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第32話 例外

 教務の白河と面談室で対面している長鳴実門《ながなきみかど》は、眉間に皺を寄せて目を伏せている。肩を内側に寄せて、内股で足のつま先を床に立てている。


「長鳴さん、大事な話があるというのは何ですか?」

「あたし、この学校を1年で辞めようと考えていますの」

「当校は3年制です。1年では卒業はできません」

「はい。卒業ではなく、退学ということでよろしくてよ」

「経済的な問題ですか?」

「それもあるわね。ただ、この1年に全てを賭けようと思ってるの」

「その心構えは立派ですし、褒められたものです。しかし、実際にとんとん拍子に成長し、プロになれるとは限りません。私としてはちゃんと3年、通学して欲しいです。それに、今は1年で充分と考えていても途中でやっぱり2年、3年と伸ばすこともあり得る話です」


 実門はやっぱりかと肩を落とした。ただ、説得方法を変えればいい。3月に作った漫画『魔女ソフィーの助手』。この作品を読んでもらおう。そして、覚悟を伝えよう。A3のクリアホルダーを取り出した。


「これがあたしの作品よ。1年で雑誌に連載するのが夢、いえ目標ですの。もし無理なら、その時にどう生きていくか考えますわ」

「これをあなたが描いたんですか?」

「はい」

「読ませてもらいます」


 白河は全てのページに目を通す。一度早くページを捲った後に、もう一度最初から丁寧に読み直した。しばらくして口を開いた。


「何ヶ月掛けて描きましたか?」

「一ヶ月です」

「……なるほど」


 白河はこめかみを押さえて、顔を机に載った作品に向けている。

 大きく息を吸い、静かに吐き出した。

 何かを言おうとしているのか、口が動いているが言葉が出ない。手を頭の後ろにやったかと思えば、次は肘を机に付き、前のめりになった。

 真剣な目で実門を見つめて言った。


「あなたが1年で辞めることを認めます」

「――ありがとう存じます。嬉しいですわ。でも、なぜ心変わりを?」

「正直、最初は新人の戯言《たわごと》かと思っていました。ですが、作品を読んで考えを改めました。あなたには1年でプロになっていただきます。もちろん確実になれる保証はありません。しかし、自分を追い込んで挑んでみる価値はある。そして、連載が決定したあかつきには我が校の『デビュー実績』に載せさせてもらいます」

「デビュー実績?」

「はい。学校のホームページです。そこで大々的にあなたが1年でデビューしたと掲示するのです。そうすることで我が校を希望する生徒が増加するはずです。

 これは取引です。あなたには1年生が通常学ぶカリキュラムと平行して、2年生3年生の内容も同時に学んでいただきます。もし、連載が決まれば学校に通う理由がなくなるので、退学といっても悪い印象はありません。あなたも当校も得をします」

「凄い。特別扱いだわ」

「そうです。例外です。だからこそ、本気で打ち込んでください」

「ありがとうございます」

「その漫画、とても面白かったです。

 ただ、今のままではプロになれないでしょう」

「悔しいけど、そのようね」

「ええ、でも安心してください。あなたがプロになるために、この学校があるのですから」


 面白かったと言われて心が弾んだ。でも、プロには届かない。なぜ?

 ログラインも三幕構成も意識したのに。

 ここで焦って次の作品に気持ちをぶつけて失敗し続けた。辛い気持ちを心に残しながら、耐えるしかない。

 今夜は月が出ているだろうか? ふと、月狐の細い目を思い出した。喉が渇いた。お酒が飲みたい。

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