最終任務
ご都合主義の拙い文章ですので先に謝罪しておきます。すみません(土下座)!!
「今回が――、最後の任務だ」
見下ろす瞳には、有無を言わせぬ支配者の風格が宿っていた。
重厚な革張りの椅子に深く腰掛け、脚を組むボスから、一枚の写真と任務の詳細が綴られたファイルが放り投げられた。
暗殺対象者の資料――この業界に身を置いていれば見飽きるほど目にするものだ。
しかし、それは今まで貰ってきた写真のように刷られたての鮮やかなものではなく、多少の破れと焼けが見られる、くたびれた使用感のある古い写真であった。
そして肝心な暗殺対象者の写真には――、見慣れた栗色髪のえくぼが印象的な女が写っていた。
「…ボスの妹様が、エリカ・ヴァレンお嬢様が今回の対象者ですか?」
「あぁ、アイツは――、エリカ・ヴァレンはこの組織について知り過ぎた。もう表に出してはおけない」
ボスは妹より少し黒みがかった髪をかき上げ、感傷に浸るような表情をした後、目を伏せ深呼吸をひとつ。
それは感情の機微が乏しいボスにしては珍しい動きだったが、顔を上げるとそこにはもう冷淡な眼差しがあるだけだった。
「エリカ・ヴァレンの人生は終わる。ならば最期は好いた男の腕の中で眠る方が、アイツにとっても救いだろう?」
問いかけではあるがその瞳に迷いはない。
身内であれ容赦なく切り捨てる冷徹な決断力。
それこそが裏社会の頂点に君臨する者に求められる冷酷な在り方だ。
同時に、この非情な命令こそが、ボスが妹に手向けた唯一の餞別なのだろう。
事実、敵対組織の不穏な動きが激化する今、重要人物である彼女の身柄が敵の手に渡り、情報が漏洩するような事態になれば、組織は存亡の危機なのだから。
「承知いたしました」と、いつものように淡々と返した。心配の芽は早いうちに摘むべきだろう。
「ああ。その任務が済んだら、私に一番近い地位をやると約束しよう」
「それは光栄なことで」
資料を鞄にしまうと、キッチリとした四十五度の礼をして部屋を後にした。
重い扉が閉まる瞬間、背後から小さな吐息が聞こえた。
そんな話があったからか、お嬢様の屋敷へと向かう馬車の中、頭に浮かぶのは彼女との記憶ばかり。
私がエリカお嬢様と初めてお会いしたのは、十二歳の頃だった。
「ねぇ、エドワード。こっちに来てっ!」
何度そう呼びかけられ、何度その呼びかけに応えたかなんてわからない。
感情を一切見せない兄とは異なり、よく笑い、よく話し、よく誰かを助けるお嬢様。その無邪気な笑顔に、暗殺者として育てられた私の凍った心は、どれほど救われただろう。
しかし、そんな彼女が裏稼業を継ぐなどできる訳がなかった。
太陽のように快活なお嬢様が、真っ暗な夜闇の中で生きることなんて不可能だった。
彼女は最初から、眩しい光の下にいるべき人間なのだった。
馬車が止まり、お嬢様の屋敷に到着する。
「あら、エドワード。来てくれるなら、連絡をしてくださいな」
お嬢様に半ば強引に薔薇が咲き乱れる庭のティーテーブルに案内された。
突発型で計画性のないところは相変わらずで、昼の日差しが強い時間帯だというのに日焼け対策の帽子すら被っていない。
だが、日を直に受けてキラキラ輝く栗毛は黄金の滝のようで鮮明だ。
ほら、やっぱり太陽にはこんな小さな夜の世界は似合わない。
「このガーデンも美しいですが、たまには遠くへピクニックにでも行きませんか? ふたりで」
「あらまあ!? …貴方から誘うなんて、珍しい風の吹き回しね」
そう呟く横顔は、朱に染まっていた。
差し出した手に彼女の手が重なる。
勿論、ピクニックなんて嘘だ。
そのまま彼女の手を引き、準備していた馬車に乗り込む。振り返れば、彼女が好んでいた薔薇の庭が遠ざかる景色の中に溶けていく。それが私たちの旅の始まりだった。
死に場所には、ここから西にある辺鄙な田舎を選んだ。星空は瞬きを繰り返し、風は静かに季節の移ろいを告げ、裸足で野原を駆け回れる場所。
組織の追っ手も届かない、静寂だけが支配する美しい世界。
名前を捨て、過去を捨て、暮らしは楽ではなかったが、笑いは絶えることはなく、太陽が思う存分輝ける広い広い世界を、ふたりで確かに見つけた。
「最後まで…ありがとうね、あな…た」
「あぁ、君を看取ることが、最終任務なのだから……当然さ」
あの任務を受けてから、七十年と三日。私の腕の中で、彼女はその生涯を閉じた。
ボスの言った通り。彼女は今、とても穏やかな顔で眠っている。
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