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22.エルウィードの目的

『二千年前にも、エルウィードは究極呪文を奪取しようとしたんだ』


『光の塔』へと急ぐチカゲの頭の中で、チナミの話が続いた。


『究極呪文はヒナタで、僕が生まれるより五百年程前に出来上がった魔法だった。

 五百年前当時、ヒナタの周辺の国々は政情が著しく不安定で、魔法大国のヒナタと言えど、何時侵略されるか判らない状況だったらしい。そこで、周辺諸国への威嚇のために、究極呪文は考え出された。国王も含め、当時最高の魔力と知恵を持っていた宮廷魔術師達数十名が研究し完成した呪文は、けれどあまりにも強大で、魔術師の中で最大の魔力を有した国王でさえ、唱えるのを諦めた、と伝えられていた。そのため、究極呪文は以後誰も覚えることなく王宮の宝物庫の中で、水晶球(オーブ)に納められたまま眠っていたんだ』


「そんな危険な魔法を……」いくら国を守るためとはいえ、なんで創り出したのか。


 チカゲは不安と、怒りを同時に覚える。

 チナミが先を続けた。


『その呪文を、五百年後に読み解いたのが、エルウィードと僕だった。前にも話したけれど、僕とエルウィードは時々、王宮の中を探検していた。本当は立ち入り禁止だった宝物庫へも、何度かこっそり忍び込んだ。宝物庫には管理人が置かれていたけれど、暇な部署だ、時折魔法で部屋の空気を入れ替えるために風を通す程度で、庫内の物品の詳細管理などはおろか、所定の場所に待機していない場合もしばしばあった。

 そんな状態だから、僕とエルウィードは、宝物庫の錠を魔法で難なく外し、中へ入れた。

 究極呪文が収められた水晶球は、古い木箱の中に眠っていた。宝物庫の一番奥の棚の下に置かれていた木箱は、長い年月を経たため、蓋の上に貼られていた中身の詳細を記した羊皮紙が剥がれ落ち、錠も腐って壊れていた。

 簡単に中身を見ることが出来た究極呪文の水晶球には、けれど呪文の全ては記されていなかった。後で分かったことだけれど、当時の魔術師長が、強大な破壊力を持つこの呪文が、万が一にも悪しき者に知られないよう、前半と後半に別けて記録していたんだ。エルウィードと一緒に見付けたのは、その後半部分だったんだ』


「では、エルウィードが探しているのは、前半部分?」


 魔法の発動は、大概のものは、呪文の前半で性質と方向性がほぼ決まる。後半は、術者の力を整えるための韻である。

 前半が分からなければ、究極呪文の性質は全く掴めない。


 ――それでパルスタードは、『光の塔』に入るために、あんな強引な手段で王宮に入り込んだのね。


 自分勝手にも程がある。怒りが再燃してきたチカゲは、チナミの杖をぶんっ、と振った。

 杖の先に灯された明かりが、チカゲの真上の小枝に当たる。眠っていた場所にいきなり光が当たって驚いた小鳥が、小枝から飛び上がる。


「チナミ様は、究極呪文の前半を、どちらで見つけられたのですか?」


『エルウィードが悪しき者となった後に、王宮の庭園で、一番遠くに建てられた離宮で前半部分が納められた羊皮紙を見付けた。前半部分も水晶球に納められていると思っていたので、羊皮紙を見付けるまで時間が掛かってしまった。僕が呪文を覚えて羊皮紙を始末してしまった直後に、王宮にエルウィードが乗り込んで来たから、正に間一髪だったけどね』


「その……、究極呪文って、どれほどの威力があるんですか?」


 再び歩き出しながら、チカゲは今更だなと思いつつ、尋ねる。

 チナミは、だが笑いもせずに、真面目な声で答えた。


『うん。きちんと発動出来れば、まずこの大陸が一瞬で砂漠になるかもしれない』


「えっ!?」チカゲの手から、思わず杖が落ちそうになる。


「そっ、そんな強大な呪文っ、でも、簡単には発動出来ないんでしょう?」


『昔のエルウィードや僕で、やっとだと思う。けれど、今のパルスタード――エルウィードの『器』は、元々の己の魔力に更にエルウィードの魔力を追加している。ここまで強大な魔力を持てば、楽に唱えられるかも……』


 チナミが言い掛けた時。チカゲは『光の塔』の前に人影が動くのを見付けた。

 灰色の魔術師が、果たしてチナミの塔の前に立っていた。彼は、自分の周りに幾つか小さな炎の球を浮かべ、チナミの塔の入り口を探していた。

 背後から近付いたチカゲの革靴が、芝の上に落ちていた細い枝を踏む。その乾いた音に、パルスタードは素早く振り向いた。


「……ほお、火の鳥からおまえ一人逃げて来たのか」


「逃げたんじゃないわよっ、みんながあんたを倒すために、私をここへ来させてくれたのよっ!!」


 チカゲは、先端に魔法の光を点したままの杖を、パルスタードに向ける。

 パルスタードは、嘲笑った。


「美しき友愛、という奴か。さて、本当にそれが友愛かな? 奴等の本心は、足手纏いなおまえを、さっさと退けたいだけだったかも知れぬぞ?」


 確かに、火の鳥には魔法が効かない。あの場所にチカゲが頑張っていても、みんなの邪魔になるだけだ。

 だが、パルスタードとの戦いには、絶対チカゲの力は必要だ。


「そんなんっ。仲間が出来ない奴のヒガミよっ!! 私達は、お互いの得手不得手も知ってる。だから、私はあんたを追って来たのっ」


「ふん、何処までも強がるな。まあいい。私としても、チナミの依代であるおまえが、のこのことやって来てくれたのは好都合だ」


 言うなり、パルスタードは、思わず見とれてしまうような優雅な動作で、長い腕を前へと伸べた。

 パルスタードの指先から、魔力が光となって発される。と同時に、チカゲの首に見えない何かが巻き付く。


「くっ……!」一挙に首を絞められて、チカゲは苦しさのあまり、両手で喉を庇おうとする。その指に触れたのは、細い風の流れだった。


 たった一動作で、パルスタードは風の魔法を発動していたのだ。チカゲの首に巻き付いたのは、彼の作り出した魔法の風の帯である。


「おまえなら知っていよう。究極呪文は何処にある?」


 チカゲは黙っていた。実際、教えられていない彼女には答えようがないし、チナミは沈黙している。

 口を開かない王女に焦れ、パルスタードは風を手元へ巻き取る。


「さあ、教えろ」


「しっ……、らな、いっ……、てばっ!」更に喉が締まり、苦しさにチカゲは喘ぐ。


「嘘を付けっ。チナミがかつてヒナタの王宮で、私の知らなかった前半部分を見付け出したのは承知しているのだ。周到なチナミのことだ、究極呪文の全容を、間違いなく何かに記録しいる筈。さあ、さっさと言わねば、細首が折れるぞっ!」


『チカゲっ、究極呪文は……』


 チナミが根負けし語ろうとした声を、チカゲはわざと遮った。


「しーらないってっ!」


 彼女は渾身の力を振り絞り、無理矢理叫ぶと、右手に握ったままの杖を振った。


「デスペルっ!」


 それで、魔力の倍加したパルスタードの呪文が解呪出来るとは思わなかった。が、やらなければ死ぬ、という思いが通じたのか、首に巻き付いていた風の帯は、何とか消滅した。


「げっ、げほげほっ!」


 急激に気管に侵入してきた呼気に噎せて、地面にへたり込んだチカゲを、パルスタードはいまいましげに見下ろす。


「何処までもしぶとい小娘だっ!! よかろう、ならこれでどうだっ」


 悪しき魔術師は、涙の顔をようよう上げたチカゲの目前で、火の鳥をもう一羽召喚した。

 森の闇を駆逐する地獄の怪鳥の輝く炎を前に、沸き上がった恐怖がチカゲの幼い顔を歪ませる。


「これを、恐らく戦い終わったか、まだ戦っているおまえの仲間のところへ送ろう。最も、おまえが究極呪文の在処を喋るというなら、考え直してもよいが?」


 直接攻撃には屈しないと見て、仲間を人質にするとは。

 何処までも卑劣なパルスタードに、チカゲは三度激しい怒りを感じた。


「……ほんと、自分のことしか興味ないんだねっ、あんたはっ」


「他人に興味を持ってどうする。人は皆、己の都合しか考えぬ。善人面をして人助けなどしていようが、結局は己の損得が唯一なのだ。得にならなければ、誰が他人など助けよう。むしろ、足蹴にして退ける。それが人間の本性だ」


「チナミ様はっ!」


 チカゲは向きなって言い放った。


「チナミ様はっ、今でもあんたのこと、兄上だって思っていらっしゃるのよっ。血を分けた兄弟だから……、優しかった兄上だから、出来れば殺したくないって。そんな方まで、本性が身勝手だって言える訳っ?!」


 火の鳥の生み出す明かりの中で、パルスタード——エルウィードは、暗く微笑んだ。


「……チナミは、私を助けることに酔っているのだ。己の変わらぬ優しさを示すことで、奴は神として祭られ、崇められて来た。その優越感に、酔っているのだ」


 チカゲは驚き、目を見開いた。

 こんなにチナミが心配をしているのに。二千年にも及ぶ彼の『想い』、ひとりぼっちだった彼を慈しんでくれた人への、変わらぬ『想い』を、だがエルウィードは無残に踏み躙ったのだ。

 チカゲの中の怒りが、更に倍加する。

 アケノの王女は猛然と杖を振り上げると、パルスタードを見据えた。


「あんたが、何と思ってるかなんて、どうでもいい。でも、勝手な思い込みで私の大事な人達に傷付けるのは、絶対許せないっ!!」


「ならば、早く究極呪文の在処を教えることだ。そうすれば、命だけは助けてやろう」


「バカ言ってんじゃないわよっ!!」


 チカゲはだんっ、と地面を片足で踏み鳴らした。


「あんたは、最初から誰も助ける気なんてないっ! 究極呪文を発動したら、この大陸の人々は、みんな死んでしまうんじゃないっ!!」


「……チナミから聞いたのか」


 あはは、と、パルスタードは声を上げて笑った。


「そう、後先になるだけだ。だから教えない、というのは、愚の骨頂だ。どのみち、私は時間が掛かっても全てを滅ぼす気でいるのだから」


「やれるものなら、やってみなさいっ!!」


 チカゲは、詠唱を省いてサンダー・ボールを発動した。

 急速に回転しながら膨らむ雷球は、瞬く間にパルスタードに接近する。

 魔術師が球を片手で捕らえようとした時、火の鳥が前へ出た。

 炎を纏った大鳥は、迫る雷球を、まるで水でも飲むように牙の生えた口の中に吸い込んだ。

 魔鳥の行動に呆気に取られながら、チカゲはもうひとつ雷球を作り出す。

 今度は、火の鳥に直接ぶつかるように球を繰り出した。鳥は、最初と同じように雷球を飲み込む。

 途端。鳥の体内でまだ消えずにあった最初の雷球が、次に飲んだ球とがぶつかりあい、炸裂する。

 悲鳴を上げばらばらになった魔鳥は、しかし残り火の中から必ず復活する。

 チカゲは、鳥が復活するタイミングを見計らって解呪呪文を唱えた。


「デスペルっ!!」

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