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【短編版】星読み令嬢は追放される~「無能な占星術師など不要だ」と婚約破棄されましたが、あなたの寿命、あと三日で尽きますわよ?なお苦情は受け付けません~

作者: uta
掲載日:2026/09/05

「セレスティア・ヴァルデア! お前のような無能な占星術師など、この国に不要だ!」


王太子リオネル・アステリオンの声が、誕生パーティーの大広間に響き渡った。


シャンデリアの光を浴びて、金髪碧眼の美貌が得意げに歪む。


「我が新たな婚約者――真の星読みたる聖女ミラベルこそが、王家に相応しい!」


壇上に立った私は、内心でひとつ、ため息をついた。


(ああ、やっぱり。この夜、この星の配置なら、そうなるだろうと思っていましたわ)


私の名は、セレスティア・ヴァルデア。ヴァルデア公爵家の令嬢にして、代々の星読み。


――そして前世は、現代日本で天文物理と統計学を修めた、一介の研究者。


数字と観測データを信仰していた私が、なぜか星の運行が国運を左右する魔法国家に転生していた。皮肉にも、ここでは私の「本業」が家業だったというわけだ。


「ご覧になって、皆さま」


甘い声が割り込む。聖女ミラベル。純白のドレスに身を包み、両手で水晶を掲げていた。


「これが新式・光輝の水晶。あの古臭い占星盤などとは違い、こんなにも美しく輝きますの」


水晶がまばゆく発光し、貴族たちがどよめく。


(発光魔石を仕込んだだけの、ただ光るガラス玉ですけれどね)


私は胸に抱えた家宝――『十二星座の占星盤』にそっと触れた。地味で、古く、装飾もない。けれど、これは迷信の道具などではない。


星辰の魔力波を可視化し、災厄・毒・魔物の襲来を高精度で予測する、精密観測装置。


この国で唯一、本物の予測ができる装置だ。


「セレスティア、何か言うことはないのか? 泣いて縋るなら今のうちだぞ」


リオネルが嘲笑う。私は静かに席を立った。


喚かない。取り乱さない。ただ一礼して、告げる。


「承知いたしました。ですが一つだけ」


私は顔を上げ、まっすぐに王太子を見た。


「――殿下。あなたの生命線を示す星は、今宵『死の宮』に入りました。占星盤が告げております。あと三日で、あなたの寿命は尽きますわ」


広間が凍りついた。


「な……っ、何を、無礼な!」


「なお、苦情は受け付けません」


ドレスの裾をつまみ、もう一度、完璧な礼をする。


(データは嘘をつかない。嘘をつくのは、それを読めない人間だけ、ですのよ)


私は踵を返し、静かに大広間を後にした。背後で喚き散らす声を、二度と振り返ることなく。


***


屋敷に戻ると、老家令のコンラートが玄関で待っていた。


白髪を几帳面に整え、背筋を伸ばした佇まい。私が幼い頃から星を読む姿を、ただ一人、疑わずに見守ってくれた男だ。


「お嬢様」


その声は、静かな怒りに震えていた。


「婚約破棄の報せは、既にこちらにも。……お嬢様の価値も分からぬ王家など、こちらから願い下げでございます」


「あら。コンラートがそんな言い方をするなんて、珍しいこと」


「珍しくもありません。ずっとそう思っておりました」


私は思わず、口の端をわずかに緩めた。


旅の支度は、既に整えられていた。占星盤を収める頑丈な木箱、防寒具、当座の路銀。全部、彼が準備してくれたものだ。


「……行ってしまわれるのですね」


「ええ。この国に、私の読む星を信じる者はもういません」


私は三つの星を、既に読み終えていた。


一つ――王太子の暗殺計画。毒。

二つ――隣国軍の侵攻ルート。

三つ――王都を襲う魔物の氾濫。


何度も、何度も進言した。そのたびに「無能の戯言」と握り潰された。


「もう、警告はしません。散々“無能”と言われましたので」


淡々と告げると、コンラートは深く頭を垂れた。


「星が示しております。お嬢様の居場所は、もうこの国にはございません。……どうか、お嬢様を真に理解してくれる方のもとへ」


涙をこらえる老家令に、私は静かに頷いた。


「留守は任せますわ、コンラート。――もっとも、この国がそれまで保てば、の話ですけれど」


夜明け前の空には、いくつもの星が瞬いていた。


私はその配置を一瞥し、口の中でつぶやく。


(さあ。答え合わせは、三日後)


占星盤を抱え、私は静かに公爵家の門をくぐった。


***


国境へと向かう街道の途中、それは草むらの陰で震えていた。


「……あら」


手のひらに乗るほど小さな、仔猫めいた生き物。白銀の毛並みに、星屑のような光の粒をまとっている。だが、その光は今にも消えそうにか細かった。


瀕死の、星霊獣だ。


「みゃ……う……」


弱々しい鳴き声。私は膝をつき、そっと手を差し伸べた。


(星の魔力を宿す個体。この魔力波形……占星盤と共鳴している?)


前世の研究者としての好奇心と、今世で培った直感が、同時に告げていた。


この子は、ただの獣ではない。


私は懐から水筒を取り出し、魔力を溶かした水を少しずつ飲ませた。占星盤の蓋を開け、盤面の光を幼い獣にかざす。


星の光が、小さな体に吸い込まれていく。


「みゃう!」


先ほどよりも力強い声。大きな瞳が、夜空のように瞬いた。


「気に入ったのなら、名前をあげましょう。――ルクス。“光”という意味ですわ」


ルクスは、ぴょんと私の胸元に飛び込んできた。ぐりぐりと頬を擦り寄せてくる。


普段、表情の乏しい私が、思わず微笑んでいた。


「いい子ね」


そっと頬を撫でると、ルクスは満足げに喉を鳴らした。


その時――占星盤の盤面が、ふいに強く輝いた。十二星座の紋様が、一瞬だけ浮かび上がる。


「……これは」


私は息を呑んだ。


長年、読み解けなかった盤の“最奥”。封じられていた十二星座の力。それが、ルクスに反応して、わずかに顔を覗かせたのだ。


(この子は……占星盤の力を解放する“鍵”)


ルクスは何も知らず、私の指を甘噛みしている。


「ふふ。あなた、とんでもない拾いものだったみたいね」


寂しがりで甘えん坊の小さな相棒を胸に抱え、私は再び歩き出した。


国境の街は、もうすぐそこだった。


***


国境の街に着いたのは、日が暮れた頃だった。


宿を探そうと城壁沿いを歩いていた時、それに気づいた。


城壁の上。長身の男が一人、望遠鏡を覗き込んでいる。


黒銀の鎧。右頬に古い刀傷。月明かりに照らされた横顔は、噂に聞く『冷酷の氷竜卿』――辺境伯にして竜騎士団長、アルデバラン・グレイフィールドに違いなかった。


無表情で、言葉少なで、社交界で恐れられる男。


私は関わり合いを避け、通り過ぎようとした。


その時、私の腕の中で占星盤がかすかに光を漏らした。


男が、はっと顔を上げる。


琥珀色の鋭い瞳が、まっすぐに私を――いや、私の抱える占星盤を捉えた。


「……それは」


低い声。彼は城壁を降り、大股でこちらへ近づいてきた。


(あら、面倒な。難癖でもつけられるのかしら)


身構える私に、しかし彼が発したのは意外な言葉だった。


「十二星座の、占星盤か。……本物の。何十年も、目にしたことがなかった」


「……分かるのですか?」


私は思わず問い返した。この盤の真価を、一目で見抜く者など、前世を含めても数えるほどしかいない。


「星辰の魔力波を可視化する装置だ。迷信の道具などではない。……貴殿、これを読めるのか?」


「読めます。私はそのために生まれてきたようなものですから」


瞬間――氷のようだと噂される男の瞳が、少年のように輝いた。


「見せてくれ。……いや、頼む。貴殿の読む星を」


私は少し面食らいながら、盤を開いた。星の配置を読み解き、今宵の吉凶を告げる。彼は食い入るように盤面を見つめ、私の言葉の一つ一つに深く頷いた。


「……素晴らしい」


語り終えた時、アルデバランは静かに言った。


「貴殿を、我が領に迎えたい。『星読みの賢者』として。政略でも打算でもない。ただ――貴殿の読む星を、傍で見ていたい」


そして、彼はほんの少し視線を逸らし、赤面しながら付け加えた。


「……その、貴殿の読む星は、美しい」


直球すぎる言葉に、私は珍しく、返答に詰まった。


胸元でルクスが「みゃう」と鳴き、彼を見上げる。アルデバランは、ふっと表情を緩め、その小さな頭を不器用に撫でた。


(……冷酷の氷竜卿、ですって? どこがですの)


「――承知いたしました、辺境伯様。ですが、一つだけ申し上げておきます」


私は空を見上げ、静かに告げた。


「三日後。この国に、災厄が三つ、同時に降りかかります。……備えは、今からでも間に合いますわ」


***


三日後の朝、それは始まった。


王都から早馬が飛び込んできた。伝令の声は、恐怖に震えていた。


「王太子殿下、毒杯に倒れる……! 聖女ミラベルの兄の手引きによる、暗殺未遂……!」


続いて第二の報せ。


「隣国軍、国境に侵攻! その数、数千!」


そして第三の報せ。


「王都近郊にて、魔物の氾濫が発生! 数万の魔物が、王都へ向かっております!」


辺境伯領の司令室で、私は三つの報せを、表情ひとつ変えずに聞いていた。


全て、占星盤が告げていた通りだった。


「……予言通りだな」


隣に立つアルデバランが、静かに言った。


「ええ。ですから、備えておきました」


私はこの三日間、占星盤を使い、辺境伯領に完璧な防衛網を敷いていた。


隣国軍の侵攻ルートは、寸分の狂いなく予測済み。竜騎士団は伏兵として最適な位置に配置され、敵は罠にかかるようにして殲滅された。


魔物の氾濫が近づいた時、私は胸元のルクスに囁いた。


「ルクス。お願い」


「きゅうん!」


小さな星霊獣が、まばゆく輝いた。その光が占星盤に注がれ――封じられていた十二星座の力が、ついに解放された。


盤面から十二の星光が天へ昇り、辺境伯領の空に巨大な星座の陣を描く。


「――竜騎士団、突撃!」


アルデバランの号令。星座の光に導かれ、竜たちが空を舞い、魔物の群れへと降下する。


私が指し示す“弱点の座標”を、竜騎士たちが正確に討ち抜いていく。


数万の魔物は、一体たりとも辺境伯領へ足を踏み入れることなく、殲滅された。


戦いが終わった空に、朝の光が差し込む。


「……無傷だ」


アルデバランが、信じられないという顔で呟いた。


「一人の犠牲も出さずに、三つの災厄を退けた。貴殿の星は……本物だ」


「データは嘘をつきません。嘘をつくのは、それを読めない人間だけですわ」


私は静かに微笑んだ。


その頃――王都では、聖女ミラベルの水晶が、何一つ災厄を予知できずに沈黙していた。


***


王都は、地獄と化していた。


王太子は毒に倒れ、かろうじて一命を取り留めたものの病床に伏し、隣国軍は迫り、魔物は城門に押し寄せた。


聖女ミラベルの水晶は、ただの一度も警告を発しなかった。


慌てふためいた宮廷が水晶を調べると、内部から発光魔石が発見された。ただ光るだけの、インチキ装置。


「詐欺だ……! 聖女は偽者だったのか!」


ミラベルと、毒殺を仕組んだその兄は、その場で捕らえられた。王家乗っ取りの企ては、白日の下に晒された。


王家の威信は、地に落ちた。


――そして。


ヴァルデア公爵家の門に、王家の使者が現れた。


応対したのは、老家令コンラートである。


「セレスティア様を、至急、王都へお呼び戻し願いたい! この国の危機を救えるのは、あの方だけなのだ!」


必死に頭を下げる使者を、コンラートは静かに見下ろした。


「星が示しております」


背筋を伸ばし、白髪の老家令は、主の言葉を代弁する。


「――我が主の居場所は、もうそちらにはございません。あしからず」


「そ、そんな……!」


「散々“無能”とお嬢様を罵り、その進言を握り潰したのは、どちらでしたかな。今さら価値に気づかれても、遅うございます」


門は、静かに閉ざされた。


***


病床の王太子リオネルのもとにも、全ての顛末が届いていた。


「なぜだ……なぜあの時、彼女の言葉を信じなかったのか」


色を失った顔で、彼は天井を見つめて呻いた。


あの夜、壇上で告げられた言葉が、耳の奥で何度も繰り返される。


『あと三日で、あなたの寿命は尽きますわ。なお、苦情は受け付けません』


全て、その通りになった。


失ってから、ようやく気づく。彼女こそが、この国の唯一の希望だったのだと。


だが――星は、二度と彼のために巡ってはくれない。


***


辺境伯領の丘の上。


夜空には、数え切れないほどの星が瞬いていた。


王都からの復帰要請の手紙が、幾度も届いた。そのすべてに、私はただ一言だけ返した。


『星が示しております。――私の居場所は、もうそちらにはございません。あしからず』


それきり、私は王家のことを、星の巡りほども気に留めなくなった。


「……こんなところにいたのか」


背後から、低い声。


アルデバランだった。手にした望遠鏡を、そっと私の隣に置く。


「星を、読んでいたのか」


「ええ。少し、癖になってしまって。誰かに握り潰される心配のない星読みは、こんなにも心地よいものなのですね」


私が言うと、彼はわずかに眉を下げた。


「もう、二度とそんな思いはさせない。……ここは、貴殿の居場所だ」


不器用な、けれどまっすぐな言葉。


胸元のルクスが、「みゃう」と嬉しそうに鳴いて、私とアルデバランの間に顔を出した。


私はその白銀の頭を撫で、柔らかく微笑んだ。


「いい子ね、ルクス」


前世で数字とデータに埋もれていた頃、私は誰にも理解されなくても構わないと思っていた。


けれど――こうして、隣で同じ星を見上げてくれる人がいることが、こんなにも温かいだなんて。


「アルデバラン様」


「アルデバランで、いい」


「……アルデバラン。あなたの星は、今宵、とても良い配置ですわ」


「そうか」


彼は少し照れたように、視線を空へ向けた。


「貴殿の隣にいるからだろう」


私は思わず、ふっと笑ってしまった。氷竜卿の直球は、いつも私の予測を少しだけ超えてくる。星の巡りよりも、よほど読めない。


占星盤を膝に開き、私は満天の星を見上げた。


新しい星が、ゆっくりと昇っていく。それはこの地の、これからの繁栄を告げる、吉兆の星。


ルクスを抱き、アルデバランと並んで、私はその輝きを盤に映す。


「さて」


夜風が、銀灰色の髪を静かに揺らした。


「――次はどんな未来が視えるかしら」


星々は、まだ何も語らない。


けれど、それでいい。


私の読む星は、これから先も、ずっと自由なのだから。

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