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10.パルスタードの計略

「――全く」


 扉が閉まるのを見ながら、カナメが片眉を上げる。


「あちらも色々やってくれる」


 しかし、幾ら封印塚の力が弱いとはいっても、他の結界に何等かの影響があることは確かで、塚が壊れるのは厄介だ。


「正攻法がダメならと、搦め手で来たな」


 カナメはふん、と鼻を鳴らし、腕組みした。


「封印塚の破壊は、恐らく、僕達三人が依代となったという情報を、何らかの手段で知り得ての行動だろう。市内で騒ぎが起きれば、市警護の任に就くことになる近衛軍軍団長のトシヤは、王宮から離れなければならない。そうやって、僕達のうち一人でも王宮から離れる者を出したいのだ」


「え、何で?」依代となったカナメ達が王宮を離れると、パルスタードにどんな益があるのか。


 兄の言が分からなくて、チカゲは首を傾げた。

 カナメは、チカゲの後方の壁を睨み付けながら、説明する。


「まず、本来、王宮の遮断の結界は『光の塔』の結界の補助として張られたものだ。塔の結界は、中から外への放出は防ぐが、外からの侵入は防げないからね。封印塚は、ここに一番関係している」


 三百年前のエルウィードの『器』も、何とか王宮城壁の結界を弱めようと、三つの封印塚を破壊したが、魔力の無い身では完全に結界を取り除くことは出来ず、最後は四柱の神によって討伐され、再び魂を封印された。


「『光の塔』の結界というのは、神々の魂がそれぞれの塔にいて初めて最大の効力を現す。けれど今は、チナミ以外、塔に神がいない。僕達に降臨しているからね。神々は魂を依代に降臨させている時にも、『神力』の3分の1程は、『光の塔』の最低の結界維持のために残している。『神力』を依代に全て移さないのには、他にも意味があるのだけれど……。とにかく、こういう風に依代に降臨した時は、依代が王宮内にいれば、すぐに『神力』のやり取りが可能なため、封印結界は安定している。だが、僕らが王宮を離れれば離れる程、結界の効力は当然薄くなるんだ」


「あっ、なるほど」


 理解したチカゲは、両掌をぱちんと合わせた。


「封印塚を壊して、まず城壁の結界を歪めて侵入し易くした上で、兄上達を王宮から遠ざけて『光の塔』の結界を緩めようってわけねっ」


「その通り」


 ハーシェルが大きく頷いた。


「時間は掛かるが確実な方法、ってね」


「なかなか、侮れぬの」


 ナユタ二世が眉を顰める。


「ならば他の封印塚にも兵をやり、守らせる方がよいかも知れぬな」


「いえ」父王の意見に、だがカナメは反対した。


「どれだけ兵に守らせても、パルスタードの魔力の前には全く無力でしょう」


 チカゲとほぼ同程度の魔力であるだろうと言われていたが、捕縛され逃げた時の状況で、チカゲは、通常魔法ではパルスタードのほうが自分より優れていると確信した。

 その魔力で封印塚と周辺の家屋を破壊したのだから、相当の被害だろう。

 そんな相手と渡り合わなければならないかもしれないのに、トシヤは朝から忙しく動き回って、ろくに食事をしていない。


「トシヤ兄、大丈夫かな?」


「確かに。ハラが減り過ぎて敵に不覚を取る、なんてことに、なったらやばいよなあ」


 気遣うチカゲに、おちょくってるのか心配しているのか分からない感想を、ハーシェルが小声で返す。


「その点は何とも言えないな。トシヤは人の倍食べないと動けない男だから」


 聞き取ったカナメが、含み笑いをした。


「……効率わりい」


 顔を顰めて呟いたハーシェルに軽く頷き、カナメは「さて」と居ずまいを正した。


「僕らも、トシヤ達に助力するため出たいと思います。どうかご許可を」


「え? でも兄上、それじゃ結界が……?」


 驚いて尋ねるチカゲに、カナメは何時になく真面目な表情で言った。


「確かに、『光の塔』の封印は僕達が王宮を出ることにより、確実に弱まる。が、パルスタードは多分、この程度では僕達が全員で外へ出ないと踏んでいる筈だ。だから、初期段階の現在、全員で奴を追い詰めれば、あるいは容易に掴まえることが出来るかもしれない」


「差し出がましいようですが」マリが、声を上げた。


「一歩間違えれば、かなり危険な戦術ではないのですか? 敵は狡猾なエルウィードです。こちらの裏を掻かないとも」


「そうそう。逆に我らの虚を突いて、無理矢理王宮へ乗り込んで来るとか」

 ハーシェルも同調する。


「その時は」


 カナメは、青銀の瞳を細め、冷徹な策士の表情になる。


「チナミに頑張ってもらうしかないな。何せ、自分で降臨は嫌だと言ったのだから、その分、結界の守護には当たってもらわないと」


「そりゃそうだけど、な」


 難しい表情で椅子に背を預けたハーシェルに、チカゲは訊いた。


「でも、チナミ様は、それで納得なさるの?」


「なさるも何も……。『光の塔』はそういう風になってるんだ。五人が全員塔に居る時は、結界に掛ける力は等しいが、誰かが欠けている――降臨して塔にいない時は、その塔が最低の結界維持力を割った場合、その分を残った連中で補うようになってる。今はチナミ以外は降臨しているから、俺らが王宮を離れれば当然、最悪の状態になった時点で、チナミが一人で結界の力を維持するしかないんだ」


「その責務は放棄出来ない」


 カナメが、硬い声で言い放った。


「だから、幾らチナミが嫌だと言おうが、僕達がいない時にパルスタードが侵入してくれば、チナミは結界守護に力を出すようになる」


「ただ……、最悪の場合、結界守護に力を使い果たして、消滅する危険も、あるけど」


 ハーシェルが眉を曇らせる。

 チカゲは驚いて、椅子から立ち上がった。

 堅い樫の材の椅子の足が、板張りの床を擦り、高く鳴る。


「チナミ様が消滅っ?! そんなっ、そんなこと……っ!!」


「予想のひとつだ。そうなる前に、僕達がパルスタードを掴まえればいい」


 とにかく、とカナメは、仲間を見回した。


「早い段階でパルスタードを掴まえないと。時間が掛かれば掛かる程、奴はシノノメを、アケノを破壊する。急ごう」


「決まったようだな」


 ナユタ二世の重々しい声音に、カナメが頷く。


「はい」


「出撃の許可を与えよう。一刻も早くパルスタードを捕らえて参れ」


 カナメが立ち上がる。ハーシェルとマリもそれに習った。


「では、行って参ります」


 一礼して席を離れる三人を見ながら、チカゲはどうしようと考えた。

 チナミの依代には、なれなかった。魔法を大暴走させないコントロール法は、未だに勉強中。

 だがそんな自分でも、みんなと行って、何か役に立たないか。


「マリっ、待って」


 チカゲは、思い切ってお守役を止めた。


「私も、一緒に行く」


 マリは、柳眉をきゅっと引き上げた。


「いけません。南の封印塚の辺りは、恐らくかなり危険です。姫様は王宮にお残りになって下さい」


「マリの申す通りだ」ナユタ二世が言った。


「そなたはここに残れ、チカゲ。まだ未熟なそなたでは、パルスタードとは戦えぬ」


「分かっています」チカゲは父に向き直った。


「でも行きたいんですっ。お願いします、私にもご許可を」


 赤金の髪を思い切りよく振って、チカゲは父王に頭を下げた。

 困った、というように唸るナユタ二世の低い声が、頭の上で響く。


 と、不意に別な声がした。


「自分の身を自分で守れない奴が一緒じゃ、俺らは戦えない」


 ハーシェルの冷たい言い様に、チカゲの頬にかっ、と血が上る。

 自分が半人前なのは十分わかっている。しかし、他人からずばりと言われるとやはり悔しい。


「わっ、分かってるわよっ。でも、私だって何か役に立ちたいっ」


 ハーシェルは、大きな黒い瞳をひた、とチカゲの薄緑の目に据える。


「修羅場じゃ役に立たないって言ってんだ。魔力はあってもただのお飾り。使えば大暴走。そんな奴、危なくて連れてけるか」


「ひっ、酷い……」


 悔しくて、涙が溢れて来る。でもここで泣いたら本当に意地がくじけてしまうと思ったチカゲは、ぐっと奥歯を噛んで泣くのを堪えた。

 そんなチカゲの気持ちを察してくれた兄カナメが、側に来るとチカゲの頭をそっと撫でた。


「ハーシェルのは言い過ぎだ。でもチカゲ、おまえはまだ勉強中だろ? それに、王宮には父上母上もいらっしゃる。お二方を、魔術師長と共にお守りしてくれ」


 兄にもやんわり断られ、立つ瀬が無いチカゲを救ったのは、やはりマリだった。


「あの、カナメ様。私がお守りしますから、どうか姫様をお連れ下さい」


「なあに言ってんだよっ、あんたっ!」


 ハーシェルが目を剥いた。


「パルスタードとの対決になったら、俺らだけだってやばいんだぞっ。ましてこんなお荷物背負ってたら、全滅だぞっ!!」


「お荷物になるかどうかは、あちらの状況次第。どうか、お願い致します」


「ダメだったらっ!」


 断固反対のハーシェルを、カナメは片手で黙らせた。


「チカゲ」


 静かに、しかし冷たい響きで名を呼ばれ、チカゲは兄を、断罪者を見上げる咎人のように、おどおどと見返した。


「……はい」


「いざとなったら、僕達はおまえを見捨てる。それでもついて来るか?」


 チカゲはぐっ、と掌を握り締めた。


「はいっ」


「なら、来なさい」


「カナメ」心配そうに声を掛けるナユタ二世に、アケノの王太子はにっこりと笑った。


「大丈夫です」


 踵を返したカナメの脇を擦り抜けながら、「知らねえぞっ」とハーシェルは呟いた。


 許可が下りたチカゲは、だが嬉しさよりも責任の重さを感じた。


 ――行きたいなんて、言わなきゃ良かったのかも。


 今更、自分の我がままに皆を巻き込んだのを、反省する。

 そんな彼女の心を察したマリが、そっと肩に手を置いた。


「大丈夫ですよ。ああはおっしゃいましたけど、カナメ様は、いざとなったら姫様をいの一番にお助けなさいます」


 そうじゃない、という気持ちは、だが言っても実力の無い自分では我がままの上乗せになってしまう。


 黙って頷くと、マリは微笑んで頷き返した。


「それでは、参りましょう」

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