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15.再びチナミの塔へ

 もし、自分が神々から祝福されてこの魔力を貰ったのなら、きっといつかはきちんと魔法をコントロール出来る。

 そのいつか、を、今日にしたい。

 チカゲはそう思いながら、翌朝早く、チナミの塔へと向かった。


 塔のある庭園は、夏の早朝の陽を浴び、木の葉がきらきらと輝いている。

青々とした下草をブーツで一歩一歩踏み締めながら、チカゲは塔へ近付いた。

 チナミの塔の前には、護衛の兵三人と、魔術師見習いの若者が立っていた。

 彼等はチカゲが一度塔へ入ったのを知っていたので、再び挑戦に来た王女に、何の疑問も抱かず綱を解き道を開けた。

 塔は、一度目と変わらず、淡い卵色の光を発していた。

 チカゲはその前へ立つと、大きく深呼吸する。そして、そっと白い壁に指を伸ばした。

 細い指先は、淡い光に触れるや、するり、とその中へ入った。

 驚いて、チカゲは指を引っ込める。

 一度目の時は、身体ごと中へ引かれるように入ったのだが、今度は全く吸引力は無い。

 自分の意思で入って来いというような『光の塔』に、チカゲは意を決して進んだ。

 ぶつかるように光に身体を投げ出す。ふわり、と卵色が全身を包んだかと思った瞬間、チカゲは塔の内部に入っていた。


 中は、前に来た時と少し様相が変わっていた。白一色に少し色があったたげの内壁に、薄い赤や緑の色彩が浮かんでいる。

 チナミの心の変化が、このような色を作っているのだろうか。

 不思議に美しい色彩に束の間目を奪われていると、小さな光が目の前に集まり始めた。

 光の集合体は、すぐにチナミに変わる。

 チカゲは、二度目の謁見になる魔術の神に、王女らしく優雅に膝を折る。


「また、会えたね」


 チナミの穏やかな声に、チカゲはそっと膝を上げた。


「もう一度、チナミ様に降臨を願おうと思って参りました」


「うん……。分かってる」


 チカゲは、落ち着け、と心の中で唱えながら、先を続けた。


「昨夜、パルスタードが南と西の封印塚を破壊しました。その、結果的には、西の塚は、私が壊しちゃったんですけど……。でも、南の塚が壊された時、パルスタードは周囲の民家も壊して、多くの民が犠牲になりました。

 私も、兄達と共に塚の様子を見に出掛けて、そこの多くの怪我人に少しでも役に立てばと魔法を使いました」


「うん。カレリアが近くに居たから、それも知ってる」


「あんなに大勢の人々が怪我をして苦しんでいる姿を見るのは、初めてで……。とっても怖かったし、悲しかったです。あんな様子は、二度と見たくないし、誰にも苦しい思いをして欲しくない。私、みんなを守りたいんです。だから」


 私を依代にして下さい、と言おうとして、チカゲは思わず言葉を止めた。

 チナミの、チカゲを見詰める若草色の瞳が、微かに揺れている。

 不意に、昨夜のトシヤの言葉がチカゲの頭を過ぎった。


「チナミと同じ、おまえを、危ない目に遭わせたくない」


 チナミは周囲の人々を守りたいが故に、たった一人で戦おうとしたと、マリが言っていた。

 その決意に、トシヤの言葉に、自分は打ち勝たなければいけない。

 ただ、漠然とみんなを助けたいだけでは、チナミの翻意を促すのは、難しいだろう。

 ならば。


「私……、私っ、自分のことはいいんです。たとえ相打ちになっても、絶対、エルウィードを封印したい。いえっ、封印してみせますっ。今度こそ絶対出られないように、しっかりと。ですから、どうか、私にお力をお貸し下さいっ!」


 チカゲは、赤金の髪を振り回すように、勢い良く頭を下げた。

 今の自分には、これ以上言葉が見付からない。上手く伝えられたとは到底思えないが、何とかチナミが汲み取ってくれれば。

 だが、ダメなら、これで諦める。

 決意を頭の中で繰り返しながら、チカゲはじっと、チナミの声を待った。

 とても長く感じられた数秒後、チナミが静かに言った。


「……自分の身を犠牲にしても、みんなを守りたいって、チカゲはそう言うんだね?」


「はいっ」確認されて、チカゲは即答する。


「とても辛いことだよ? 分かってるの?」


 チカゲは、顔を上げた。憂いに満ちた、美少女のようなチナミの面を見詰め、彼女はきっ、と眼差しをきつくした。


「でも、チナミ様もなされたではないですかっ」


 チカゲの反撃に、チナミは目を見開く。


「誰にも頼らずに、エルウィードを倒そうとしたと、マリ……、いえ、カレリア様からもお聞きしました。テオドール様やユキナガ様も、そうおっしゃってましたっ。そのチナミ様を、私は手本としたいのですっ!! 力不足は、前回も申しました。それでも、私はみんなを助けたいのですっ!!」


 最後は足を踏み鳴らしそうな勢いで、チカゲは叫んだ。

 自分に出来ることは、全力でやりたい。

 険しかったチナミの顔が、ゆっくりと笑みを掃いた。


「思った通り、頑固な姫君だね、君は」


 チナミが、白い手をチカゲの方へと伸べる。チカゲは、思わずその手を取った。

 途端。

 チナミの身体が光となり、チカゲの中へと溶け入る。

 自分の中に吸い込まれるチナミに、チカゲは慌てて己の周囲を見回す。


「あわわっ!!」


『チカゲ』


 チナミの声が、頭の中で響く。


『君は分かっていなかったかもしれないけれど、僕と君は、もうずっと前から融合していたんだ。……君は僕の意識を、ずっと感じていた筈だ』


「え……?」思わぬ言葉に、チカゲは驚く。


『君は、僕の夢を見た。『褐色の塔』の封印をパルスタードが解いた日に。更に、君は僕の意識を感じた。昨夜マリと話していた時に』


 そういえばあの時、チカゲにははっきりと窓辺から外を見詰める少年が見えていた。あの姿は、少年を外から見たのではなく、窓ガラスに移った寂しげな顔を、見ていたのだ。

 少年は、幼い日のチナミだったのだ。

 そして、感じていたのは、その時のチナミの感情だ。


『君は僕の依代だ。ずっと前から決まっていた。そう、君が生まれた時から、多分』


「チナミ様……」


『避けていたのは、僕のわがままだ。それは、今も変わらない。本当は君を、辛い戦いに向かわせたくない。それだけはチカゲ、どうか覚えておいて』


「はいっ」


 チナミの優しさが、依代となったことでより一層強く感じられた。

 何時の間にか、手の中に一本の杖が握られていた。

 チナミの宝具である。

 チナミの信頼の証しである金色の魔法の杖を、万感の思いを込めて、チカゲはぎゅっと胸に抱いた。


 ******


 塔から戻ると、チカゲの部屋にカナメ達が集まっていた。


「『光の塔』へ行ったって?」


 開口一番、兄に問われて、チカゲは神妙な表情で「うん」と頷いた。


「マリから、聞いたの?」


「いや。聞かなくても依代なら分かる。……チナミが降臨したな?」


「うん」チカゲがチナミの宝具である黄金の杖を見せると、ハーシェルが拳を突き上げて「やったっ」と叫んだ。マリも手を打って喜ぶ。


 トシヤは、渋い顔で後ろ頭を掻いた。


「ったく、あんだけ行くなって、言ったのによっ」


「うん、ごめん」


「トシヤの気持ちも分かるが、決まっていた事柄だ。先延ばしにしていたのは、チナミのわがままだ。そうだろ?」


 頷くチカゲに、トシヤは「ちくしょう」と苦笑した。


「けどよ、チナミの依代になったからって、チカゲのノーコンが治るって訳じゃねーだろ? その辺は、どーすんだよ?」


「やってみなきゃ分かんないでしょっ!」


 チカゲはむっ、と、頬を膨らませた。


「チナミ様に色々、教えて貰えるし。私も頑張るし?」


「ふーん、今までだって、頑張ってたんじゃねえの?」


「もっと頑張るのっ!」


 長身の従兄の方へ、小さな顔を突き出して、いーっ、と歯を出したチカゲに、ハーシェルが吹き出す。

 マリとカナメも苦笑した。


「さて。五人全員揃ったところで、では作戦会議をするか」


 カナメの提案に、皆が頷いた。

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