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14.寂しがり屋の魔術師

 封印塚は騎士団と歩兵隊に任せ、チカゲ達は王宮へ戻った。


 壊された封印塚以外は、すぐに宮廷魔術師達が行き、結界を張ったという。

 ならば、もう今夜のところはパルスタードも動かないだろうと踏んで、カナメは自室へ、ハーシェルは貴賓室へと引き上げた。

 トシヤは近衛軍宿舎に泊まるといい、部下達と共に本殿を出た。

 今日と昨日で一年分くらいの失敗の山を築いてしまったチカゲは、凹みに凹んで、風呂から上がるとバスローブのままばったり寝台に倒れ伏した。


「姫様、そのままお休みになられると、お風邪を召しますよ?」


 チカゲが生まれた時から仕えてくれている中年の女官長が、丸い顔に苦笑を浮かべつつ声をかけた。

 マリは側仕え専用の浴場へ、戦闘で汚れた服と身体を洗いに行っている。

 無言で枕に頬を押し付けたチカゲは、今マリが居なくてちょっぴり良かったと思った。

 あの優しいお守役が居れば、きっと酷く当たってしまいそうな気がする。

 自分は全く何も出来なかった。やっても目茶苦茶な失敗だけ。対してマリは、立派にパルスタードの魔獣と渡り合った。

 それに、マリは五柱の神の依代である。けれど自分は、チナミの降臨に失敗した……。

 マリと自分を比べても仕方無いのに、何故か比べてしまう。また自分を卑下してしまう。

 そんな自分の現在の胸中が、チカゲは堪らなく嫌だった。


 ――どーしてなんだろう……


 何がいけなくて、魔法が暴走してしまうのか。

 ユリや焼跡の怪我人達に掛けた治癒魔法は、上手く出来たのに。

 悩みながらのろのろと起き上がり、寝台に正座する。


「よっ、落ち込んでるかあ?」


 突然声を掛けられて、チカゲはびっくりして入り口を見た。


「トシヤ兄」


「べこべこに凹んでるチカゲちゃんを、見学に来てやったぜぇ」

 近衛軍宿舎に泊まると言っていたのだが、戻って来たらしい。

 軍服の上着を脱ぎ、黒のベストとズボンという軽装で、さも楽しそうに笑いながら入って来るトシヤを、チカゲは力の無い目で睨んだ。


「ここはレディの寝室ですっ。こんな夜中に勝手に入らないでっ」


「はは。おまえがレディなら、女官長だって立派なレディだぜ? なあ?」


 振られた女官長は、同意してよいのか分からないという表情で、曖昧に笑う。


「何の用?」トシヤを睨み据えたまま、寝台の上に正座する。


「んー……」トシヤは、焦げ茶の後ろ頭をポリポリと掻いた。


「言った通り。チカゲ凹んでるかなあ、と思って」


「思った通り、凹んでるわよ? 当たって楽しい?」


「楽しいってなあ……」


 半ばヤケになったチカゲがトシヤに当たり始めた時。マリが風呂から戻って来た。


「ただ今戻りました。――トシヤ様、お出ででしたか」


 よお、とトシヤはマリに手を上げる。

 チカゲは、不思議に思った。以前なら、トシヤはマリにそんな挨拶はしなかった。

 これも、それぞれ五柱の神の依代となったせいか。

 二人への羨望と嫉妬で、ますますヤケになり掛けたチカゲに、トシヤが言った。


「おまえが落ち込んでんのは、多分、封印塚をぶっ壊しちまったからだろ。ったくよお、ほんと、無茶してくれたよな」


 トシヤは一呼吸置くと、寝台の端に座った。


「チカゲ、明日おまえ王宮から出るな」


「え――」チカゲは、目を見開いた。


 言われるかとは思っていたが、現実に禁足を言い渡されると、やはりずん、と胸が重くなる。

 

「封印塚をぶっ壊したのもそうだけど、おまえはまだ、魔術師としちゃ半人前だ。しかも、魔力が半端じゃねえから厄介。はっきり言って、一緒に来られてもお荷物なんだよ。

 けど、俺達が怒ってんのは、その話じゃねえ。おまえが勝手に、自分から危険に飛び込んで行くことだ。まあ、あれは確かにハーシェルも悪いんだが、カナメが来るなって言ったのに、西の封印塚まで来やがって……。おまえがパルスタードの真ん前に現れた時は、心臓が口から飛び出そうになったぜっ」


 チカゲは俯いた。

 アクシデントであったものの、あれは本当に無謀だったと、自分でも思う。

 だが、十分反省もしているのだから、今更また言わなくてもいいではないか。

 悔しさが更に溢れて、チカゲはバスローブの膝の辺りを強く握る。

 従妹の姫が涙を堪えているのに気が付いたトシヤは、マリに言われる前に謝った。


「悪い、言い過ぎた。けどな、俺はおまえに危ない所には行って欲しくねえんだ。ちゃんと自分を守れる力があるなら、俺もここまでは言わねえ。けど、何遍もしつこいようだけど、おまえにはまだ、奴と戦う力はねえ。だから、矛盾してっかもしれないけど、俺は今、おまえにチナミの依代になんかなって欲しくねえ」


「トシヤ様……」


 マリが、意外だというような声を上げた。


「チナミの塔におまえが行った時、チナミが降臨しないってんであんだけ怒っといて変だって思うかもしれねえけど……。俺は、今のまま、おまえにこの危険な戦に参加して欲しくない。それは多分、カナメも同じだ。

 うん。チナミじゃねえけど、危険に晒したくねえんだ。だから――」


 聞いていて、チカゲは落ち込んでいた気持が怒りに変わってきた。と同時に、自分の別のところがどんどん冷静になって行くのも感じる。

 確かに自分は半人前だ。このままでは、トシヤの言う通り足手纏いになるばかりで、何も出来ない。

 誰も救うことも出来ない。

 だが、だからと言って何もしないで、王宮に隠れていていいのか?

 何も出来ないと言っても、他の誰より魔力はあるのだ。それをどうにか使う努力をしなくて、どうするのだ。

 そうだ、落ち込んでいる場合ではない。この魔力を使う手を考えねば。


「チカゲ?」言い返すでもなく、俯いたまま否定的な話を黙って聞いている従妹に、トシヤは怪訝な顔をする。


「おまえ、人の話ちゃんと聞いてっか?」


「聞いてるよ。私が王宮から出ない方がいいっていうんでしょ」


「うん。……まあ、そういうことだ」


 いつもとは別人のように聞き分けのいいチカゲに気味悪さを感じて、トシヤは半端な笑みを浮かべた。


「けど、それでパルスタードが倒せるの?」


 チカゲは、表情を厳しくすると、顔を上げた。


「パルスタードは、物凄い魔力の持ち主だよ? それに、今夜分かったように、禁呪の闇の魔法まで使える。そんな相手に、チナミ様抜きで……、魔術師抜きで戦えるの?」


 トシヤは、表情を険しくした。


「それはっ、これから作戦を立てるっ。半人前のおまえが口出しすることじゃねえっ!」


「半人前だって、私は魔術師だよっ!」


 チカゲは詰め寄った。


「魔法の怖さは、魔術師が一番良く知ってるの。私だって少しは使えるもん、パルスタードがどんなに恐ろしいか、トシヤ兄なんかよりずっと知ってるっ。……心配するなら、もう一緒に戦いに行きたいなんて言わないよ。でも、だからって王宮で縮こまってるなんてっ、絶対嫌っ!!」


「姫様……」


 マリが、心配そうにチカゲの顔を覗く。

 チカゲは続けた。


「何かしたいのっ。みんなを助けたいのっ。そう思うのも、ダメって言うのっ?」


 トシヤは、険しい表情を崩さず、腕組みをする。

 チカゲは、更に言い募った。


「もっと魔法の勉強をするっ。一日二日じゃどうにもなんないって、分かってる。でもっ、やって、何が出来るか試したいっ」


「……分かったよ」


 トシヤは、真剣なチカゲに、降参と手を挙げた。


「おまえの頑固さに完敗。明日カナメと、チカゲが出来そうなことがあるか、話してみるぜ」


 じゃあな、と言って、トシヤは腰を上げた。


「ありがとう、トシヤ兄」


 トシヤは片手をひらひらと振って、チカゲの部屋から出て行った。


「本当はお優しい方なんですよ、トシヤ様は」


 マリが、しみじみと言った。


「いつも周囲の人々を気に掛けてらっしゃいます。性格がまあ、ああいった、おおらかな方ですから、そんな風に見えないでしょうけれど……。テオドールが、どうしてトシヤ様を依代に選んだのか、分かる気がします」


 友愛の神、と呼ばれるテオドール・イズモは、ユキナガの依代であるハーシェルによれば、とても温厚で穏やかな人柄であったらしい。

 それだけ聞くと、トシヤとは全くの正反対である。だが、友を愛し互いの絆を守ろうとする気持ちが強いというところは、確かに共通している。

 神々は、無差別に依代を選んでいる訳ではない。

 何処か自分に似た性格の人間を、必ず選んでいる。カナメがツバサの依代となった時、ハーシェルが「やっぱり」と納得していたのでも分かる。


 チカゲはふと、自分とチナミの共通点を考えてみた。

 完璧主義で神経質で温厚、とハーシェルはチナミを評していた。自分とは一致するところが無いと、チカゲは思った。

 しかし、そのすぐ後で、ハーシェルはチカゲにチナミの降臨を試してみろと言った。

 それは何故だったのか。


「ねえマリ、チナミ様って、どんな方?」


 不意に聞かれ、マリは少々驚いたように目を見張る。がすぐに、笑顔に戻した。


「そうですね……。周囲の人々に気を使われる方でした。ツバサは八方美人だと言ってましたが、私はむしろ、寂しがり屋なんだと、思っていました。

 ――そう、小さい頃は病気がちで、ほとんど自室から出らなかった、と言ってました」


 聞いた途端、チカゲの脳裏に、ヒナタの王宮の窓から、外で遊ぶ幼馴染み達を羨ましそうに眺める、小柄な少年の姿が浮かんだ。

 一緒に遊びたくても、彼はその輪には入れなかった。

 だからと言って、外の子供達を恨む気持ちは無かった。現実に一緒に遊べなくとも、幼馴染み達は十分、彼の空想の中では仲間として遊んでくれた。

 そして遊ぶ子供の風景は、いつしか彼の心の中の宝物になった。

 だからチナミは、後に仲間が出来ても周囲に気を遣い、自分一人で何も彼も背負おうとしたのだ。

 何も失いたくなかったから……。


「姫様?」


 マリに呼ばれて、チカゲは我に還った。


「どうかなさいましたか?」


「あ――ううん。ねえマリ、私とチナミ様って、その……、共通点って、あると思う?」


「そうですね」


 マリは小首を傾げて、少し考える。


「寂しがり屋なところがおありなのは、似てらっしゃいますね」


「……そっか」


 やっぱりそうなんだ。

 自分も、どんなにカナメにからかわれても、トシヤにバカにされても彼等から離れないのは、一人にされるのが嫌だからだ。

 いいや、彼等を好きだからだ。


「チナミ様も、きっと、周りの人がお好きだったんだろうね」


 チカゲの呟きに、マリは「ええ」と頷いた。


「そうだと、思います。自分はどうなろうと、周りの親しい人々を絶対傷付まいとなさいましたから……」


 ふと、マリの瞳が曇る。それが、在りし日のカレリア・ヒヅキの想いを追っているのだと、チカゲは納得した。


「私、明日もう一度、チナミ様の塔に行って来る」


 マリは、驚いた顔をする。


「それは……。先程トシヤ様が、お止めになった方がよいと……」


「うん」チカゲは薄く笑った。


「言ってたよね。でもね、私も、チナミ様と同じ。みんなを失いたくないから。もちろん、チナミ様がまた私じゃ嫌だっておっしゃったら、素直に諦める」


 チカゲははあ、と大きな溜め息をつくと、ばたん、と寝台に背中から倒れた。


「どーして私なんだろーなー?」


「は?」マリが、不思議そうな声を上げた。


「だって、兄上に、もし私とおんなじくらいの魔力があったら、もっとずっと前に魔法をちゃんと使えるようになってると思う。でも、現実は兄上には魔力は無くて、持って生まれたのは、バカでドジな妹の私」


 カナメは理不尽だと思っているかもしれない。が、魔法の才で兄から面と向かって嫌味を言われた覚えはない。

 もしかしたら、執拗にからかうのは、カナメなりの嫌味なのかも知れないが。


「神々は、その人に何か一つは必ず、祝福をなさると言います」


 部屋の隅でそれまで黙って繕い物をしていた女官長が、静かな声で言った。


「カナメ様は、並外れて明晰な頭脳をお持ちです。それが、神々からの、カナメ様への贈り物なのでしょう」


「二つは無いってこと?」


「そうですねえ。おつむが宜しい他は、カナメ様は巧みな剣士でもいらっしゃいますねえ」


「やっぱ、二つか……」


 ちょっと羨ましいという顔をしてしまったチカゲに、マリが苦笑した。


「カナメ様の二つ分に、姫様の魔力は匹敵致しますよ?」


「そっかなあ?」


 そうですよ、とお守役と女官長が口を揃える。


「カナメ様には、明晰な頭脳と剣の腕前を、姫様には、並外れた魔力を。神々はちゃんとご兄妹に均等に祝福をお与えです。ですからもう、ご自分を卑下なさるのはお止め下さい」


 二人に言われ、チカゲはそうだな、と思い直した。


「うん。ごめんなさい」


「さあ、もうお休みなさいまし。また明日もお忙しゅうございましょう」


 女官長が、どっこいしょ、と丸い身体を椅子から持ち上げる。

 お休みなさいませ、と挨拶し、チカゲの寝室を出て行った。


「では、私も」


「マリ」チカゲは、文机の上の手燭を取ったお守役を呼び止めた。


「明日、私が『光の塔』に行くってこと、兄上達には内緒にして」


「分かりました」


 微笑んで、マリは一礼した。

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