もう一人の候補者
新章始まりました。
よろしくお願いします。
――とある高層マンション、深夜――
東京の夜景が、窓一面に広がっていた。
ここは四十階。
静かな部屋の中、一人の青年がソファに深く腰かけてモニターを見ていた。
年齢は十八歳。
黒髪を無造作に流した顔立ちは整っていて、ともすれば穏やかに見える。
でも目が違う。
暗くて、深くて、何かを計算し続けているような目だ。
名前は、九条颯真。
探索者ランク、B。
ジョブクラス、Aクラス・剣豪。
僅か十七歳でBランクに到達した、現在進行形の天才だ。
そしてもう一つ。
本人しか知らない、もう一つの顔がある。
◆
モニターには配信ログが映っていた。
神代レンの配信だ。
颯真は画面を見ながら、指先でソファの肘掛けを静かに叩いた。
一定のリズムで。
止まらない。
「……やっぱりおかしい」
独り言が静かな部屋に溶けた。
画面の中でレンが笑っている。
コメント欄が賑やかだ。
古代龍バハムート。魔王ゼルディア。精霊王シルフィード。
名前を見るたびに、颯真の指先のリズムが少しだけ変わった。
(知っている。あの名前を、僕は知っている)
颯真は立ち上がって、部屋の奥に進んだ。
壁に向かって、静かに言った。
「見てますか」
返事はない。
でも空気が、少しだけ変わった。
【冥王ハデス】:見ている
颯真のスマホに、通知が来た。
颯真はそれを見て、少し口の端を上げた。
「あの配信の常連たち、古参の連中ですよね」
【冥王ハデス】:そうだ
【冥王ハデス】:バハムートもゼルディアも、古い。そして強い
「なぜあいつのところに集まってる」
【冥王ハデス】:興味があるのだろう
【冥王ハデス】:お前と同じように
「僕は興味じゃない」
颯真はスマホを握った。
「あいつが何者か、確かめたい」
【冥王ハデス】:それを興味というのだか?
「……」
颯真は少し黙ってから、モニターに戻った。
画面の中でレンが「なんとなく」と言っている。
その一言が、なぜか颯真には引っかかっていた。
(なんとなく。そんな言葉で全部片付けて、なぜ動けるんだ)
◆
三ヶ月前。
颯真が初めてレンの配信を見たのは、切り抜きがSNSで流れてきたのがきっかけだった。
タイトルは「登録者数百人のEランク、Cランクボスを単独討伐」。
最初は一笑に付した。
Eクラスが単独でCランクボス。ありえない。
念のため見た。
そして見終わった後、しばらく動けなかった。
(なんだ、あの動きは)
EクラスのDランクが、Cランクボスを倒した。
それ自体は確かに異常だ。
でも颯真が気になったのはそこじゃなかった。
コメント欄だ。
古代龍バハムート。魔王ゼルディア。精霊王シルフィード。賢神ソフィア。雷神トール。戦神アレス。死神ネクロス。
その名前を見た瞬間、颯真の中で何かが反応した。
知っている。
どこかで聞いたことがある。
記憶の中を探ると、出てきた。
自分のコメント欄にいる、あの連中と、同じ種類の存在だ。
颯真は自分のスマホを開いた。
自分の配信のコメント欄を確認する。
【冥王ハデス】
【征服神テュール】
【奈落の神エレボス】
【時の神クロノス】
【破壊神シヴァ】
五人。
颯真の配信には、最初からこの五人がいた。
颯真は登録者数が現在五十万人を超えるBランク配信者だ。
でも颯真はこの五人を「神」だとは思っていない。
いや、正確には、思わないようにしている。
認めてしまうと、面倒なことになる気がするから。
(でも、あいつのコメント欄の連中と、同じ種類だ。間違いなく)
颯真はレンの配信に戻った。
画面の中でレンが笑っている。
無防備に、無自覚に、笑っている。
(何も知らないんだろうな、あいつは)
颯真は自分が何者かを、薄々感じていた。
感じていたから、確かめたかった。
あいつが同じ存在なら、あいつを見れば分かる。
自分が何者かが。
◆
颯真はソファに戻って、スマホを開いた。
しばらく考えてから、別の画面を開いた。
チャットアプリ。
複数のアカウントに、一斉にメッセージを送る。
「今週末、渋谷第三を荒らせ」
「配信中に嫌がらせをして、動揺させろ。ダンジョン内でも直接当たれ」
「ただし、怪我はさせるな。あくまで揺さぶりだ」
しばらくして返信が来た。
「了解です。颯真さん、そのEランクの何が気になるんですか」
「気になる、じゃない。確かめたいだけだ」
「何を?」
颯真は少し考えてから答えた。
「反応を、ね」
送信してから、スマホを置いた。
【冥王ハデス】:あの配信者を揺さぶって、何を得る気だ
「反応を見たい。本物かどうか」
【冥王ハデス】:本物とは?
「同じ種類の存在かどうか」
【冥王ハデス】:……
【冥王ハデス】:回りくどいやり方だな
「直接行くより、遠くから見た方が分かることがある」
【冥王ハデス】:なぜ直接行かない
「まだその段階じゃない」
颯真は画面を閉じた。
窓の外の夜景を見た。
東京の光が、無数に広がっている。
(でも、あの荒らしは失敗した)
ログを確認する。
嫌がらせをした人間は、レンに完封された。
しかも怪我一つさせずに。
颯真の指先が、また一定のリズムで動き始めた。
(Cランク帯の動きを封じた。雷の出力を最小に抑えて、怪我させずに剣を落としたEクラスが)
颯真は少し目を細めた。
「本物、か」
【冥王ハデス】:認めるのか
「まだ認めてない。でも」
颯真は立ち上がった。
「直接会う理由はできた」




