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13.封印塚の攻防

 魔法陣を開けるのも治癒魔法同様初めてだったが、こちらもすんなり行った。

 が、魔法陣の設置されている場所が悪かった。

 どの封印塚も、魔法陣は塚の真正面、すぐ間近の位置にある。

 南から西の魔法陣に飛んだチカゲ達は、出た途端、大変なものに出会ってしまった。

 塚の真上にパルスタードが居たのだ。


「おや、これは。アケノの王女」


 塚に背を向ける形で転送されたチカゲは、魔術師に呼ばれ、慌てて振り向いた。


「パルスタードっ!?」


「うっわ、近いっ」


 ハーシェルが、驚いて一歩跳び退く。


「正に一触即発の中央に出現するとは。良い度胸だ」


 指摘され、周囲を見回す。と、反対側には北面隊と第四騎士団、それにカナメ達が身構えていた。


「こおらハーシェルっ!! 何でチカゲを連れて来たっ!!」


 トシヤが、槍を構えたまま怒鳴った。


「カナメに、あっちの屯所に置いて来いって、言われたろうがっ!!」


「んなこと言ったってしょーがねえだろっ!! チカゲがいなけりゃこの魔法陣、使えないって言うんだからっ!!」


「なにいっ!?」


「俺とマリが一緒に通るには、王族の魔術師の力が要るってっ」


 ハーシェルが言った途端、カナメが渋い顔をしたのが、塚を囲むように設置された松明にはっきりと照らし出された。


「……しょうもない嘘を……」


「えっ? 嘘っ?」


「王族の魔術師でなくとも、普通人を連れて魔法陣を通るのは可能だ」


 片眉を上げて、ハーシェルはチカゲを振り返った。

 一緒に行きたい一心の嘘がばれて、チカゲはヒノワの王子に手を合わせて謝った。


「ごめんなさいっ! でも、どうしても来たかったのっ」


「……ほんと、しょーもない……」


「ところで、私は何時まで内輪揉めに付き合えばいいのかな?」


 塚の先に腰掛けたパルスタードは、曇り空を思わせる灰色の目を意地の悪い笑みに細め、のんびりと言った。

 チカゲとマリ、それにハーシェルが、事態を思い出して飛び上がる。


「てっ、てめえっ。んなとこで呑気に観察してるなっ」


「心外な。勝手に君達が揉め始めたのだよ。私のせいじゃあない」


 まあ、気が付いてくれたようだから、と、パルスタードは掌をチカゲ達に向けた。


「では、攻撃させて貰おうか」


 ストップ、と、魔術師が呪文を唱えた。

 これは四大要素とは別種の、防御や遮断の魔法などと同系の無形系呪文と呼ばれる魔法で、掛かれば敵の動きを止める効果がある。

 明らかに自分達を捕らえる積もりと気付いたチカゲは、相手の呪文を無効にする魔法を発動させた。


「カウンター・ストップっ!」


 幸いなことに、と言うべきか、四大要素の魔法の解呪呪文デスペルとは違い、チカゲは無形系呪文を無効にする反対呪文は、比較成功率が高い。

 常人には見えないが、飛んで来たパルスタードの魔力が自分の魔力と空中でぶつかり、相殺されるのがチカゲには見えた。

 必死で唱えた呪文が上手く行って、チカゲはほっと胸を撫で下ろす。


「ほう。少しは上達したようだな。暴走王女」


「しっつれいなっ!」チカゲは力一杯怒鳴った。


「私だって、これくらいの魔法は使えるわっ!! バカにしないでっ!!」


「それは失礼」


 パルスタードは余裕の笑みを浮かべると、浮遊の魔法で中空に立ち上がった。


「冗談はこれくらいにして、では本気で掛からせて貰おう。殿下方も退屈なさっておられるようだ」


「んだとっ!?」


 トシヤが気色ばむ。今にも突進しそうな彼を、カナメが無言で制した。

 二人の様子を笑いながら、パルスタードは魔法を発動した。


「――サンダー・スピア」


 途端、パルスタードの頭上に稲妻を内包した巨大な球が浮かび上がる。

 サンダー・スピアはその名の通り、槍状になった稲妻が広範囲に落ちる魔法である。

 チカゲは青くなった。薄曇りの夜空の下、急速に回転するあの球が炸裂したら自分では止められない。


「逃げてっ!!」


 叫んだ。が、兄達は動かない。


「何してるの兄上っ! 逃げないと……」


「こっちへ来いっ、チカゲっ!」


 ハーシェルが、彼女の手を強く引っ張る。

 全速力で走り、北面隊に合流する。その刹那、球が割れ稲妻の槍が降って来た。


「そりゃあっ!!」


 トシヤが、テオドールの宝具である金の槍を頭上で大きく回した。槍全体から、金粉が溢れる。金粉は味方を今しも襲おうとしている稲妻を、ことごとく弾き飛ばした。

 パルスタードの魔法を防いだトシヤは、得意気に鼻の下を擦った。


「へへん。ざっとこんなもんだっ」


「凄い……。あ、そうか。兄上達の武器って、神々のものだもんね」


 宝具が特殊なマジック・アイテムであるのを改めて知って、チカゲはなるほどと関心する。

 関心したのは、彼女だけではなかった。


「そうか。おまえ達の武器が魔力を帯びているのを、失念していた」


「そりゃそうかもね。前にご披露したのは、二千年も前だし?」


 厳しい表情のまま、ハーシェルは相手の台詞に合わせておどけた。


「そうだな。では、武器の魔力が行使出来ない方法を取らねばな」


 パルスタードは、端正な顔をぞっとするような笑みに歪めた。

「――我が意に従い生まれ出よ。命無き闇の獣達よ。魔獣召喚」


 開いた掌を、悪しき魔術師はぎゅっと握る。その途端、闇が捩じれたようにチカゲは感じた。

 次にパルスタードが掌を開くと、次々と闇の中から醜怪な獣が飛び出して来た。

 真っ黒な大型の犬のような獣は、だが犬より断然巨大な牙を持ち、前足には鋼鉄と見える鋭い爪を有している。


「死の犬っ!!」


 マリが叫んだ。

 死の犬は、冥界を司る神々の一柱、死の女神の使いとされている。

 悪行の果てに死んだ者や、非業の死を遂げた者の魂を喰い、死の女神の元へ運ぶと言い伝えられている。

 松明に照らされてなお黒い毛並みを逆立て、炎の色の目でこちらを睨みながら、地の底から響くような唸り声を上げる犬に、さすがのアケノのつわもの達も後退りした。


「死の犬を呼び出すなんて……」


 冥府の使い魔を使役する魔法など、見たことも聞いたことも無い。チカゲは恐怖におののいた。

 学問好きで古代王国とその魔法にも精通しているカナメが、苦り切った表情で説明する。


「魔獣を呼び出す魔法は、現在は殆ど使われない精霊魔法のひとつ、闇の魔法だ。古代から邪法と言われ、今では全て禁呪の筈だ」


「パルスタードおまえっ、禁呪をこっそり研究してやがったのかっ!!」


 ハーシェルは、背の刀を抜き放つ。

 パルスタードは、暗い笑みを消さずに少年を見下ろした。


「そうだ。エルウィードの魔力の封印が解けない場合を考え、覚えたのだ。精霊魔法は現在使用されている魔法とは体系が違う。従って、おまえ達には解呪出来ない」


「なるほどな」カナメは、魔獣を睨みながら鞘を払った。


「だが、如何に魔獣と言えど、宝具にはその牙、通用しない」


「やってみるがいい」


 パルスタードの手が動く。「行け」という声と同時に、死の犬が一斉に襲って来た。


 先頭の一頭がまず跳躍し、北面隊の中に突っ込んで来る。トシヤは、犬が着地する前に槍を横腹に突き立てた。

 しかし、犬はトシヤごと槍を引き摺ったまま、構える兵達に襲い掛かる。


「この……っ!!」


 踏ん張って、犬の動きを押さえるトシヤの背後から、ハーシェルが躍り出た。虎鐵を振りかぶると、一閃、死の犬の首を薙いだ。

 犬は、甲高い泣き声と共に霧散する。


「姫様を頼みますっ!」


 マリは近くにいた騎士と兵士二人にチカゲを託すと、カナメと共に次の一頭に向かって行った。

 まずマリが三節棍で跳躍して来る犬の足を叩く、倒れたところを、カナメが斬り付けた。

 しかし、魔獣は一度や二度の攻撃では倒れない。二撃、三撃と打撃と剣を繰り出し、漸く死の犬の姿が消える。

 四人が奮戦している所とは別の場所で、残り三頭は騎士団と歩兵隊の中で暴れに暴れていた。

 魔獣の牙は、騎士の胴鎧も歩兵の鎖帷子も、紙のように引き裂く。

 死傷者が、さして広くない広場を囲んだ路上に、たちまちの内に溢れる。

 チカゲを庇った騎士と歩兵三人も、襲って来た犬の爪と牙で深手を負った。

 すぐにチカゲが治癒魔法を掛けたので大事にはならなかったが、それでも彼等の周囲の仲間は次々と倒れて行く。

 凄惨な混戦の中、チカゲは辛うじて攻撃を回避しながら手近の負傷者に治癒魔法を掛け続けた。


 悔しいが、今の自分にはこれしか出来ない。 


 眼前に倒れて来た騎士の傷を癒し、ふと顔を上げた時。

 チカゲは目を見開いた。

 真正面に封印塚があった。

 死の犬の牙を避け動き回っているうちに、何時の間にか塚の前に出てしまったのだ。

 見上げると、パルスタードがまだ塚の上空に浮いていた。その身体が、淡く光っている。

 魔術師の身体が光を放つのは、魔法を使おうとしている時である。

 パルスタードは、カナメ達が死の犬にてこずっている間に塚を破壊しようとしているのだ。


「パルスタードっ!!」


 チカゲは、立ち上がって叫んだ。チカゲの声に気付いたパルスタードが、目を向けてくる。


「ほう、またおまえか。アケノの王女」


「塚を壊す気ねっ! そうはさせないっ!」


 くくっ、と、魔術師は小馬鹿にしたように笑う。


「魔力の制御の出来ないおまえに、私は止められないと、この前も言った筈だが?」


「こっ、今度は失敗しないわよっ!!」


 チカゲは、利き腕を前へ突き出し呪文の準備をする。

 鼻で笑い、パルスタードは掌を天へと向けた。


「では、やってみるといい。――ファイアー・ボール」


 振り下ろした掌から、炎の球が吹き出る。

 先刻の、無形呪文の反対呪文は上手く行ったのだ。チカゲは気を落ち着けて解呪呪文を唱えた。


「デスペルっ!!」


 しかし、制御しようとし過ぎたせいか、彼女の解呪呪文は炎の球を消し去れず、球は塚から逸れただけだった。


「ええっ、どーしてっ!?」


 焦るチカゲの前で、パルスタードは逸れた球を呼び戻す。炎の球は、今度は横から塚に激突するコースを取る。

 自分の解呪呪文は、やはり効かない。それなら一か八か、失敗続きの別属性の呪文をぶつけるしかない。意を決してチカゲは風の魔法を唱えた。


「ウィンド・エッジっ!!」

 ――上手く相殺してえっ!!


 祈る気持ちで魔力を放つ。鋭い刃のように回転しながら炎に迫る風は、見事にパルスタードの魔法を切り裂いた。

 しかし。

 先程とは逆に、今度は放出が大き過ぎた。風の刃は炎の球を両断した勢いのまま、封印塚に激突する。


「きゃああっ!!!!」


 悲鳴を上げたチカゲの眼前で、塚は爆音と共に瓦解した。


「ははははっ!! これはっ、見事にお手伝い頂いた。礼を言うぞ、暴走王女」


 声を上げて笑うと、パルスタードは丈長の上着の袖を翻し、闇の中へ消えた。


「……どーして?」


 またもやの大失敗に、チカゲは呆然と膝を付く。


「あっちゃあっ!! やってくれたなっ!!」


 やっと最後の一頭を片付けたハーシェルが、チカゲのところへやって来た。

 跡形も無い塚に、盛大に顔を顰める。


「横目で見てたけど、思わず虎鐵を落っことしそうになったぜっ」


 槍を担いでやって来たトシヤが、片手で顔を覆って天を仰いだ。


「ああもう……。何のために俺達ここまで頑張ったんだか……」


「まんまと奴の手に乗ってしまった、という感じだな」


 静かに、しかし冷たい声で言い、カナメは剣を鞘に納める。


「……あにうえ……」


 チカゲは兄の言葉に、改めて自分のしでかし事態の重大さと、腑甲斐無さを思い知る。

 猛然と悔しさが沸き起こった。


「……もー、やだあっ!!」


 悔しくて、情けなくて。

 わっと泣き出した王女を、マリが抱き締めた。


「姫様、そんなにお泣きにならないで下さい。姫様は頑張られたではないですか。ねっ?」


 頑張っても頑張っても、結果は最悪なものにしかならならい。

 マリの慰めさえ辛くて、チカゲはお守役の革の胴着の胸元に顔を押し当てて、何時までも泣いていた。

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