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第39話 読者

 六畳のダイニング、ルームシェアの共同部屋で長鳴実門《ながなきみかど》は体育座りをしていた。高校時代のジャージを未だに着ている。

 静かな部屋に、漫画のネームが描かれた紙が捲られる音だけが聞こえる。向井絵馬《むかいえま》に『ルームシェア×勝負フェア』の第一稿を読んでもらっている。伝えたいことが伝わっているか。実門は今まで月狐に教わった知識を投入して描いたつもりだ。緊張して喉が渇いた。梅酒を飲むと喉が熱くなった。


「ミカ先輩、読みましたぁ」

「どうかしら?」

「良いと思います」

「いつも、それじゃないの。今までの作品も全部良いと思うって言っている。でも、落選。もっと厳しく読んでくれても構わないのよ?」

「そうですね。でも、本当に良かったですよ。ただ……」

「ただ?」

「これは私の思い込みかもしれないですけど、ルームシェアしているのに、そこがあまり反映されていないというか。もっとプライベートのことを知り合っているのが、活かされていると良いかな、と思います」

「具体的に言うと?」

「うーん、感覚なのでわかりません。ごめんなさい」

「いや、謝らなくていいから。こっから先はあたしの仕事。もっとルームシェアをしていることを活用する展開が欲しいってことよね?」

「はい」


 実門は梅酒の入ったグラスを大きめのタンブラーに移し、炭酸水で割った。学校に行くまで2時間ある。1時間くらいはネームを推敲できる。新しいB5のコピー用紙を用意すると早速中盤を描き直し始めた。

 ルームシェアを使う。つまり、どういうことだろう。実門は絵馬とルームシェアをしている。でも、喧嘩をしたことがない。

 前に絵馬と龍姫が喧嘩をしていた。野菜の切り方で。そっか、同じ事を二人でやらせて、方法の違いでぶつかれば良いのね。

 料理・洗濯・掃除・約束、そういった題材を共同スペースで争うきっかけにする。他には何かないかしら?

 お互いのルールを破るとか。例えば、相手の部屋には入らないって決まり事がある。ある日、猫系女子の目覚まし時計が鳴っているのに止めない。犬系男子は心配する。部屋に入る。

 猫系女子は音楽を聴いていてベルに気づかなかった。勝手に部屋に入った男子にキレる。その部屋で、男子は壁に貼られた幼い頃の二人が写っている写真を見てしまう。

 猫系女子の本当の気持ちに気づく。ここが第二幕の後半ね。

 それから、最後の勝負をする。

 『自分が負けたら付き合おう』。

 『愛してるゲーム』を参考にするのは、どうだろう。お互いの長所と短所を言い合って、先に照れたり笑ったり感情を表に出したら負け。

 そこで、猫系女子が本当は純粋で傷付きやすいことを言い当てられて、動揺してしまう。勝負に負ける訳ね。つまり、犬系男子と付き合うことはできなくなった。

 ゲームが終わった後に、男子は女子を抱きしめる。そこで、告白する。女子は泣きながら、自分もずっと好きだったことを伝える。

 テーマはなんだろう。『本当の気持ちを伝えることの尊さに勝ち負けはない』かしら?とりあえず、叩き台はできた。あとは、学校の先生にどう判断されるか。

 その前に絵馬にもう一度確認してもらおう。部屋をノックすると、絵馬が出てきた。ネームを差し出すと、嬉しそうに受け取ってくれた。

 絵馬が、慣れた様子で紙を捲ると、最後のページに目を通す。


「読み終わりました。とっても面白くなっていますねぇ」

「やったぁ! なんか気になったところはない?」

「そうですね。敢えていうならば、猫系と犬系がもっと強くキャラに出てたら、より良いと思いますぅ」

「そっか。テーマとかクララ理論ばかりを気にして、キャラクターの期待値が上手く設定できていないってことかしら?」

「クララ理論? 期待値? 難しくて、わかりません」

「あっ、ごめんあそばせ。

 物語の創作用語なの」

「色々と勉強しているんですね。朝ご飯はトーストと目玉焼きで良いですか?」

「うん、いつもありがとう」


 実門は自室に戻り、机の上のクロッキー帳にキャラと書いた。キャラクターを魅力的にするためにはどうしたら良いのかしら?

 期待値はキャラクターにも応用できると月狐は言っていた。猫系女子に読者は何を期待するのか?

 少女漫画だから、イケメンハイスペ彼氏と結ばれることを期待するはず。その彼氏候補が犬系男子にする。でも、対立していないと勝負フェアにならない。どうやって、女子は男子を嫌いにすれば良いのだろう?

 そうだ! 犬系男子はモテるから、毎回違う女子に告白されている。でも、男子は断る。振られた女子は傷付く。そこで、男子が言う。


「俺から告って振ったことにしていいから」


 つまり、男子は何人にも振られたわけではなかったのだ。逆だ。振っていた。でも、周囲は男子がまた振られたと言って茶化す。

 その話を鵜呑みにした女子は男子を嫌う。真実は最後に明らかになる。本当に好きなのは主人公のことだけだったと。

 物語の大きな流れが決まった。今までは一コマずつ行き当たりばったりに描いていたけど、今回は全体の構図を俯瞰《ふかん》して作れた気がする。

 ダイニングから香ばしいパンの焼ける匂いがしてきた。

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