【短編版】星読み令嬢は追放される~「無能な占星術師など不要だ」と婚約破棄されましたが、あなたの寿命、あと三日で尽きますわよ?なお苦情は受け付けません~
「セレスティア・ヴァルデア! お前のような無能な占星術師など、この国に不要だ!」
王太子リオネル・アステリオンの声が、誕生パーティーの大広間に響き渡った。
シャンデリアの光を浴びて、金髪碧眼の美貌が得意げに歪む。
「我が新たな婚約者――真の星読みたる聖女ミラベルこそが、王家に相応しい!」
壇上に立った私は、内心でひとつ、ため息をついた。
(ああ、やっぱり。この夜、この星の配置なら、そうなるだろうと思っていましたわ)
私の名は、セレスティア・ヴァルデア。ヴァルデア公爵家の令嬢にして、代々の星読み。
――そして前世は、現代日本で天文物理と統計学を修めた、一介の研究者。
数字と観測データを信仰していた私が、なぜか星の運行が国運を左右する魔法国家に転生していた。皮肉にも、ここでは私の「本業」が家業だったというわけだ。
「ご覧になって、皆さま」
甘い声が割り込む。聖女ミラベル。純白のドレスに身を包み、両手で水晶を掲げていた。
「これが新式・光輝の水晶。あの古臭い占星盤などとは違い、こんなにも美しく輝きますの」
水晶がまばゆく発光し、貴族たちがどよめく。
(発光魔石を仕込んだだけの、ただ光るガラス玉ですけれどね)
私は胸に抱えた家宝――『十二星座の占星盤』にそっと触れた。地味で、古く、装飾もない。けれど、これは迷信の道具などではない。
星辰の魔力波を可視化し、災厄・毒・魔物の襲来を高精度で予測する、精密観測装置。
この国で唯一、本物の予測ができる装置だ。
「セレスティア、何か言うことはないのか? 泣いて縋るなら今のうちだぞ」
リオネルが嘲笑う。私は静かに席を立った。
喚かない。取り乱さない。ただ一礼して、告げる。
「承知いたしました。ですが一つだけ」
私は顔を上げ、まっすぐに王太子を見た。
「――殿下。あなたの生命線を示す星は、今宵『死の宮』に入りました。占星盤が告げております。あと三日で、あなたの寿命は尽きますわ」
広間が凍りついた。
「な……っ、何を、無礼な!」
「なお、苦情は受け付けません」
ドレスの裾をつまみ、もう一度、完璧な礼をする。
(データは嘘をつかない。嘘をつくのは、それを読めない人間だけ、ですのよ)
私は踵を返し、静かに大広間を後にした。背後で喚き散らす声を、二度と振り返ることなく。
***
屋敷に戻ると、老家令のコンラートが玄関で待っていた。
白髪を几帳面に整え、背筋を伸ばした佇まい。私が幼い頃から星を読む姿を、ただ一人、疑わずに見守ってくれた男だ。
「お嬢様」
その声は、静かな怒りに震えていた。
「婚約破棄の報せは、既にこちらにも。……お嬢様の価値も分からぬ王家など、こちらから願い下げでございます」
「あら。コンラートがそんな言い方をするなんて、珍しいこと」
「珍しくもありません。ずっとそう思っておりました」
私は思わず、口の端をわずかに緩めた。
旅の支度は、既に整えられていた。占星盤を収める頑丈な木箱、防寒具、当座の路銀。全部、彼が準備してくれたものだ。
「……行ってしまわれるのですね」
「ええ。この国に、私の読む星を信じる者はもういません」
私は三つの星を、既に読み終えていた。
一つ――王太子の暗殺計画。毒。
二つ――隣国軍の侵攻ルート。
三つ――王都を襲う魔物の氾濫。
何度も、何度も進言した。そのたびに「無能の戯言」と握り潰された。
「もう、警告はしません。散々“無能”と言われましたので」
淡々と告げると、コンラートは深く頭を垂れた。
「星が示しております。お嬢様の居場所は、もうこの国にはございません。……どうか、お嬢様を真に理解してくれる方のもとへ」
涙をこらえる老家令に、私は静かに頷いた。
「留守は任せますわ、コンラート。――もっとも、この国がそれまで保てば、の話ですけれど」
夜明け前の空には、いくつもの星が瞬いていた。
私はその配置を一瞥し、口の中でつぶやく。
(さあ。答え合わせは、三日後)
占星盤を抱え、私は静かに公爵家の門をくぐった。
***
国境へと向かう街道の途中、それは草むらの陰で震えていた。
「……あら」
手のひらに乗るほど小さな、仔猫めいた生き物。白銀の毛並みに、星屑のような光の粒をまとっている。だが、その光は今にも消えそうにか細かった。
瀕死の、星霊獣だ。
「みゃ……う……」
弱々しい鳴き声。私は膝をつき、そっと手を差し伸べた。
(星の魔力を宿す個体。この魔力波形……占星盤と共鳴している?)
前世の研究者としての好奇心と、今世で培った直感が、同時に告げていた。
この子は、ただの獣ではない。
私は懐から水筒を取り出し、魔力を溶かした水を少しずつ飲ませた。占星盤の蓋を開け、盤面の光を幼い獣にかざす。
星の光が、小さな体に吸い込まれていく。
「みゃう!」
先ほどよりも力強い声。大きな瞳が、夜空のように瞬いた。
「気に入ったのなら、名前をあげましょう。――ルクス。“光”という意味ですわ」
ルクスは、ぴょんと私の胸元に飛び込んできた。ぐりぐりと頬を擦り寄せてくる。
普段、表情の乏しい私が、思わず微笑んでいた。
「いい子ね」
そっと頬を撫でると、ルクスは満足げに喉を鳴らした。
その時――占星盤の盤面が、ふいに強く輝いた。十二星座の紋様が、一瞬だけ浮かび上がる。
「……これは」
私は息を呑んだ。
長年、読み解けなかった盤の“最奥”。封じられていた十二星座の力。それが、ルクスに反応して、わずかに顔を覗かせたのだ。
(この子は……占星盤の力を解放する“鍵”)
ルクスは何も知らず、私の指を甘噛みしている。
「ふふ。あなた、とんでもない拾いものだったみたいね」
寂しがりで甘えん坊の小さな相棒を胸に抱え、私は再び歩き出した。
国境の街は、もうすぐそこだった。
***
国境の街に着いたのは、日が暮れた頃だった。
宿を探そうと城壁沿いを歩いていた時、それに気づいた。
城壁の上。長身の男が一人、望遠鏡を覗き込んでいる。
黒銀の鎧。右頬に古い刀傷。月明かりに照らされた横顔は、噂に聞く『冷酷の氷竜卿』――辺境伯にして竜騎士団長、アルデバラン・グレイフィールドに違いなかった。
無表情で、言葉少なで、社交界で恐れられる男。
私は関わり合いを避け、通り過ぎようとした。
その時、私の腕の中で占星盤がかすかに光を漏らした。
男が、はっと顔を上げる。
琥珀色の鋭い瞳が、まっすぐに私を――いや、私の抱える占星盤を捉えた。
「……それは」
低い声。彼は城壁を降り、大股でこちらへ近づいてきた。
(あら、面倒な。難癖でもつけられるのかしら)
身構える私に、しかし彼が発したのは意外な言葉だった。
「十二星座の、占星盤か。……本物の。何十年も、目にしたことがなかった」
「……分かるのですか?」
私は思わず問い返した。この盤の真価を、一目で見抜く者など、前世を含めても数えるほどしかいない。
「星辰の魔力波を可視化する装置だ。迷信の道具などではない。……貴殿、これを読めるのか?」
「読めます。私はそのために生まれてきたようなものですから」
瞬間――氷のようだと噂される男の瞳が、少年のように輝いた。
「見せてくれ。……いや、頼む。貴殿の読む星を」
私は少し面食らいながら、盤を開いた。星の配置を読み解き、今宵の吉凶を告げる。彼は食い入るように盤面を見つめ、私の言葉の一つ一つに深く頷いた。
「……素晴らしい」
語り終えた時、アルデバランは静かに言った。
「貴殿を、我が領に迎えたい。『星読みの賢者』として。政略でも打算でもない。ただ――貴殿の読む星を、傍で見ていたい」
そして、彼はほんの少し視線を逸らし、赤面しながら付け加えた。
「……その、貴殿の読む星は、美しい」
直球すぎる言葉に、私は珍しく、返答に詰まった。
胸元でルクスが「みゃう」と鳴き、彼を見上げる。アルデバランは、ふっと表情を緩め、その小さな頭を不器用に撫でた。
(……冷酷の氷竜卿、ですって? どこがですの)
「――承知いたしました、辺境伯様。ですが、一つだけ申し上げておきます」
私は空を見上げ、静かに告げた。
「三日後。この国に、災厄が三つ、同時に降りかかります。……備えは、今からでも間に合いますわ」
***
三日後の朝、それは始まった。
王都から早馬が飛び込んできた。伝令の声は、恐怖に震えていた。
「王太子殿下、毒杯に倒れる……! 聖女ミラベルの兄の手引きによる、暗殺未遂……!」
続いて第二の報せ。
「隣国軍、国境に侵攻! その数、数千!」
そして第三の報せ。
「王都近郊にて、魔物の氾濫が発生! 数万の魔物が、王都へ向かっております!」
辺境伯領の司令室で、私は三つの報せを、表情ひとつ変えずに聞いていた。
全て、占星盤が告げていた通りだった。
「……予言通りだな」
隣に立つアルデバランが、静かに言った。
「ええ。ですから、備えておきました」
私はこの三日間、占星盤を使い、辺境伯領に完璧な防衛網を敷いていた。
隣国軍の侵攻ルートは、寸分の狂いなく予測済み。竜騎士団は伏兵として最適な位置に配置され、敵は罠にかかるようにして殲滅された。
魔物の氾濫が近づいた時、私は胸元のルクスに囁いた。
「ルクス。お願い」
「きゅうん!」
小さな星霊獣が、まばゆく輝いた。その光が占星盤に注がれ――封じられていた十二星座の力が、ついに解放された。
盤面から十二の星光が天へ昇り、辺境伯領の空に巨大な星座の陣を描く。
「――竜騎士団、突撃!」
アルデバランの号令。星座の光に導かれ、竜たちが空を舞い、魔物の群れへと降下する。
私が指し示す“弱点の座標”を、竜騎士たちが正確に討ち抜いていく。
数万の魔物は、一体たりとも辺境伯領へ足を踏み入れることなく、殲滅された。
戦いが終わった空に、朝の光が差し込む。
「……無傷だ」
アルデバランが、信じられないという顔で呟いた。
「一人の犠牲も出さずに、三つの災厄を退けた。貴殿の星は……本物だ」
「データは嘘をつきません。嘘をつくのは、それを読めない人間だけですわ」
私は静かに微笑んだ。
その頃――王都では、聖女ミラベルの水晶が、何一つ災厄を予知できずに沈黙していた。
***
王都は、地獄と化していた。
王太子は毒に倒れ、かろうじて一命を取り留めたものの病床に伏し、隣国軍は迫り、魔物は城門に押し寄せた。
聖女ミラベルの水晶は、ただの一度も警告を発しなかった。
慌てふためいた宮廷が水晶を調べると、内部から発光魔石が発見された。ただ光るだけの、インチキ装置。
「詐欺だ……! 聖女は偽者だったのか!」
ミラベルと、毒殺を仕組んだその兄は、その場で捕らえられた。王家乗っ取りの企ては、白日の下に晒された。
王家の威信は、地に落ちた。
――そして。
ヴァルデア公爵家の門に、王家の使者が現れた。
応対したのは、老家令コンラートである。
「セレスティア様を、至急、王都へお呼び戻し願いたい! この国の危機を救えるのは、あの方だけなのだ!」
必死に頭を下げる使者を、コンラートは静かに見下ろした。
「星が示しております」
背筋を伸ばし、白髪の老家令は、主の言葉を代弁する。
「――我が主の居場所は、もうそちらにはございません。あしからず」
「そ、そんな……!」
「散々“無能”とお嬢様を罵り、その進言を握り潰したのは、どちらでしたかな。今さら価値に気づかれても、遅うございます」
門は、静かに閉ざされた。
***
病床の王太子リオネルのもとにも、全ての顛末が届いていた。
「なぜだ……なぜあの時、彼女の言葉を信じなかったのか」
色を失った顔で、彼は天井を見つめて呻いた。
あの夜、壇上で告げられた言葉が、耳の奥で何度も繰り返される。
『あと三日で、あなたの寿命は尽きますわ。なお、苦情は受け付けません』
全て、その通りになった。
失ってから、ようやく気づく。彼女こそが、この国の唯一の希望だったのだと。
だが――星は、二度と彼のために巡ってはくれない。
***
辺境伯領の丘の上。
夜空には、数え切れないほどの星が瞬いていた。
王都からの復帰要請の手紙が、幾度も届いた。そのすべてに、私はただ一言だけ返した。
『星が示しております。――私の居場所は、もうそちらにはございません。あしからず』
それきり、私は王家のことを、星の巡りほども気に留めなくなった。
「……こんなところにいたのか」
背後から、低い声。
アルデバランだった。手にした望遠鏡を、そっと私の隣に置く。
「星を、読んでいたのか」
「ええ。少し、癖になってしまって。誰かに握り潰される心配のない星読みは、こんなにも心地よいものなのですね」
私が言うと、彼はわずかに眉を下げた。
「もう、二度とそんな思いはさせない。……ここは、貴殿の居場所だ」
不器用な、けれどまっすぐな言葉。
胸元のルクスが、「みゃう」と嬉しそうに鳴いて、私とアルデバランの間に顔を出した。
私はその白銀の頭を撫で、柔らかく微笑んだ。
「いい子ね、ルクス」
前世で数字とデータに埋もれていた頃、私は誰にも理解されなくても構わないと思っていた。
けれど――こうして、隣で同じ星を見上げてくれる人がいることが、こんなにも温かいだなんて。
「アルデバラン様」
「アルデバランで、いい」
「……アルデバラン。あなたの星は、今宵、とても良い配置ですわ」
「そうか」
彼は少し照れたように、視線を空へ向けた。
「貴殿の隣にいるからだろう」
私は思わず、ふっと笑ってしまった。氷竜卿の直球は、いつも私の予測を少しだけ超えてくる。星の巡りよりも、よほど読めない。
占星盤を膝に開き、私は満天の星を見上げた。
新しい星が、ゆっくりと昇っていく。それはこの地の、これからの繁栄を告げる、吉兆の星。
ルクスを抱き、アルデバランと並んで、私はその輝きを盤に映す。
「さて」
夜風が、銀灰色の髪を静かに揺らした。
「――次はどんな未来が視えるかしら」
星々は、まだ何も語らない。
けれど、それでいい。
私の読む星は、これから先も、ずっと自由なのだから。




