閑話 IF-卒業と告白
卒業シーズンなので閑話作りました。(尺稼ぎです)
この話は本編とは関係のない話です。(今のところ)
IFの話しとしてよろしければご覧ください。
春の空気は、どこか軽い。
冬の名残をほんの少しだけ残しながら、それでも確実に暖かくなっていくこの季節が、俺はあまり好きじゃなかった。
理由は単純だ。
終わりを、突きつけてくるから。
「──以上をもって、卒業式を終了します」
体育館に響く拍手が、やけに遠く感じた。
壇上では校長が頭を下げている。周囲では誰かが泣いていて、誰かが笑っている。
ありふれた光景だ。
どこにでもある、卒業の日。
けれど、俺にとっては違う。
この三年間は、すべて“借り物”だった。
人間として過ごす時間。
普通の高校生として笑い、話し、日常を送る。
その全部が──本来の俺には、許されていないものだった。
「……終わったな」
ぽつりと呟く。
隣の席はもう空いている。さっきまでいたクラスメイトたちは、家族の元へ走っていったり、友達と写真を撮ったりしていた。
俺は立ち上がり、ゆっくりと体育館を出る。
扉の外には、春が広がっていた。
校庭の桜が、ちょうど見頃を迎えている。
風が吹くたびに、花びらがひらひらと舞っていた。
──綺麗だな。
そう思うのと同時に、少しだけ胸が痛んだ。
似合わない感情だ。
俺には。
「……帰るか」
そう呟いて、歩き出そうとした、その時だった。
「ねえ」
背後から声がかかる。
聞き慣れた声だった。
振り返らなくても分かる。
「ちょっと、いい?」
やっぱり、そうだ。
俺はゆっくりと振り返った。
そこに立っていたのは、同じクラスの──
「話があるの」
彼女は、少しだけ緊張した顔をしていた。
けれど、その目はまっすぐで、どこか決意を感じさせる。
ああ。なるほど。
そういうことか。
「……いいけど」
短く答える。
彼女はほっとしたように小さく息をつくと、校舎の裏手へと歩き出した。
俺も、その後を追う。
人気のない場所。
桜の木が一本だけ立っている、小さな空き地。
告白には、ちょうどいい場所だ。
ベタすぎて笑えるくらいに。
彼女は桜の木の下で立ち止まった。
少しの沈黙。
風が吹いて、花びらが舞う。
「……あのね」
彼女が口を開く。
声が、少しだけ震えていた。
「私、ずっと言いたいことがあって」
知ってるよ。
そう言いかけて、やめた。
言葉にする必要はない。
これは、そういう“イベント”だから。
俺はただ、聞き役でいい。
「うん」
短く促す。
彼女は一度だけ目を閉じて、それから顔を上げた。
「私ね──」
来る、そう思った。
だからこそ、少しだけ。
本当に少しだけ、期待してしまったのかもしれない。
もし、ここで。
ほんの少しだけ奇跡が起きて。
俺の望む言葉が聞けたなら。
そんな、ありえないことを。
「好きな人がいるの」
世界は、やっぱり都合よくはできていなかった。
ああ、そうか。
やっぱり、そうなるよな。
俺は心の中で、静かに納得する。
不思議と、驚きはなかった。
ただ、ほんの少しだけ。
胸の奥が、冷たくなった気がした。
「……そっか」
それだけを、なんとか絞り出す。
彼女は申し訳なさそうに視線を逸らした。
「ごめんね。なんか、こういう話するの、変かもしれないけど……でも、ちゃんと伝えたくて」
「別にいいよ」
嘘だ。
よくないに決まってる。
でも、そんなこと言う資格は俺にはない。
「応援、してる」
口にした瞬間、自分でも笑いそうになった。
なんだそれ。
どの立場で言ってるんだ。
けれど彼女は、ほっとしたように微笑んだ。
「ありがとう」
その笑顔が、少しだけ眩しかった。
そして、少しだけ遠く感じた。
「ちなみにさ」
気づけば、そんな言葉が口から出ていた。
「その好きな人って」
聞かなくても分かっている。
分かっているのに、聞いてしまった。
確認しなければ、どこかで期待してしまいそうだったから。
彼女は一瞬だけ迷って、それから小さく頷いた。
「同じクラスの……」
その名前が、告げられる。
ああ。やっぱり。
思った通りだ。
明るくて、誰にでも優しくて、正しくて。
まるで──勇者みたいなやつ。
「そっか」
もう一度、同じ言葉を繰り返す。
今度はさっきよりも、ずっと軽かった。
風が吹く。
桜の花びらが舞い落ちて、俺たちの間をすり抜けていく。
まるで何かを終わらせるみたいに。
「……じゃあ、俺帰るわ」
これ以上ここにいる理由はない。
そう思って背を向けた、その時。
「あ、待って」
呼び止められる。
振り返ると、彼女は少しだけ困った顔をしていた。
「その……これからも、友達でいてくれる?」
残酷なことを言う。
本当に。
でも、それが人間なんだろう?
「……どうだろうな」
少しだけ考えるふりをしてから、肩をすくめた。
「まあ、そのうちな」
曖昧な返事。
それでいい。
どうせもう、長くはない。
「そっか……うん」
彼女は納得したように頷いた。
それを最後に、今度こそ俺は歩き出す。
振り返らない。
振り返る理由もない。
ただ、ひとつだけ。
心の中で、静かに呟く。
──これで終わりだ。
人間としての三年間も。
くだらない恋も。
全部。
全部、ここで終わる。
だから。
「……もう、いいだろ」
誰にも聞こえない声で、そう言った。
桜が散る。
その光景を背に、俺は歩き続けた。
人間ではないものとしての、自分に戻るために




