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19.絶望と怒り

 身勝手な父親に、エルウィードも、チナミも振り回されたのだ。


「うん。エルウィードに話を聞かされた時、飛んでもない国王だったと、僕も思った。あれが自分の父親だったかと思い返すと、今でも嫌になるよ。でも、事実を聞かされたエルウィードは、もっと酷い気分だったろう。

 自分は、王の気紛れと保身のためだけに作り出された魔法人形だったと、彼は僕の前で泣いた。――今でも、あの時のエルウィードの様子は忘れられない。辛い告白をしながら、彼は静かに涙を流していた。でも僕はまだ子供で……。彼を慰める言葉も分からず、助ける力も無かった。

 それから数日後に、エルウィードは突然王宮から姿を消したんだ。二か月後、ヒノワとの国境の町に現れた彼は、ヒナタを破壊する邪悪な魔術王に変貌していた」


 そうして、ヒナタはエルウィードの魔力と魔法によって、何一つ生命が存在しない大砂漠と化した。

 チカゲは、泣きながら俯いた。ただ無闇にエルウィードが、世界の破滅を望んだのだと、ずっと思っていた。

 チナミと彼の間にそんな絆があったことなど、ついぞ考えもしなかった。


「……お辛かったんですね……」


 涙声のチカゲに、チナミは泣くでもない、怒るでもない、複雑な表情を作った。


「辛くなかった、って言ったら、嘘になるな。ユキナガにも言われた。ああ、彼は僕の乳兄弟だったんだ。だから、悪しき魔術師として、世界の破壊者となる前のエルウィードとも面識があった。ユキナガもエルウィードと戦うことになった時、僕と同じように切なかったと思う。けれど彼はそんな言葉は一言も口に出さないで、ずっと僕を励ましたくれた」


 ふわりと、頬に暖かいものが触れて、チカゲは顔を上げた。チナミの光の手が、彼女の涙をそっと拭っていた。


「君は優しい。そして仲間想いだ。だから、僕のエルウィードに対する気持ちも分かってくれると思う。……僕は、どんなに熾烈な戦いをしても、優しかった頃のエルウィードを忘れられない。だから、彼を、彼の存在をこの世から消し去ることが出来なかった。今でも、それは多分、僕には出来ない。例え、みんなから大甘だって言われても、ね……」


 優しい兄の面影を、二千年経った今でもチナミは追い求めている。それは、病弱で孤独な少年だった彼の、唯一の幸福な思い出だからだ。

 依代となり、チナミと意識を共有しているチカゲには、彼のそうした気持ちが、痛い程伝わって来る。


「分かりました。今度は殺そうとしたりしません。パルスタードを掴まえて、必ずエルウィードの魂を封印します」


「ありがとう、チカゲ」


 チナミが微笑む。と同時に、目の前の白い景色が薄れた。


「姫様っ!?」マリの声が聞こえ、チカゲははっと我に還る。


「マリ……?」


「ああよかったっ。何度声をお掛けしても何のお返事も頂けなかったので、心配致しました」


「私……、ずっとここに居た?」


「いたぜ?」ハーシェルが、呆れた顔をする。


「ずっとここに立ってた。って、もしかして立ったまま寝てたのかっ?」


 器用だなあ、と少年は苦笑する。


「違うって。ちょっと、その、チナミ様に呼ばれて——」


 言い掛けて、チカゲはチナミの言葉を思い出す。


『この話は、僕とユキナガしか知らない』


 ハーシェルは知っているかもしれないが、マリとカナメ、それにトシヤは知らないのだ。

 急に黙った王女に、マリはまた心配そうな表情になる。


「また、チナミ様が何かおっしゃられたのですか?」


「あ、ううん。あー、その、パルスタードを上手く掴まえてくれって……」


 ハーシェルの眉がぴくり、と上がる。マリは「そうですか」と肩の力を抜いた。


「ま、とにかく中へ入れよ。夏だっても、あんまり風に当たってんのも身体に悪いぜ」


「……うん」


 頷いて、チカゲがトシヤの病室へ戻り掛けた時。

 突然、地鳴りのような音と共に、床が波を打った。


「なに〜〜?」


 またもやの嫌いな地震に、チカゲは急いでマリにしがみつく。

 その場にしゃがんだハーシェルは、バルコニーの上空を睨み上げて舌打ちした。


「ちっ、こりゃあパルスタードの奴、俺らが言ってた通りにやりやがったかもっ!!」


 やや揺れが収まり掛けた時、伝令の兵が飛び込んで来た。


「大門の方向から、数多くのゴーレムが王宮に向かって進んで来ておりますっ!!」


「ゴーレムっ?!」


 ******


 チカゲ達は、王宮の正面門の楼閣へと走った。

 楼閣は、正面門の上、門扉の左右に各二本ずつ聳えた塔で、その間には屋根付きの橋梁がある。この橋梁は、門に押し寄せる敵を矢や投石で攻撃するために作らたものだった。

 正面門のすぐ前には王宮前広場と呼ばれる広い空き地があり、そこから三の濠の大門まで伸びる通りを大門通りといい、シノノメの主幹線道である。


 馬車が五台横に並んで走れる幅の大通りを、巨大な土の魔法人形が王宮に向かって行進して来る。

 茜の陽を背後から浴び、黒いシルエットとなったゴーレム達の巨躯が動く度に、王宮正面門全体が地震のように揺れる。

 大通りからばかりではない。広場に通じる小路からも、ゴーレムは王宮へと向かって来る。

 周囲の邪魔な建物を破壊し、逃げ惑う人々を塵でも払うように薙ぎながら、進んで来る。


 ざっと五十はいる。口は無いので当たり前だが、無言で家屋を壊しながら進むその姿は、あたかも地獄の底から這い出て来た、巨大な悪魔である。

 いや、悪魔の方がまだ暖かみがあるかもしれない。

 夕食時で火の気もあった市内は、ゴーレムに破壊された建物から火事の煙がもうもうと上がる。

 楼閣から見える範囲だけで十二、三か所は、煙と炎が上がっていた。


「酷い……っ」


 王宮を正面に見て左の楼閣に上ったチカゲは、地震の揺れの恐さも忘れ、たちまち空を黒く染める黒煙とゴーレムの群れに、怒りと悲しみを覚えた。


「パルスタードの奴、本格的にシノノメの破壊を始めたなっ」


「にゃろうっ!!」


 怒って拳を握ったトシヤが、ふらついてカナメの肩に縋る。


「どーでもいいけど、どーして起きて来たんだよっ?」


 咎めるハーシェルに、トシヤはむっとする。


「ああっ?、この状況で一人でベッドに転がってろってのかっ!?」


「貧血でふらふらだろーがっ! 使いモノになんないのが一緒に居ても、邪魔なだけっだっつのっ」


「てめーなあ……っ」


 二人は、顔を近付けて睨み合う。が。


「血の気の多いのもこの戦況に不向きだな。口喧嘩を止めないなら、どっちもこの場から退場させるぞ」


 氷の魔法よりも冷たいカナメの声音に、すいましぇん、と二人は反省して縮こまった。

 その間も、ゴーレムの行進で起こる地響きは続く。

 正面門が開き、第三近衛軍と第四近衛軍が出撃した。

 騎馬は使わず、徒歩で出た彼等は、昼間カナメ達がやったようにゴーレムの足下を狙って走り寄る。

 士気高揚の怒声を上げ、パルスタードのおぞましき兵に迫る近衛兵達を、ゴーレムの列に隠れていた黒い犬の群れが襲った。

 すっかり悪しき魔術師の飼い犬と成り果てた死の犬は、その速さで王宮前広場に出た兵士に次々と飛び掛かり、鋭く長い牙で易々と金属製の胴鎧を噛み裂く。

 瞬く間に、王宮前広場に死傷者の山が出来る。

 出撃した兵の大半を失い、軍団長ハナブサは止む終えず退却の号令を掛ける。

 敗走する兵を追う死の犬は、その勢いのまま正面門へと迫った。

 間一髪、生き残った兵達が正面門の内側へと逃げ込み、門が閉じられる。 門内へ入れなかった犬共は、恨めし気に咆哮し後ろへ下がった。

 助走を付け、跳躍を始める。


「やべえっ、こっち来るぞっ!!」


 楼閣を超えようと殺到する魔獣は、だが魔術師達があらかじめ門扉とその周辺に張っていた結界に全て引っ掛かった。

「プロテクト・シールド(物理防御魔法)かっ!!」


 ハーシェルは、眼前で次々と弾かれて落ちる魔獣に、拳を振り上げて喜ぶ。


「こいつはすげえっ!」


 プロテクト・シールドは剣や打撃といった、物理的な攻撃を防ぐ魔法である。攻撃のみに反応し、門を開閉するような動作には無反応である。

 通常は一打撃受けると消滅するが、何人もの術者が繰り返し幾重にも張ると、かなりな回数の打撃を跳ね返す。

 シノノメの王宮は、何世代もの宮廷魔術師が、万一の時に備え、魔力防御魔法と共に、物理防御魔法もずっと掛け続けている。

 しかし、何度も攻撃を受ければ、その分だけ効力も減って行く。

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