実、北の封印塚の戦いの時、負傷したパルスタードの魔力が弱まったために、魔獣達は霧散した。

 火の鳥も同じだ。特殊な生態だが、召喚されて来た以上、魔力の生き物であろう。一度死んで再生するその瞬間、もしかしたら火の鳥と召還者の魔力の絆が一度切れ、自動的に改めて召還し直されているのかもしれない、と踏んだチカゲの読みは、当たった。

 再生——正確には、再召還の瞬間、その魔法をより強大な魔力によって解呪され、火の鳥は元の姿に戻れずに霧散した。

 まさかチカゲがそこまで考えていると想像していなかったパルスタードは、初めて青褪めて彼女を見た。


「……さすがは、強大な魔力の持ち主だな、チカゲ・セライア」


「初めて私の名を言ったわねっ」


 チカゲは杖を斜めに構えると、大声でレベル5の呪文を唱えた。


「……我が魔力、風の流れとなれっ。しかして突風、炎を産み、振れるものことごとくその舌に捕らえ粉砕せよっ!! ファイヤー・ストリームっ!!」


『チカゲっ!!』 頭の中で、チナミが叫ぶ。制止の叫びなのは分かっていて、しかしチカゲは術を止めなかった。


 振り下ろされた杖の先から、轟音と共に炎の渦が飛び出す。渦は強風に乗り、チナミの塔を背負って立つパルスタードへ向かう。

 呪文の通り、炎の風の舌が魔術師を捕らえようとした瞬間。チカゲの手から不意にチナミの杖が消えた。

 チナミが、チカゲから離れたのだ。

 唐突に杖を失い一瞬慌てたが、ある程度予想していたチカゲは、続けてそのまま魔法を放った。


「ファイヤー・ウォールっ!!」


 今度は更に強力な、炎が壁のようになったまま相手にぶつかる魔法である。

 壁は、途中から大波の様相で魔術師に伸し掛かる。

 エルウィードの魔力を得たせいで、逆巻く熱い渦すら難無く手で止めたパルスタードだったが、間を置かず襲って来た二陣の炎の壁は、さすがに防ぎ切れなかった。

 灰色の魔術師の端正な顔が、チカゲの強大な魔力を受け、苦痛に歪む。

 押し合うこと数秒、パルスタードは炎の壁に飲まれる。しかし完全に炎に捕まる寸前、パルスタードは移動魔法を発動し、虚空へ掻き消えた。


 目標のなくなった巨大な炎の壁は、そっくりそのまま後方の『光の塔』に激突する。

 チカゲはパルスタードを取り逃がしたことより、塔を崩壊させてしまう危険に悲鳴を上げた。


「きゃあああっ!!!!」


 ここ数日の悪夢再び、と、彼女は両手で顔を覆う。

 大広間の天井どころではない。チナミの戻った『光の塔』を粉砕したとなっては、どう謝っても父王とて許さないだろう。


「……やっちゃったぁ……」


 顔を覆ったまま、その場にぺたりと座り込む。

 そこへ、『褐色の塔』を守っていた魔術師達がやって来た。


「姫様っ!!」 草の上に蹲っているチカゲに、魔術師長が慌てた声で尋ねた。


「どう、なされましたっ?! 何処か、お怪我をっ!?」


 老体にむち打ち急いで来たのだろう、上がる息のまま心配そうに側に膝をついた師匠に、チカゲはそろそろと顔を覆った手を退けた。


「い、いいえ、大丈夫、です。ただその……。『光の塔』に、魔法がぶつかっちゃったから、もしかしてまた、壊しちゃったかもって……」


「『光の塔』にっ? ――あ、いや、塔は無事ですな」


 最大出力のチカゲの魔力が炎の奔流となってぶつかったはずなのに、チナミの塔はびくともしていなかった。


「……ほんとだ、よかったあ」


「『光の塔』は、内部がチナミの魔力で出来ておりますから、余程でなければ崩れたりせんのでしょう」


 にっこり笑う師匠に、チカゲは、改めてほっと肩を落とした。


「チカゲっ!!」


 正面門から、カナメ達が走って来た。


「パルスタードはっ?」


 火の鳥の炎に焼かれたのだろう、カナメの服は、シャツもズボンもあちこち焼け焦げ穴だらけである。銀の装飾を施した胴鎧にも、幾つも焦げ跡がある。

 いつもの優美な貴公子の表情とは打って変わって、勇猛果敢な剣士の面構えの兄を、チカゲは見上げた。


「ごめんなさい。取り逃がしました」


「けど、結構ダメージ与えたんだろ? 火の鳥がいきなり消えたもんよ」


 大怪我をした割には元気で、それでも腕や足に軽い火傷だらけのハーシェルが言った。


「うん……」


「なら、いいんじゃんよ?」


「っても、あいつのこった、またすぐに襲撃して来るぜ?」


 こちらも軍服が焦げ穴だらけのトシヤが、難しい顔で腕を組む。


「しかし、姫様がご無事で何よりでした」


 美貌を軽い火傷と埃で汚したマリが、チカゲを見てにっこり笑った。


「……マリ」お守役の優しい笑顔に、それまでの緊張が一挙に解ける。


 チカゲは、悲しくもないのにわっと泣き出した。


「どっ、どうなさいましたっ?」


「なんでも…、ないのっ。ただ…、泣けちゃって……っ、ひっく……」


「無理もない。姫様はまだおん歳十四。魔法は精神を如何に研ぎ澄ますかで勝敗が決まるもの。よくぞパルスタード相手に、頑張られました」


 魔術師長の労いが、またチカゲの涙を呼ぶ。


「あーあー、これが俺達のヒロインなんだからなぁ」


 トシヤは、大袈裟に呆れてみせた。


「おいっ、いい加減に泣き止めっ。まだまだ終わっちゃいねえってのっ」


「う、うん」


 分かっているが涙が止まらないチカゲは、だが何とか顔を手の甲で拭ってしゃくり上げるのを止めた。

 マリが、その背を小さな子供あやすようにゆっくりと擦る。


「さて」とカナメが一同を見回した。


「トシヤの言う通り、まだ奴との戦いは終わっていない。だが、もう先は長くないんじゃないかと、僕は思っている。奴は相当、焦っている。その焦りが何を起因としているのかのところ見当がつかないが。とにかく、次に相対するのを、最後にしたい」


「俺も」ハーシェルが手を上げた。


「エルウィードの魔力を、奴は身に付けた。ってことは、こっちが打ち損じて戦が長引けば長引く程、奴に有利になる。早いとこ決着つけないと、結構ヤバいと、個人的に思う訳だ」


「しかし、どうすれば……」


 マリが言い掛けた時、魔術師長が驚いた顔でチカゲに言った。


「姫様、チナミ様は、どうされました?」


 彼女の手にチナミの杖が無いのを不思議に思って訊いた師匠に、チカゲは少し困った顔で答えた。


「あの……。離れてしまわれたんです」


「ああ、やっぱり」


 ハーシェルが苦い顔をした。


「チカゲからチナミの気配がしないから、多分離れたと思ったけど」


「また喧嘩したのか?」


 カナメの問いに、チカゲは素直に頷く。


「だって……。確かに、チナミ様のお気持ちは分かるんだけど。でも……。でもっ、私はやっぱりパルスタードを許せないのっ」


 チナミの、優しかった兄であり守役であった頃のエルウィードへの、今も変わらぬ思慕を、あの男は打算と自己陶酔として切り捨てた。

 チナミの依代となり、かなりの部分彼と記憶を共有していたチカゲは、チナミが純粋にエルウィードを慕っていたのを感じていた。

 それを、己の歪んだ思いで曲解し、揚げ句に殺そうとするエルウィードは、何としても許せない。

 そして、そんなエルウィードを哀れに思う余り、いつまでも彼にとどめを刺せないチナミを、悲しく思った。


「これ以上、チナミ様に悲しい思いをして欲しくないの。エルウィードさえいなくなれば、チナミ様は悲しみから開放される。でもそれは、私の手でやるしかないの。だから」


「……そっか」ハーシェルが、柔らかい笑みをチカゲに向けた。


「チカゲは、チナミを思いやってくれたんだな。そうだよな、もういいよな。チナミは二千年、あいつのために悲しんだ。もう、いいよな」


「そうだな。チナミを奴から開放してやんなきゃ、な」


 トシヤも、深く頷く。


「だが、どうやる? 現在のあいつは、二千年前とは比べものにならない程の強大な魔力を手に入れている。一筋縄ではいかないぞ」


「それなんだけど、兄上」チカゲは、意を決して言った。


「究極呪文って、知ってる?」


 一瞬、カナメ達四人が凍り付く。

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