桜木の下で1
四月の第一週。
アリサからメッセージが来たのは、三日前のことだった。
「お花見しませんか。みんなで」
「みんなで、というのは?」
「神代くんとサクラさんと、あと天城さんも誘おうかと。田中係長も誘ったら来てくれるかも」
「いいですね。どこにしますか」
「代々木公園はどうでしょう。広いし、桜がきれいなので」
レンはしばらく考えた。
「食べ物は持ち寄りで」
「そうしましょう。私、お弁当作りますね」
「作れるんですか?」
「失礼な。一応作れます」
「すみません、イメージが無くて‥」
そういう流れで、お花見が決まった。
【アリサの好感度が下がった】
◆
当日の朝。
サクラからメッセージが来た。
「レンさん、今日何持っていきますか」
「おにぎりでいいかと思ってました」
「もしかしてコンビニのやつですか?」
「はい」
「だめです。私が作ります。何が好きですか」
「昆布です」
「そうでしたね、他には何かありますか?」
「鮭も好きです」
「了解です。あとから連絡します」
【サクラの好感度が下がった】
しばらくして追加のメッセージが来た。
「から揚げも作りました」
「ありがとうございます」
「あと卵焼きも」
「サクラさん、作りすぎでは」
「足りないよりいいです」
レンはスマホを置いた。
なんか、すごくしっかりした人がパーティにいる。
【サクラの好感度が下がった】
◆
代々木公園、午前十一時。
桜は満開だった。
風が吹くたびに花びらが舞って、地面がうっすらと白くなっている。
レンが指定の場所に行くと、アリサがすでにブルーシートを広げていた。
「早いですね」
「場所取りは大事なので。朝七時から来てました」
「七時……」
「いい場所は取り合いになるんですよ」
アリサの隣に、大きな風呂敷包みが置いてあった。
「それがお弁当ですか」
「そうです。昨日の夜から準備しました」
「一晩かけて」
「張り切りすぎたかもしれない」
アリサが少し照れたように言った。
そこへサクラが来た。
両手に大きな袋を持っている。
「おはようございます。アリサさん、早い」
「サクラさんも荷物多いですね」
「作りすぎました」
「私もです」
二人が顔を見合わせて、少し笑った。
次に来たのは田中係長だった。
私服のチェックのシャツ姿で、なんか雰囲気が違う。
「おはようございます、係長さん」
「田中でいいと言ってるだろう。休みの日くらいは」
「田中さん」
「まあいい」
田中係長は手提げ袋を持っていた。
「一応、何か持ってきた方がいいかと思って。コンビニのスイーツだが」
「わぁ!ありがとうございます!」
【サクラとアリサの好感度が上がった】
そして最後にユイが来た。
白衣ではなく、ふわっとしたブラウスに淡いブルーのカーディガンを羽織っている。
「普段と雰囲気違いますね、天城さん」
レンが言うと、ユイが少し首を傾げた。
「研究室以外では白衣着ないですよ」
「そうか」
「そうですよ」
ユイは手に小さな紙袋を持っていた。
「桜餅、買ってきました。花見っぽいかと思って」
「完璧ですね」
「一応、季節感は大事かと」
【ユイの好感度が下がった】
◆
全員揃って、シートに座った。
レン、アリサ、サクラ、田中係長、ユイ。
五人が輪になって座ると、思ったより賑やかだった。
「飲み物は‥?」とアリサが確認した。
「ノンアルのやつ買ってきました」とサクラが袋から出した。
「緑茶とオレンジジュースとコーラがあります」
「コーラ」とレンが言った。
「昆布おにぎりとコーラ」とサクラが苦笑いした。
「組み合わせが独特ですね」
「これが好きなんですよ」
「まあいいです」
食べ物を広げると、シートの上があっという間に埋まった。
アリサのお弁当は、唐揚げ、だし巻き卵、ほうれん草のおひたし、ごぼうのきんぴら、ミニトマト、ブロッコリー。
「すごい種類ですね」
「頑張りました」とアリサが少し得意そうに言った。
サクラのおにぎりは昆布、鮭、梅の三種類に、から揚げ、卵焼き、ポテトサラダ。
「作りすぎですよやっぱり」とレンが言った。
【サクラとアリサの好感度が下がった】
「全部、食べてくださいね」
田中係長のコンビニスイーツは、いちごショートとチョコレートケーキとプリンが三個ずつ。
「どれが好きか分からなかったから適当にな」
「全部好きです」とユイが即答した。
【ユイの好感度が上がった】
「じゃあよかった」と田中係長が言った。
ユイの桜餅は八個入り。
「一人一個以上食べられますね」
「計算しました」
「さすが研究者」
「こういうことには使わなくていい計算ですけどね」
食べ物を食べながら、話が弾んだ。
「そういえば」とアリサが唐揚げを食べながら言った。
「レンさんって、探索者になってどのくらいですか」
「二ヶ月くらいです」
「二ヶ月でDランクか」
「早いですか」
「普通は早くても半年から一年かかります」
「そうなんですね」
田中係長がお茶を飲みながら言った。
「ちなみに協会の最速記録は二ヶ月だ」
「じゃあ僕はその次くらいですか?」
「いや、記録更新してる可能性がある」
「それはすごいんですか」
「すごいんだよ」と田中係長が少し呆れた顔をした。
ユイがメモを取ろうとして、サクラに止められた。
「天城さん、今日は休みですよ」
「あ、すみません。癖で」
「ですよね。でも今日はいいじゃないですか」
「そうですね」
ユイはメモ帳をしまった。
でも目はまだ観察している。
「天城さん、まだ見てますよ」
「体に染みついてるんです」
「研究者って大変ですね」
「楽しいので大変とは思ってないんですが」
サクラが笑った。
「それが一番いいですね」
◆
ご飯を食べながら、少し静かな時間があった。
桜が風に揺れて、花びらが舞ってくる。
一枚が、サクラの頭に乗った。
「あ」
「花びら乗ってますよ」とレンが言った。
「取りますね」
レンが手を伸ばして、花びらを取った。
そのやり取りを見て、アリサが少し微笑んだ。
田中係長がお茶を飲みながら空を見た。
「ほんと綺麗だよな、ずっと見ていて飽きない」
「珍しくロマンチックなこと言いますね、係長さん」
ユイが空を見上げた。
「桜、きれいですね」
「毎年見てなかったんですか?」
「なんとなく、花見に来る機会がなくて。いつも研究室にいるので」
「もったいないですよ」
「そうですね」
ユイは空を見ながら、続けた。
「来年も来れるといいな」
「来ましょう」とサクラが言った。
「来年も。再来年も」
「来ますか、また」
「来ます。絶対に」
アリサが微笑んだ。
「私も来ます」
「僕も」
「私もだ」と田中係長が言った。
五人でしばらく空を見た。
桜の花びらが、ゆっくりと舞い落ちていった。
◆
食後のスイーツタイムになった。
田中係長のコンビニスイーツを広げると、ユイが目を輝かせた。
「チョコケーキ」
「好きなやつを取っていいぞ」
ユイがすかさず、チョコケーキを取った。
「天城さん、チョコ好きなんですか」
「好きです。研究のときよく食べます」
「甘いものが好きなんですね」
「糖分が集中力を上げるので」
「なんか研究者らしい理由ですね」
「おかげで食べすぎる欠点があります」
サクラがプリンを取った。
アリサがいちごショートを取りながら言った。
「そういえば、今後の探索どうするつもりですか」
「今後、ですか」
「Dランクになったので、もう少し難しいダンジョンに行けるようになりますよね」
「そうですね。渋谷第三だけじゃなくてもいいかなと思ってます」
「どこに行くつもりですか」
「まだ決めてないです。コメ欄の皆さんと相談しながら」
アリサが少し笑った。
「コメ欄の皆さん、か。相変わらずですね」
「相変わらずですね」
「でもいいと思います。あの人たちがいるから、レンさんは安心できる」
「そうなんですよ」
田中係長が桜餅を食べながら言った。
「新しいダンジョンに行くなら、一応協会に事前申請しておけ。サポートができる」
「ありがとうございます」
「あと、強くなるのはいいが無理はするな」
「分かってます」
「本当に分かってるか」
「たぶん」
「たぶん、か」
田中係長がため息をついたが、怒っている顔ではなかった。
午後になって、公園が賑わってきた。
いろんな人たちの声が混じって、桜の木の下が明るくなる。
五人はそのままシートに座って、のんびりと話し続けた。
「サクラさんって、なんでポーターになろうと思ったんですか」
レンが聞くと、サクラが少し考えた。
「探索者になりたかったんですけど、初級ヒーラーで戦闘向きじゃなくて。でもダンジョンに関わりたかったので、ポーターなら、と思って」
「後悔してますか」
「してないです。今は」
サクラはレンを見た。
「今の方が、最初より全然いいので」
「そうですか」
「そうですよ」
アリサが空を見ながら言った。
「私、S級になりたくて探索者になったんですけど」
「今はどうですか」
「S級になれましたけど、なった後どうするかを考えてなかったことに気づいて」
「なんか、目標がなくなった感じですか」
「そうですね、でも最近は」
アリサがレンを見た。
「面白いなと思うことが増えました。レンさんの配信を見てから」
「僕の配信がですか?」
「そうです。コメ欄の人たちとか、サクラさんとか、天城さんとか。なんか、一人で強くなることばかり考えてたんですけど、そうじゃない世界があるんだなと」
「大げさですよ」
「大げさじゃないです」
ユイが少し顔を上げた。
「私もです。研究ばかりしてたんですけど、最近は配信を見るのが楽しくて。データを取ることより、次何が起きるかを楽しみにしている自分がいて」
「研究者らしくない」
「らしくないですよね。でも悪くないです」
田中係長が空を見ながら言った。
「俺は協会に入って二十年だが、こんなヤツは初めて見た」
「褒めてますか」
「褒めてるさ」
「ありがとうございます」
「素直なところは評価するぞ」




