荒らし
UP先間違えました、えへへ
その日の配信は、いつもよりも穏やかに始まった。
地下三階、東エリア。
レンとサクラの二人は、湿った岩壁が続く通路を淡々と進んでいく。
先週はサクラの都合がつかずレンのソロ配信が続いていたが、今週からはまた、いつもの二人三脚だ。
「前方、魔物の気配なし。……あ、右の脇道に個体識別。一体います」
「了解です。無駄な戦闘は避けて、左から回りましょうか」
「そうしましょう」
魔力感知が馴染んできたおかげで、探索のテンポは目に見えて上がっていた。
二人の連携も、だいぶ板についてきた。
流れるコメント欄も、実家のような安心感に包まれていた。
【古代龍バハムート】が入室しました
【魔王ゼルディア】が入室しました
【精霊王シルフィード】が入室しました
【賢神ソフィア】が入室しました
【精霊王シルフィード】:きたよー!やっぱり二人のほうが画面が華やかでいいね!
【mukai_b_rank】:おはようございます。今日は東エリアの最奥狙いですか?
【ダンジョンオタク_ケイ】:先週のソロもストイックで良かったけど、この空気感が好き。
「おはようございます。今日は東の最深部まで足を伸ばしてみる予定です」
「よろしくお願いします」
【kirishima_arisa】:気をつけて。あのあたりは急に魔力が濃くなる場所があるから。
【古代龍バハムート】:レン、魔力感知を絞れ。広域よりも「密度」を探れ。索敵が劇的に変わる。
「密度、ですね。……やってみます」
順調だった。
このまま、穏やかなアーカイブが残るはずだった。
◆
探索開始から三十分。
ふとした雑談から、コメ欄にわずかな違和感が混じり始めた。
【ダンジョンオタク_ケイ】:そういえばサクラさん、先週は完全に不在だったのに、昨日から急に復帰したんですね。
【mukai_b_rank】:言われてみれば、何かあったんですか?
「あはは、本当にただの私用が重なっちゃって。お騒がせしました」
「僕が無理を言って、今日から調整してもらったんです」
そんなやり取りの最中。
不意に、真っ赤なアイコンの新規アカウントが割り込んできた。
【雑魚狩り配信bot】が入室しました
【雑魚狩り配信bot】:は? これ完全に「仕込み」だろ。
【雑魚狩り配信bot】:サクラとかいう女、都合よく消えたり現れたり不自然すぎ。
【雑魚狩り配信bot】:どうせ裏で台本あるヤラセ配信だろ。冷めるわ。
一瞬、コメ欄の動きが止まる。
だが、それは始まりに過ぎなかった。
【名無し視聴者A】が入室しました
【名無し視聴者B】が入室しました
【名無し視聴者A】:神様(笑)とかいうロープレ勢も寒すぎる。
【名無し視聴者B】:バハムートだの魔王だの、おっさんが必死にキャラ作って協力してると思うと草生えるわ。
【雑魚狩り配信bot】:配信者もこいつらの言いなりじゃん。接待ダンジョン配信かよ。
「…………」
レンは視界の端で流れる罵詈雑言を横目に、足を止めずに進んだ。
初めての、本格的な「荒らし」。
胸の奥がざわつく。無視すべきか、言い返すべきか。
ネットの作法がわからないまま、レンは努めて冷静に前を向いた。
「……気にせず進みます。次は東エリアの境界線です」
【雑魚狩り配信bot】:無視かよw
【名無し視聴者A】:サクラとかいう女、後ろに立ってるだけで何もしてなくね?
【名無し視聴者B】:ヒーラーですらないし、ただの荷物持ちだろ。
【賢神ソフィア】:……騒がしいな。
【古代龍バハムート】:放っておけ。羽虫の羽音に構う価値はない。
常連の「神々」は動じない。
だが、荒らしの勢いは増すばかりだった。
◆
「……っ」
隣を歩くサクラの肩が、わずかに震えた。
彼女は俯き、ぎゅっと杖を握りしめている。
【雑魚狩り配信bot】:おい荷物持ち、なんか喋れよ。
【名無し視聴者A】:戦力外の女を連れて歩くとか、効率悪すぎ。レン一人の方がマシ。
レンは足を止めた。
自分への悪口なら、まだ耐えられた。
だが、隣で歯を食いしばっているパートナーを「荷物」呼ばわりされるのは、許容できなかった。
「サクラさん」
「……大丈夫です。私、気にしませんから」
「……いや、大丈夫な顔してません」
レンは配信カメラの方を真っ直ぐに見据えた。
怒りで声を荒らげるのではない。
低く、芯の通った声で告げる。
「……一回だけ言います」
コメント欄の勢いが、その威圧感に気圧されるように一瞬弱まった。
「サクラさんは、僕が気づけない死角をすべてカバーしてくれています。彼女の声かけがなければ、僕は先週、地下三階で詰んでいました。彼女は戦力外なんかじゃない。僕の探索に、欠かせないパートナーです」
それだけ言い切ると、レンはサクラの手を引いて歩き出した。
「以上です。……行きましょう、サクラさん。実力で見せればいいだけですから」
「……はい!」
サクラの顔に、わずかに赤みが差した。
【mukai_b_rank】:レンさん、よく言った……!
【探索者見習い_ハル】:かっこよすぎ惚れた!【kirishima_arisa】:(……こういう時ちゃんと言える人なんだ)
【雑魚狩り配信bot】:はいはい、騎士様気取りおつwww
【名無し視聴者A】:どうせ口だけだろ。
◆
その直後だった。 魔力感知の網に、鈍重で巨大な反応が引っかかる。
「前方……来ます! 重い魔力……でも、今までのやつとは種類が違う」
【賢神ソフィア】:アーマータートルだ。
【古代龍バハムート】:甲羅に魔力防壁を纏う難敵だな。物理は通らんぞ。
「物理がダメなら……」
【雑魚狩り配信bot】:ほら、またコメント頼みwww
【名無し視聴者B】:カンニング配信乙www
レンは薄く笑った。
たしかにヒントはもらった。だが、それを形にするのは自分たちだ。
レンは魔力感知を「広域」から「単体」へ絞り込む。
バハムートのアドバイスを、今この瞬間に実行した。
すると、見えた!
亀の甲羅、魔力の流れがわずかに途切れる「継ぎ目」が。
「サクラさん、右からヘイトを取ってください!」
「任せてください! 『ライト・フラッシュ』!」
サクラが放った閃光が、アーマータートルの注意を逸らす。
その隙に、レンは最小限の動きで懐へ潜り込んだ。
コメントを確認する暇などない。
自分の感覚が、そこを叩けと叫んでいる。
「ここだ……!」
魔力感知で捉えた「継ぎ目」に、炎を纏わせた剣先を一点突破で叩き込む。
轟音と共に甲羅が砕け、巨体が光の粒子へと霧散した。
【古代龍バハムート】:……ほう。今の反応速度、教えた以上の動きだ。
【賢神ソフィア】:コメントはただの補助に過ぎない。決めたのはお前の意志だ。
【雑魚狩り配信bot】:…………。
【名無し視聴者A】:あ、今の……マジ?
【新規さん】:すご……。荒らしの反応が止まってて草。
【ダンジョンオタク_ケイ】:これが「ヤラセ」に見えるなら、自分で潜ってみればいいのにね。
レンは剣を引き、サクラと視線を合わせた。 彼女はもう俯いていなかった。
「……完璧でしたね、レンさん」
「サクラさんの足止めがあったからです」
二人の空気は、もう誰にも乱せないほどに研ぎ澄まされていた。




