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16.封印塚、再戦1

 朝はあんなに良かった天気が、昼に近付くにつれ、どんどん悪くなっていった。

 空には暗雲が広がり始め、南風に代わり、北からの冷たい風が吹き出す。

 チカゲ達は、作戦会議室として宮廷魔術師の執務室を借り受けた。ここは元は魔術師長補佐であったパルスタードが使用していた部屋で、彼が掴まった一昨日以前のままになっている。

 パルスタードの私物も幾つか残されていたが、そこからは、彼が潜伏しそうな場所の手掛かりなどは何も見付からなかった。


「……遅いね、トシヤ兄」


 持ち込んだ卓に乗った、すっかり冷えてしまった一人分の昼食を見て、チカゲはぼそりと言った。

 トシヤは話し合いの最中、大門で市民が暴れているとの報告を受け出動した。近衛軍軍団長でもある忙しい身の彼に、チカゲは少し同情した。


「大変だよね。あっちもこっちもじゃ」


「仕方無い。一応トシヤは軍人で、国から祿を受けているのだから。本人もこういう事態を覚悟していたし」


「ま、パルスタードさえ掴まえちまえば、こっちのもんだしな」


 食べ終わったプティングの皿を、ハーシェルは脇に退けた。その皿をチカゲはワゴンに乗せる。


「しかし、パルスタードは一体、何処に潜伏しているのでしょう?」


 紅茶のカップをソーサーに戻し、マリはカナメを見る。


「トシヤが、近衛軍直属の諜報隊を市内に放っていると言っていたが……。今のところ何も掴めていないようだな」


「魚は網には掛からない、と」


 ハーシェルは立ち上がって伸びをする。


「ま、さっきの結論通り、待つしかないんじゃねえの? 奴は必ず、残り三つの封印塚に手ぇ出すって」


 王宮の内外の結界が緩まない限り、パルスタードは『褐色の塔』第五の封印には近付けない。


「奴はまだ、チカゲがチナミの依代になったのを知らない。知られないうちに捕らえられれば、こちらに十分な勝機がある」


 カナメが、ティーポットから残りの紅茶を自分のカップに注ごうと手を伸ばした時。

 扉が素早く開き、トシヤが入って来た。


「お帰り、トシヤ兄」


「おや? 雨降って来た?」


 彼の軍服が濡れているのを見付けたハーシェルが、窓の外へ目を移す。

 トシヤはそれには答えず、大股でカナメの側へ寄った。


「パルスタードが現れた。北だ」


******


 五人はすぐに、執務室の隣にある魔法陣の部屋へと入った。そこは封印塚に移動するためだけの部屋なので、しっくいで塗り固められた三方の壁には、短い呪文が、扉も含めた四方それぞれに書かれていた。


「うわっ、あっちーっ」


 窓が無いため、夏の気温上昇を通気で解消出来ない部屋は、黴臭さと、むっとする湿気が充満している。


「おえっ。早くしないと窒息するぜっ」


 長い軍服を着ている上に雨に濡れたトシヤは、蒸し暑さに気持ち悪くなって口を片手で覆う。

 チカゲは、行く先の北側の呪文を確認して、魔法陣に戻った。


「大丈夫。すぐに着くよ」


「まあた、パルスタードの真ん前に登場しちゃったりしてな」


 西の地特有の襟高の服を着ているハーシェルも、暑いのはトシヤに負けないらしく、しきりに手で顔を仰ぎながら軽口を叩いた。


「じゃ、全員魔法陣に入って。あ、片足だけでも大丈夫だから」


 チカゲは、皆が魔法陣を踏んでいるのを確認すると、呪文を唱えた。


「北の扉を開けよ。オープン・スペル」


 瞬間、景色が流れる。何度潜っても慣れないスピードに、気持ち悪くなってチカゲは目を閉じる。

 倒れそうな程平衡感覚が狂い、しかし何とか踏ん張って治まるまで待っていると、すぐ隣でマリの声がした。


「パルスタードっ!!」


 チカゲは目を開けた。

 そこには、ハーシェルが言った通り、パルスタードが立っていた。

 ただし、この間とは位置が逆転している。

 パルスタードは、王宮を取り囲む二の濠を背にして立っていた。北の封印塚はその外側の三の濠に面して作られている。

 塚の周囲には、近衛軍第三軍と、宮廷魔術師五人がいた。

 再び眼前に魔法陣を使って現れたチカゲ達に、パルスタードはさも面倒臭そうに顔を顰めた。


「また、おまえ達か。昨夜は見逃してやったものを、今度は殺されに来たか」


「俺らが殺されっかどうかは、戦ってから言えよっ!」


 ハーシェルが、啖呵を切って剣を抜く。

 雨粒が、刀身を伝って彼の手元に落ちる。


「ふん、威勢のいいことだ。だが、そんな玩具のような武器では、私は倒せないぞ」


 パルスタードはすっ、と利き腕を前へ出した。その掌から、詠唱も無しに火の球が現れる。


「さあ、そこを退かなければ、皆丸焼けだ」


 魔術師が、腕を前へと押し出す。火球が、回転しながら真っ直ぐに塚へと突進して来た。

 大粒の雨さえものともしない火球は、見る間に巨大化しながらチカゲ達に迫る。

 背後の兵が浮き足立つ。


「動くなっ!」


 トシヤの大喝が飛んだ。と同時に、チカゲがチナミの杖を胸の前へ突き出した。


「マジック・シールドっ!!」


 普段のチカゲでは、絶対成功しない魔法防御の呪文が、見事なコントロールで発動される。魔法の効果による金の粉のようなものが、チカゲを中心に半円形に味方の上に広がる。

 雨の中、きらきらと宙を舞う金粉は、触れた火球を炸裂させる。身に危害は無いものの、あまりの眩しさに、カナメ達も兵も反射的に目を閉じた。


「ほう、チナミの杖を手に入れたのか。なるほど、チナミが降臨したか」


 パルスタードはククっ、と喉の奥で笑った。


「面白い。魔法の制御が出来ない王女が、何処までチナミの魔力を発揮出来るのか。試させて貰おう」


 パルスタードが再び魔力を放出するために、構える。


「させっかっ!!」


 ハーシェルが、全速力で魔術師に迫った。

 虎鐵の白刃が、魔術師の手元を掠める。紙一重で避けたパルスタードは、小さな雷球をハーシェル目掛けて投げた。

 その間に、トシヤがハーシェルの背後から走り寄った。西の国の王子が雷球を叩き落としている間に、トシヤの槍がパルスタードに迫る。

 飛翔の魔法で槍先を逃れたパルスタードは、彼等の後ろから第三弾として駆け寄って来るマリを認め、舌打ちした。


「……面倒な」


 彼は両掌を下へ向けると、小さく呪文を唱えた。


「我が魔力の元に形を現せ、土の傀儡よ。ゴーレム」


 ぼこぼこという、鈍い音が足元から響く、何事かと動きを止めたチカゲ達の眼前に、巨大な土の人形、ゴーレムが現れた。

 土色の人形達はどれも寸胴で、脚より腕が長い。顔の造作は無く、僅かに中央に鼻らしき隆起があるだけである。


「どっひゃあっ!」

 ハーシェルが、自分とパルスタードの間に立ちはだかった、人の背丈の二倍はあるだろう巨大な土人形に目を剥いた。


「どーすんだこんなんっ!?」


 彼より驚き怯えている兵士達は、皆一斉に逃げ腰になる。

 パルスタードは、腰が引けた近衛軍を、高みから笑った。


「おまえ達には、丁度よい相手だろう?」


 ゴーレムが、巨大な腕を振り上げる。予想よりも素早い動きに、トシヤもハーシェルも寸でで飛び退く。

 体術を使うマリは、咄嗟に巨大人形の腕をかい潜り、太い脚に蹴りを入れた。


「はっ!」


 強大な神の依代の破壊力は、びくともしないかに思われた土人形の太い脚を粉々に砕く。

 倒れるゴーレムを目の当たりにして、近衛軍の兵士達も喚声を上げた。


「なるほどな。脚か」


 マリの戦法に感心したハーシェルは、次の一体には彼女の真似をして、身体を低くして脚を薙いだ。

 切れ味鋭い虎鐵の刃は、一閃、土人形の脚を斜めに切り取り、ゴーレムは重心を崩してどうっ、と倒れる。


「へへん。どーんなもんだいっ!!」


 兵達のやんやの喝采を浴びて、ハーシェルは得意気に鼻の下を擦った。


「アホっ!! 浮かれてる場合かっ!!」


 トシヤに怒鳴られ、ハーシェルは振り返る。と、その目の先を死の犬が跳躍した。


「げっ!! またかよっ!!」


 彼等が巨大な土人形にかかり切りになっている間に、パルスタードは次々と禁呪で魔物を召喚していた。

 死の犬は塊になっていた近衛軍に飛び掛かり、兵士達は大混乱になる。

更に、ゴブリンという凶暴な小鬼を召喚し、死の犬に襲われる兵士に追い討ちを掛けた。


「ちっくしょうっ!! でけえの速えのっ、色々出してくれるじゃねえかっ!」


 素早い動きのゴブリンにてこずりながら、トシヤは大声でグチを零す。

 カナメも、死の犬とゴブリン二匹を相手に、かなり苦しい戦闘をしていた。

 人間ではないものとの戦いで戸惑う兵士に喝を入れたのは、第三近衛軍の軍団長ハナブサだった。


「何がなんでも、この化け物共を市街地に行かすなっ! それがっ、近衛兵の気概だっ!」


 軍団長の命令で、軍全体に気合いが入る。

 襲い来る魔物を食い止めようと、兵達は必死の体で剣を振るった。

 正に死闘となり始めた状況を、だがチカゲは少し離れたところからじっと観察していた。

 一刻も早く兄やトシヤ達を助けたいのは山々だった。が、自分が勝手に魔法を使えば、また飛んでもない結果しか導かない。

 焦る心を押さえて、王女はじっと、頭の中に聞こえるチナミの声を聞いていた。


『今、魔法で仕掛けても、味方に当たってしまう危険がある。焦らないで、とにかく待つんだ』


「……はい」


『機会が来たら、僕が合図する。そうしたら、パルスタードを捕らえる呪文を唱える。いいね』


 チカゲは、硬い表情でもう一度頷いた。

 パルスタードは、乱闘になりカナメ達が封印塚から離れるのを待っている。

 中空で様子を窺う魔術師を凝視しながら、チカゲは黄金の杖を両手で堅く握る。

 息詰まるような数分の後。

 パルスタードが、機を見て封印塚の方へ移動して来た。


『今だっ』 チナミの声が聞こえた。


 チカゲは、風の魔法の封印呪文を唱え始める。

 蜘蛛の巣のように風の網を広げ相手を搦め取るこの魔法は、難しい上に詠唱が長い。

 チカゲ自身はまだ覚えていなかった呪文は、チナミからの知識として脳裏に流れ込み、彼女の口から一字一句違わず滑らかに零れる。

 あと少しで呪文が完成という時。

 パルスタードの移動に気付いたトシヤが、封印塚の方へ戻って来た。

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