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21.地獄の魔鳥

 それは、おぞましい姿を持った怪物だった。

 顔は、憎悪に歪んだ人間の女の顔。大きく開いた口からは、猛獣並みの巨大な犬歯が覗く。

 腕は無く、肩から先は巨大な翼である。首から下は、翼と同じく真っ赤に燃える炎の羽を纏っている。

 醜怪な巨鳥は、羽ばたく度に周囲に火の粉を撒き散らす。

 石造りの楼閣は容易に火はつかないものの、そこにいる人間は高温の炎に容赦なく晒される。

『炎に包まれた輝く翼は、神々しささえ伴う』という伝説に聞く火の鳥の姿とは大きく異なった化け物に、チカゲ達は一瞬おののく。

 思わず片手で顔を覆ったチカゲに、パルスタードの嘲笑が飛んだ。


「さあて、おまえにこの火の鳥を倒せるかな? 無能な小娘よ」


「無能って、言うなあっ!!」


 怒鳴りながら、チカゲはチナミの杖を振った。


「アイス・ウィンドっ!!」


 細かい氷の粒が混じった冷たい強風が、火を纏った鳥に吹き付ける。弱点の属性魔法を浴びて、火の鳥は高く鳴き放って消えた。

 ざまあみろ、と、チカゲが得意気に腰に手を当てた、その直後。

 小さな炎が鳥の居た場所から立ち上ぼった。炎は見る間に巨大化し、やがて元の鳥の形になる。


「なっ……!?」


「ははは……。おまえ達が知っているのは、天上の神の使いの火の鳥だろう。だが、これは地獄の火山から生まれた火の鳥。たかが氷の風くらいでは死なぬ。魔法では倒せぬのさ」


 チカゲは、蘇った火の鳥を凝視し、目が眩む程の怒りと絶望を感じた。

 本当に魔法が効かないというのなら、ではどうやって自分は仲間を守ればいいのか。

 蒼白になり動かないアケノの王女に、パルスタードは勝ち誇った顔で言った。

「まあ、ゆっくり火の鳥の相手をしてやってくれ。私は先を急ぐので、おまえ達の焼け死ぬ姿は見届けてやれぬが、な」


 残念だ、という声を残し、悪しき魔術師の『器』は移動の呪文で何処かへと姿を消した。

 後を託された火の鳥は、大役を得た喜びか、一声高く鳴くと再びその高温の炎を纏う羽をはばたいた。


「プロテクト・シールドっ!!」


 浴びる寸前、チカゲは防御呪文で高熱の風を遮る。


「チカゲっ!」兄の呼ぶ声に、チカゲは欄干の上がり口の方へ目をやった。と、カナメがこちらへ来い、と手招きをする。


 彼女は、魔鳥の様子を見ながら、素早くそちらへ走った。


「危ないよっ! あいつが気が付いたら、こっちへ来ちゃうっ」


「僕達があいつの相手をする。おまえはパルスタードを追え」


 意外な申し出に、チカゲは目を見開いた。


「だってっ! 魔法も効かないんだよっ!? 兄上達がどうやって戦うのっ?」


「……地獄の鳥を操る者……」


 ハーシェルが、床に突き立てたユキナガの刀に縋りながら立ち上がる。


「ハーシェルっ 大丈夫っ!?」


 慌てて助けようと伸ばしたチカゲの手を、だがハーシェルは払い除ける。


「聞け。あれは地獄の鳥だ。俺の祖国ヒノワでは、あれを召喚し操れるのは、闇の国の妖術師だけと言われている。こんな、詩もある。

『地獄の鳥を操る者、闇の王の眷属なり。地獄の鳥は吹雪でも死なぬ。聖なる剣にのみ屈す』」


「それって……?」


「『地獄の鳥』とは火の(こいつ)のこと。闇の王の眷属、つまり、闇の国の妖術師で、『地獄の鳥』を呼び出し使役する呪文を知ってる奴らのことだ。最後の『聖なる剣』ってのは、ヒノワでは鋼鉄で造られた上に黄金を被せた剣をそう呼ぶ」


「ってことは、宝具は……?」


「神々が作り出した上に、丸まんま金ぴかだし?」


 にやり、と笑ったハーシェルに、トシヤもにっ、と笑い返す。


「なる……。んじゃ俺達の武器なら、あいつを倒せるって訳かっ」


「だから、チカゲはあいつに関わるなっ。倒すのは俺らの仕事だ」


「でも、ハーシェルはまだ……」


「ぐたぐた言ってる場合じゃねえってっ!」


 欄干を見ていたトシヤが、思い切りチカゲを左へと突き飛ばす。そして自分も同じ方向へと飛んだ。

 カナメ達と魔術師三人も、素早く塊を解いてその場を離れる。

 その後に、火の鳥の炎の息が襲って来た。咄嗟に逃げた一同は、続く攻撃を予測して素早く立ち上がる。

 魔鳥は、右に避けたカナメ達の方へと首を回した。


「援護してくれっ!!」


 カナメがルシアン達に言った。


「私が囮になりますっ!!」


 叫んで、マリが飛び出した。


「マリっ!」お守役の無謀とも言える行動を止めようと、思わずそちらへ走り掛けたチカゲを、トシヤが引き止める。


「大丈夫だっ。マリを信じろっ!!」


「でもっ」


「いいからっ、おまえはさっさとパルスタードを追えってっ!!」


 突き放されて、チカゲはよろめく。迷うチカゲに、カナメとハーシェルの怒声が浴びせられる。


「何をぐずぐずしているっ!! 早く行けっ!!」


「俺らなら心配ねえからっ!! 早くパルスタードをぶっ飛ばして来いっ!!」


 火の鳥が、一度上空へと舞い上がる。炎の息を吹きながら、鋭い鉤爪でカナメ達を引き裂こうと急降下して来る。

 ルシアン達三人の魔術師が、同時に皆に物理防御の魔法を掛けた。

 炎から守られたハーシェルとカナメは、爪を避けて左右に転がる。

 彼等の必死な姿を見ながら、チカゲは二千年前の戦を思った。

 チナミ達も、こんな過酷な戦いの日々を送ったのだ。仲間を盾にして、ひたすらエルウィードを捕らえるために。

 彼等の気持ちを無駄には出来ない。

 チカゲは背を伸ばすと、トシヤに言った。


「……行って、来る」


「おう、頼んだぞっ」


 にやりと、いつもの悪戯っぽい笑みを浮かべ、トシヤはチカゲの肩をぽんっ、と叩いた。

 チカゲも笑い返す。溢れた涙が一筋頬に零れる前に、チカゲは飛翔の呪文を唱え、トシヤに背を向けた。

 欄干から飛び立つ寸前。チカゲはトシヤの軽口を聞いた。


「……さあてっ、んじゃ俺達もいっちょう、地獄の鳥とやらをコールド・チキンにしてみるかっ!!」


 ******


 飛翔の魔法で楼閣から飛び立ったチカゲは、一路『褐色の塔』を目指した。

 パルスタードが王宮に侵入したからには、必ず最後の封印を真っ先に解きにあの塔へ向かう筈である。

 夕闇と、勢いよく枝葉を広げる夏の木々のせいで、地上の様子がよく見えない。

チカゲは兵士達が持つ手職と松明の明かり、それに王宮の位置を頼りに、その方向へと飛んだ。

 やがて、数本の松明に照らされた場所が見えて来た。王宮本殿の方角から、『褐色の塔』の辺りと知れる。

 チカゲは松明の範囲に目を凝らし、ぎょっとした。


 塔が無いのだ。


 正確には、パルスタードが第四の封印までを解き、塔から小さな神殿に姿を変えていた

『褐色の塔』が、跡形も無く消え失せているのだ。

 チカゲは急いで着地する。塔のあった場所へと駆け寄ると、そこには幾人もの人間が倒れていた。


「どうしたのっ!?」


 王宮警護の兵十数人と、魔術師が数人。

 その中に魔術師長の姿を見付け、チカゲは慌てて側に行った。


「師匠っ!!」


「……おお、姫様」


 魔術師長はチカゲの姿を見ると、ゆっくりと起き上がる。が何処か打ったか、途中で酷く顔を歪めた。


「何処かお怪我をっ?」


「ああ、パルスタードの魔法でですな。ちと足を。……いやいや、歳には勝てませぬなあ。完敗ですわ」


 チカゲは治癒魔法を唱えた。

 ややあって、魔法が効いた魔術師長は、ほうっと溜め息をつき肩を落とした。


「ありがたい。炎の魔法で吹き飛ばされましてな。さすがに、エルウィードの魔力まで追加されたあやつには、わしらでは歯が立ちませぬ」


「では、やはりパルスタードは第五の封印を?」


 魔術師長はむっつりと目を閉じて頷いた。


「それを阻止するために、ここに詰めておりましたが、力及ばず、取られました」


 恐らく、トシヤとハーシェルのダメージが『光の塔』の結界にも影響したのだろう。

 チカゲはもう一度、『褐色の塔』の跡を振り返った。


「で、パルスタードは?」


「さて……。独り言のように「あとは究極呪文だけだ」と言っておりましたが……」


「究極呪文?」


 首を傾げたチカゲの脳裏で、チナミの声がした。


『『光の塔』だ。多分、僕がそれを隠していると、エルウィードは知っている』


「チナミ様がっ!?」


「どうなされました?」


 不思議そうに見る魔術師長に、チカゲは「あ、いえ」と笑った。


「チナミ様が……。その、究極呪文をご存じだと」


「ほう。では、あやつは『光の塔』へ?」


「はい。チナミ様もそう、おっしゃっています。私、『光の塔』へ行きますっ」

 チカゲは、漸く動けるようになり側へやって来た兄弟子に師匠を任せ、立ち上がった。


「くれぐれもお気をつけて行きなされ。相手は、今までのパルスタードではない」


「はいっ」


 暗闇になって来た森の中を行くために、チカゲは、チナミの杖の先に魔法で光を点した。

 もう一度魔術師長に頭を下げ、アケノの王女はチナミの塔へと走り出した。

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