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同接0人のEランク探索者ダンジョン配信、なぜか神様や魔王様が見ている件 〜コメント欄が古代龍や魔王とかなんだが〜  作者: 仁科異邦


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閑話 IF-魔王に成る

 街の喧騒が、少しずつ遠ざかっていく。

 気づけば、人通りの少ない道に出ていた。


 見慣れたはずの景色が、どこか違って見える。

 色が薄い。

 音が遠い。


 まるで、世界との繋がりが少しずつ切れていくみたいに。


「……終わったな」


 ぽつりと呟く。

 返事はない。


 当たり前だ。

 これは独り言で、もう隣に誰かがいることはない。


 胸の奥に残る感覚。

 痛みとも違う、空白とも違う。

 言葉にできない何かが、静かに沈んでいく。


 けれど、それも時間の問題だ。

 もうすぐ消える。

 全部、消える。


「……これでいい」


 言い聞かせるように呟く。

 人間としての時間は終わった。

 なら、元に戻るだけだ。


 本来の自分に。

 本来いるべき場所に。


 足を止める。

 目の前には、人気のない古びた神社。

 崩れかけた鳥居の奥、木々に囲まれた暗がり。


 人間は、もう近づかない場所。

 境界だ。

 こちら側と、あちら側を分ける分水嶺。


「……久しぶりだな」


 一歩、踏み込む。

 その瞬間。


 空気が変わり、温度が落ち、音が消えそして、世界が切り替わる。


 足元から、影が広がる。

 黒く、濃く、重いそれは、ゆっくりと形を持ち始める。


 抑えていたものが、解き放たれる。

 押し殺していた力が、呼吸を始める。

 心臓が、強く脈打つ。


 ドクン、ドクンと。

 生き返るみたいに。


「……ああ」


 息が漏れる。

 懐かしい感覚だった。

 恐れられ、忌み嫌われ、討たれる側の存在。

 それが、俺だ。


 人間のふりをしていた時間の方が、間違いだった。


「……戻るだけだ」


 そうだ。

 ただ、戻るだけ。

 それだけのことだ。


 なのに。

 ほんの一瞬だけ。

 頭をよぎるものがあった。


 笑い声。

 何気ない会話。

 並んで歩いた帰り道。


 どうでもいい時間。

 ──嘘の青春。


「……くだらない」


 吐き捨てるように言う。

 そんなものに、意味はない。

 最初から分かっていたはずだ。


 あれは全部、仮初めだと。


 手に入れていいものじゃなかったと。

 だから。

 もう、いい。

 全部、ここに置いていく。


 感情も。

 記憶も。

 未練も。


「……終わりだ」


 そう呟いて、目を閉じる。

 そして。

 ゆっくりと、開く。


 世界が変わる。

 色が、濃くなる。

 音が、戻る。


 けれどそれは、人間の世界のものじゃない。

 もっと歪で、もっと深いもの。


 魔の側の感覚。

 かつて支配していた領域の気配。

 すべてが、手の中に戻ってくる。


「……やっと、静かになった」


 胸の奥。

 さっきまであった“何か”が、綺麗に消えていた。

 痛みも、迷いも、もうない。

 ただ、空っぽなだけだ。


 それでいい。

 それが、正しい。


 それが──

 魔王だ。


 踵を返す。

 進むべきは、人の世界ではない。

 もっと遠く。

 もっと深く。


 かつての自分がいた場所へ。

 その時。


 風が吹いた。

 どこからか紛れ込んだのか。


 一枚の桜の花びらが、ふわりと舞い込む。

 ひどく場違いなそれが、ゆっくりと落ちてきて。

 俺の足元に触れた。


 ──パキッ。

 無意識に、踏み潰していた。

 白い花弁が、簡単に形を崩す。

 それを見下ろして、ほんの一瞬だけ。

 何かを思い出しそうになって。


「……」


 やめた。

 必要ない。

 もう、必要ない。


 視線を上げ前を向く。


 それだけでいい。

 歩き出す。

 振り返らない。

 振り返る理由も、もうない。


 桜は散る。

 恋も、同じように。

 あの日、あの場所で。


 すべて終わった。

 だから、これはただの確認だ。

 ──もう戻らない。


 そう決めた、そのはずなのに。

 最後に、ほんの一度だけ。

 声にならない声が、胸の奥で揺れた。


 届くことのない、言葉。

 誰にも聞かれることのない、想い。

 それを、無理やり押し潰して。


 俺は、前に進む。

 魔王として。

 ただ、それだけの存在として。


 


 ――あの日、桜と一緒に、恋も散った。


以上、IF回でした。

尺稼ぎで、なんかよくありそうな話ではありましたが、楽しんでいただけると嬉しいです。

次から本編になります。

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