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17.封印塚、再戦2

 魔術師の掌には、塚を破壊するための雷球が乗っていた。


「野郎っ!!」


 トシヤは槍を逆手に持ち替え、上空のパルスタード目掛けて投げ付ける。

 槍が己の方へ飛んで来るのに気付いたパルスタードは、雷球を稲妻の槍に変え、向かって来るトシヤの得物に投げ付ける。

 宝具と稲妻は途中で出会い、稲妻は二つに裂け、一方が槍を叩き落とした。

 しかし、裂けたもう一方は、進路を変える事無く真っ直ぐ飛び、トシヤの腹に突き刺さる。


「ぐっ……!!」


「トシヤ兄っ!!」


 チカゲは、崩折れる従兄を見て、呪文の詠唱を途中で止めた。

 頭の中で、チナミが叫んだ。


『ダメだっ、止めちゃ!!』


 しかしチカゲには、その声は聞こえなかった。

 束の間、頭の中が真っ白になり——次の瞬間、煮えたぎるような怒りが、腹の底から沸き上がった。

 膨張する怒気は魔力の風となり、チカゲの長い髪を宙へ舞わせる。

 チカゲは、再び雷球を作り出そうとしているパルスタード目掛けて、攻撃魔法を繰り出した。


「ファイヤー・スピアっ!!」


 チカゲの掌から、炎の槍が生み出される。槍は一直線にパルスタードへと走る。

 パルスタードは、発動しかけていた雷球で、その槍を消した。

 一撃目は消されると予想していたチカゲは、間を空けず、大きな魔法を仕掛けた。


「サンダー・ボムっ!!」


 サンダー・ボールより以上に大きな威力のあるこの魔法は、対象物を微塵に砕く力を持っていた。

 簡潔にした呪文を叫び、チカゲは掌を前へ突き出す。渾身の魔力を込めて繰り出した。

 が。

 唐突に力が抜けて行った。


 ――なんでっ!?


 驚くチカゲの目の前で、威力が半減した雷球が、それでもパルスタードに命中する。

 魔法防御を示す銀色の光が、パルスタードの身体の周りで明滅する。

 威力半減と、防御のお陰で腕に負傷する程度で済んだ魔術師は、しかしその直後、塚を踏み台にして跳躍したハーシェルの剣を避け切れず、左脚を斬り付けられる。


「くっ……!!」


 腕と脚を庇いながら、パルスタードは瞬間移動の魔法でその場から消えた。

 操る術者が負傷し力が途切れたためか、魔獣や魔法人形も瞬く間に掻き消える。

 チカゲは急いでトシヤの元へと走った。


「トシヤ兄っ!!」


 先に駆け付けたカナメに抱き起こされたトシヤは、失血で蒼白な顔を仰向けている。

 軍服は雨に重く濡れていて血の染みは分からない。が支えるカナメの、白いシャツの腕が、雨でも洗い流せない程朱に染まっていた。


 トシヤが死んでしまう。


 口は悪いが、心の中ではいつもチカゲを心配してくれていた、優しい従兄が。

 チカゲの全身を、みるみる不安と悲しみが支配する。


「……いや……」


 チカゲは頭を大きく振り、後ずさる。


「チカゲっ!!」


 兄の鋭い声が響いた。


「何を惚けているっ!! 治癒魔法を使えっ!!」


 チカゲはびくんっ、と痙攣した。途端、恐慌状態に陥り掛けていた神経が、正常に戻る。

 トシヤの脇にしゃがむと、チカゲは掌を彼の腹部に翳す。詠唱を省いて魔法を発動させた。


「……治癒水」


 白い光が手から溢れ、トシヤの身体を包む。 癒しの水は服の中にくまなく流れ、パルスタードの雷の槍で貫かれた傷のみならず、他の戦闘で出来た傷まで全て治す。

 大量に流れ出ていた血液は止まり、痛みが薄らいだ彼の呼吸が徐々に平常に戻った。

 やがて、うっすらと目を開けた。


「トシヤ兄っ」呼んだチカゲの方へ、トシヤは顔を向けると、まだ蒼白な面をくしゃりと歪めて笑った。


「よお……。奴、掴まえたか?」


 チカゲは、黙って首を振る。目尻に溜まった涙が、雨と共に散った。


「そか……」


「それ以上口を利くなっ。今、馬車を用意させる」


「待って」チカゲは、カナメの袖を掴んだ。


「魔法陣、使えるから。私が運ぶ」


「ああ、そうだな」


 冷静に振舞っていても、カナメも気が動転していたようである。


「手ぇ貸す」


 ハーシェルはトシヤの片腕を肩に掛けると、ゆっくりと長身を起こした。

 カナメとハーシェルに支えられ、トシヤは漸く起き上がった。


「あーもー。ついてないなあ」


 急にぼやいたハーシェルに、チカゲは「どうしたの?」と尋ねた。


「身長差だよ。ユキナガ本人だったら、テオなんかより全然でかかったのに」


「あ、なるほど」


 チナミの記憶が流入しているので、チカゲはすぐに納得した。

 生前のユキナガは、今のトシヤと同じ程の背丈の偉丈夫だった。

 ハーシェルが背負っている長い刀をベルトから吊し、それでも鞘の底が地から数十センチは浮いていた。

 歩き出した彼等に後ろからついて行きながら、チカゲは、在りし日の仲間の記憶を辿るチナミの思いを、一緒に噛み締めていた。


 ******


 傷は塞がったものの、失血で貧血状態のトシヤは、王宮の貴賓室に運ばれた。

 近衛軍宿舎には自室もあり、また傷病兵用の病院もあるが、チカゲ達がいちいち行くには遠い上、魔術師の執務室からも離れるため王宮内の部屋を病室に選んだのだ。


「俺、こんな贅沢なベッドに寝た事ねえ……」


 貴賓室の寝台の、大きな天蓋を仰ぎ見て、トシヤは目を丸くする。

 王弟の息子の意外な発言に、ハーシェルが思わず吹き出した。


「あんた、一応公子なんだろ? だったら自分の館にこんぐらいのベッド、あるだろーが」


「ねえよ。俺ん家の親父はちょーケチでさ、『子供は贅沢はいかんっ!』っつって、俺も弟達も、みんな一緒の部屋で普通の木のベッド。マット直すのも服片付けるのも、全部自分でやってたし」


「ええっ!? それって普通は侍従の仕事なんじゃ?」


 確かに、身の回りの雑事は侍従の仕事である。

 自分も幼い頃は、平民の乳母の家に預けられて育ったと言っていたハーシェルだが、それが通常の王族の暮らしとはかけ離れているのは、十分理解しているらしい。

 案外常識があるんだ、と、チカゲは感心する。

 ハーシェルの真実を知らないトシヤは、更に子供時代の話を続けた。


「俺ん家、子供に侍従なんていなかったもんよ。そんなのは大人になって、しかるべき身分を手に入れてから使えって言われた。もちろん、護衛は居たけどな。っても、護衛兼武術指南で、とってもおっかねえおっさんだったけど」


「へえ」ハーシェルは、心底驚いている様子で相槌を打った。


「しっかし、どこの国でも似たようなこと、してんだな。俺も、ちっちゃい頃は乳母の家に預けられてた。っても、トシヤと同じ。乳母の旦那が、俺の剣の師匠なんだ。やっぱめっちゃおっかねえオヤジでさ。下町に道場があったんだけど、周りの悪ガキ達と修行サボって遊びに行こうとすると、必ず見つかって、半日は説教だったぜ」


「それは……。君は、ヒノワの王太子だろう?」


 カナメが、信じられないという表情で尋ねる。


「大事な跡取りを、護衛も付けずに、しかも街中で養育するなんて。ヒノワの国王陛下は、随分と剛胆な方なんだな」


 呆れているらしいカナメの言に、だがハーシェルは笑って答えた。


「伝統なんだ。ヒノワの。それに、俺をどうにかしようとしたって、師匠をまず倒さなくちゃなんない。そりゃ、ヒノワ広しと言えど、絶対無理だな」


「そんなに強えのか。おまえの師匠」トシヤが面白そうに肩肘を起こした。


「ああ。剣の腕も桁外れだけど、さっきも言ったように、説教の長いのも桁外れだったぜ」


「そっか。その点でも、俺の武術指南役と似てんなあ。……けど俺は、そのおっさんのお陰で、とっとと近衛軍に入れたんだよなぁ。ただの若様だったら、きっと今頃絶対女遊びとか博打とかして、親父の財産食い潰すだけの、大バカ公子になってたと思うぜ」


「そう言えば、トシヤ様は十三歳から近衛軍に入られたのでしたよね?」


 マリに聞かれ、トシヤは「ああ」と肯定した。


「俺がふらふらする質なのは、親父は見抜いてたんだよな。だから、悪い方へ転がる前に、がんじ絡めにしとけって考えたんだろ」


「なるほど。さすがは叔父上だ。自分の息子の悪癖は先刻承知だった訳か」


「……てめーに言われっと、何かハラ立つんだけどなっ、カナメっ」


 マリが苦笑し、ハーシェルは声を上げて笑う。釣られて、カナメも笑っていた。

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