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11.市街の惨状

 兄から許可が貰えたチカゲは、みんなには先に出発して貰い、裾の長いドレスを、乗馬の出来る普段の外出着に替えに、自室へと一度戻った。

 手早く着替えて、残ってもらったマリと共に、騎馬で兄達の後を追う。


 シノノメはアケノの王都でもあり、東の地一の大都市である。

 都市にはつきものの歓楽街も多くあり、夜ではあるが道は比較的明るい。

 しかし、南門に近付くにつれ夜の街の様相は明から闇に変わっていった。

 大門通りから升目に通された大路の一本、南第二大路を左に入った途端、チカゲ達の前に目を覆いたくなるような光景が現れた。

 破壊され燃え上がる民家、逃げ惑う人々。

 道端には死体と、怪我をして動けない市民が横たわっている。

 それらの人々を、先発の近衛軍第二軍の兵士達が介抱していた。


「兄上達は?」


 西門と南門を結ぶ南第二大路の屯所には、先に城を出たカナメとハーシェルの姿は見当たらない。

 第二軍の軍曹に尋ねると、二人は南の封印塚近くに陣を敷いた第一軍の方へ向かったという。

 南第二大路をこのまま塚まで馬で進むには、瓦礫が多く、チカゲの乗馬の腕前では、とても乗って行かれない。

 二人は軍曹に馬を預け、徒歩で塚へ向かうことにした。


「大変危のうございます。姫様、くれぐれもお気を付けて」


 気遣ってくれる軍曹に礼を言い、チカゲ達は先導の兵と共に瓦礫の路に踏み込んだ。


「予想していたより、酷いね……」


 大路の左右に立ち並んだ高い建物がことごとく全壊しているのに、チカゲは顔を歪める。


「雷系か、火系の呪文かな。こんな、いっぺんに広い範囲を壊せるのって」


「凄いものですね……」

 焼けたレンガの塀や、外壁が吹き飛ばされ黒く焦げた家具が剥き出しになった建物を目の当たりにし、マリが身を震わせた。


「本当に、魔法の威力は凄まじい」


 マリの、ぽつりと出た本音に、チカゲは、自分も授かった強大な魔力というものの本当の怖さを、じわりと感じた。


 更に進むと、焼け残った商店の中に数十人の人々が蹲っているのが、松明の明かりにうっすらと見えた。中の一人が、チカゲ達を見付けて近付いて来た。

 マリは警戒して、チカゲを背に庇う。

 やって来たのは老人だった。


「お願いです、お偉い方」


 老人は、怪我を負ったのだろう、煤けた服を千切って巻き付けた両手を合わせ訴えた。


「子供が怪我をしております。薬をお持ちでしたら、どうか分けて頂けませんか?」


「薬の持ち合わせは、あいにく無い」


 同行した近衛軍の兵士が答えた。


「衛生兵か宮廷魔術師が来るまで待て。待てぬなら、薬はこの先の屯所にある。歩けるようならそこへ行け」


「子供は重傷です。歩けません。どうか……」


「……残念だ」


 なおも縋る老人を無視して、三人は歩き出した。

 チカゲは、五メートル程行ってから、やはり気になって振り返った。

 老人はまだ、彼女達を見ていた。


「あの人……」


「今は、気の毒ですが助けている時ではありません。一刻も早くパルスタードを見付け出さなければ」


「うん、でも……」


 マリの言葉は最もだ。

 パルスタードを掴まえなければ、あの老人のような人々がまだ増えて行くのだ。

 だが、今目の前で苦しんでいる人達を放って行くのは、どうしてもチカゲには出来なかった。

 戻ろう、と決意し(きびす)を返すと、ぱっ、とチカゲは走り出した。


「あっ、姫様っ!」


 老人の元へ向かったチカゲに、マリが慌てて声を掛ける。だがチカゲは聞かず、老人の顔を覗き込んだ。


「怪我した子供は何処?」


 老人は一瞬驚き、そしてくしゃりと顔を歪めた。


「こちらです」


 チカゲは、彼に付いて歩き出した。

 老人は先程の商店の裏へと入って行く。そこは、正に地獄の様相だった。

 瓦礫の中から皆でやっと探し出したのだろう、地面に置かれた幾つもの手燭や灯籠が、様々な苦痛と悲しみを、照らし出している。

 傷を抱え蹲る人、横たわり苦痛にあえぐ人、泣く子供、疲れ果てて項垂れる老人。どの顔も、埃と汗に塗れている。

 背後では未だに火事が収まらず、夜空に微かに黒煙が上がっているのが見える。

 よくマリと外出するチカゲだが、こんな街のありさまは、今まで見た事が無い。

 胸が痛い。

 しかし、助けると言ったものの、具体的に何をどうすればいいのか、実のところチカゲには思い付かない。

 困ったな、と思い始めた時。


「姫様っ」


 追い付いて来たマリが、背後から肩を掴んだ。


「いけません、こんなところまでおいでになっては……」


「でも……」チカゲは振り向く。前を行く老人が声を掛けた。


「こちらです」


 そこは一階部分が破壊され大きく裂けた、三階建ての集合住宅だった。

 中には、薄い布だけを敷いた床の上に、数十人が横たわっている。その中の一人の少女に、チカゲは視線を止めた。


「あの子……?」


 老人が頷く。

 右側の壁の際に寝かされたその少女は、年頃はチカゲより随分下に見える。半分壊れ掛けた角燈の明かりの中で、青白い顔を天井に向け、死んだように動かない。

 チカゲは側へ寄る。と、隣に寝ていた老婆が上半身をゆっくり起こし、チカゲを見上げた。


「この先の建物が崩れた時に、上から落ちて来たレンガが頭に当たったんだよ。私は足に当たってね。一緒に運ばれて来たんだけど、その時にはもう、こんな状態で……」


 何とかしてあげたいけれど、と、老婆は片手で目頭を押さえる。

 老婆の肩を、案内して来た老人がそっと抱いた。この二人は夫婦だったのだ。


「私共が魔法でも使えれば、この子を助けられるのですが……」


 老人の言葉に、チカゲはあっと思った。


 ――そうか。水の魔法には、治癒の呪文があったんだ。


 治癒魔法は、大して魔力の無い者でも簡単に発動出来る、水の魔法の初級呪文である。

 チカゲの魔力なら当然難なくこなせる魔法だ。

 が。


 ――あれ、使ったことがないんだよなあ……


 魔力が暴走する彼女は、人体に使うこの魔法を、何が起きるか分からない怖さから、これまで一度も使わなかった。

 ために、水の治癒魔法のことは、すっかり忘れていた。

 魔法は、術者が魔力を思い描くものに変換して初めて完成する。

 今までは、訓練のために漠然とした想像で呪文を唱えていた気がする。


 ――でも、今は、この小さな女の子を、私は本気で治したい。


 そう思えば、多分、魔法は正常に発動する筈だ。

 チカゲは、よし、と心中で気合いを入れると、きゅっ、と真一文字に口を引き結ぶ。少女の枕辺にしゃがみ、息をゆっくり吸い込むと、そっと少女の上に手を翳した。

 魔術の杖がなくとも、チカゲの力なら手を翳すだけで、魔力の放出は可能である。


「――清き水の力、傷付きし者の身を癒せ。治癒水」


 静かに呪文を唱える。すぐに、チカゲの掌から白い光が溢れ出た。

 光は少女の身体に落ち、透明な水となって少女の身体を覆う。頭髪の中や服の中を流れ、そして、見る間に地に吸い込まれて消えた。

 数秒して、少女が僅かに身動ぎした。


「お……、おお」


 老夫婦は、ゆっくり目を開けた少女に、驚いて呻いた。


「……私?」


「よかったっ。魔法、効いたねっ」


 初めて使う魔法に、上手く出来るかと心配していたチカゲは、少女が喋ったのを聞いてほっとして笑った。

 少女は、覗き込むチカゲを不思議そうに見上げながら、ゆっくりと起き上がる。


「どう? どっか痛い?」

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