パーティを組もう
三日後、スマホにメッセージが来た。
送り主はサクラだった。
「あの、もしよければご飯でもどうですか。お礼がしたくて。レンさんさえよければなんですけど」
レンはすぐに返信した。
「大丈夫です。どこにしますか」
「渋谷の定食屋さんはどうですか。安くておいしいところ知ってるので」
「行きます」
◆
待ち合わせは夕方、渋谷の路地裏にある小さな定食屋だった。
暖簾をくぐると、サクラがすでに入口近くのテーブルに座っていた。
この間会ったときとは少し雰囲気が違う。
泣き腫らした目じゃなくて、ちゃんと顔を上げている。
「来てくれてありがとうございます」
「こちらこそ、誘ってくれて」
向かいに座る。
メニューを開くと、値段が全部五百円台だった。
「安いですね」
「でもおいしいんですよ。週二回は来てます」
「週二回」
「探索者の仕事って不規則なので、ここみたいに気軽に入れるお店が好きで」
二人とも日替わり定食を頼んだ。
◆
料理が来るまでの間、サクラが先に口を開いた。
「あの、本当にありがとうございました。改めて」
「いえ、もう気にしないでください」
「気にしますよ」
サクラは少し苦笑いした。
「あのまま、どうなってたか考えると……」
しばらく間があって、サクラが続けた。
「協会からライセンス停止の話、聞きました。転送してくれてありがとうございます」
「田中係長から連絡来たので」
「すっきりした、とは言えないんですけど。でも、ちゃんと動いてくれたのは分かりました」
サクラはテーブルの上で両手を組んだ。
「探索者、続けようと思ってます」
「そうなんですか」
「逃げたくないというか。ポーターの仕事が好きなので。ただ、あのパーティにはもう戻らないですけど」
「それは当然だと思います」
「はい」
料理が来た。
鯖の味噌煮定食だった。
二人ともしばらく黙って食べた。
黙って食べているのに、なんとなく落ち着く空気だった。
◆
食事が一段落したころ、レンは少し考えてから口を開いた。
「一つ、聞いてもいいですか」
「はい」
「サクラさん、今のところ次のパーティは決まってますか?」
サクラは少し間を置いた。
「まだです。これから探そうと思ってたんですけど」
「そうか」
レンは湯呑みを持ちながら、どう言おうか考えた。
あまり上手い言い方は思いつかなかったので、そのまま言った。
「僕と組みませんか」
サクラが顔を上げた。
「え?」
「一人で潜ってたんですけど、そろそろパーティがあってもいいかなと思ってて。縁もあることですし」
「縁、ですか」
「はい。それだけです」
サクラはしばらくレンの顔を見た。
特別なことを言っているわけじゃない顔だ。本当にそれだけという顔だ。
「あの、一つ言っておかないといけないことがあって」
「はい」
「私のジョブクラス、初級ヒーラーなんですけど」
「うん」
サクラは少し表情を曇らせた。
「初級ヒーラーって、ほとんど何もできないんですよ。回復魔法は使えるんですけど、自然回復を少し早める程度で。ポーションと大差ないくらいの効果しかなくて」
「そうなんですか」
「パーティに入っても、荷物持ちとしての価値しかないっていうか」
サクラは少し目を伏せた。
「だから前のパーティも、ポーターとして雇われてたんです。ヒーラーとしては、役に立たないので」
そこには長い時間が詰まっているような言い方だった。
レンは少し考えてから言った。
「それ、コンプレックスになってますか」
サクラが顔を上げた。
「……なってます」
「そうか」
レンは湯呑みを置いた。
「でも僕、今まで一人でやってきたんで、ポーションの管理とか荷物周りとか、正直全部ひどいんですよ。昨日も回復薬切らして、帰りにコンビニ寄ったくらいで」
「コンビニ」
「ダンジョン帰りにコンビニで栄養ドリンク買って飲むのが、僕の回復手段なんで」
サクラはしばらく黙ってから、小さく笑った。
「それは、確かにひどいですね」
「でしょう。だからサポートしてくれる人が正直ほしかったんです。それだけの話で」
「役に立てるか、分からないですよ」
「やってみないと分からないですよ」
サクラはまた少し黙った。
「……考えてもいいですか。少しだけ」
「もちろんです。急いでないので」
◆
店を出ると、夜の渋谷は明るかった。
並んで歩きながら、サクラが言った。
「レンさんって、配信いつもしてるんですよね」
「はい。毎日」
「パーティ組んだら、私も映りますよね」
「あ、そうか。嫌ですか」
「嫌じゃないですけど、緊張します」
「最初はそうですよね。でもコメ欄の人たち、みんないい人たちなんで」
「見てて分かりました。常連の神様たちも含めて」
サクラが少し笑う。
「神様たち、ですよね、やっぱり」
「え」
「なんとなく。見てて、そう思うんですよ」
レンは少し黙った。
(そう言う人、アリサさんもそうだし、案外多い気がする)
「僕はロールプレイ勢だと思ってたんですけど」
「ロールプレイで一千万スパチャしますか」
「……しないですよね、普通は」
「ですよね」
二人はしばらく黙って歩いた。
交差点で止まったとき、サクラが言った。
「一緒に、やってみます」
「本当ですか?」
「パーティ。役に立てるか分からないですけど、やってみます」
レンは少し嬉しくなった。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
信号が青になった。
◆
翌朝の配信。
レンが開口一番で言った。
「今日、報告があります」
【古代龍バハムート】が入室しました
【魔王ゼルディア】が入室しました
【精霊王シルフィード】が入室しました
【戦神アレス】が入室しました
【死神ネクロス】が入室しました
【賢神ソフィア】が入室しました
【雷神トール】が入室しました
【kirishima_arisa】が入室しました
【ダンジョンオタク_ケイ】が入室しました
【探索者見習い_ハル】が入室しました
【精霊王シルフィード】:報告!?なになに!?
【ダンジョンオタク_ケイ】:なんか大事な話っぽい
【新規さん】:どうした
【魔王ゼルディア】:言え
「パーティを組みました」
【精霊王シルフィード】:えっ!!!!
【新規さん】:パーティ!?
【kirishima_arisa】:‥誰とですか?
「この間助けたサクラさんと。ポーターとヒーラー兼任でお願いしました」
【精霊王シルフィード】:サクラちゃんと!!!!よかった!!!!
【探索者見習い_ハル】:サクラさん!!
【ダンジョンオタク_ケイ】:あの子大丈夫だったんですね、よかった
【kirishima_arisa】:それは……よかったです。縁がありましたね
【古代龍バハムート】:ほう
【魔王ゼルディア】:パーティか。悪くない
【戦神アレス】:仲間は必要だ
【死神ネクロス】:賑やかになるな
「では、サクラさんに入ってもらいます」
レンが画面の外に向かって声をかけた。
「サクラさん、どうぞ」
少し間があって、サクラがフレームに入ってきた。
緊張しているのが見てわかる。でもちゃんと前を向いている。
「えっと、佐藤サクラです。初級ヒーラーで、正直回復はあまり強くないんですけど」
サクラが少し止まった。
「でも、頑張ります。よろしくお願いします」
【精霊王シルフィード】:サクラちゃんよろしく!!!!!
【探索者見習い_ハル】:よろしくお願いします!!
【ダンジョンオタク_ケイ】:よろしくお願いします!
【新規さん】:よろしく!!
【新規さん】:コメ欄が温かい
【kirishima_arisa】:よろしくお願いします。サクラさん、無理しないでね
【古代龍バハムート】:よく来た
【魔王ゼルディア】:歓迎する
【賢神ソフィア】:初級ヒーラーでも、使い方次第で価値は変わる
【精霊王シルフィード】:ソフィアさんいいこと言った!
【戦神アレス】:共に戦え
【死神ネクロス】:長生きしろ
【サクラ】:……ありがとうございます。あの、死神さんに長生きしろって言われると複雑です
コメ欄が笑いに包まれた。
「死神さんに突っ込んだの、サクラさん初日でやりましたね」
【死神ネクロス】:……よく言った
【新規さん】:死神さんに褒められたサクラさん
【新規さん】:もうコメ欄に馴染んでる
【探索者見習い_ハル】:サクラさん天然系だ
【サクラ】:天然じゃないです
【探索者見習い_ハル】:それが天然です
サクラが少し赤くなった。
レンは隣でそれを見て、少し笑った。
「じゃあ、行きますか」
「……はい」
二人でダンジョンへ向かった。
コメ欄は、いつもより少し賑やかだった。
◆
異世界のどこか。
「パーティを組んだ」と精霊王シルフィードが嬉しそうに言った。
「あの娘か」とバハムートが静かに返す。
「サクラちゃん、初日でコメ欄に馴染んでたね」
「死神に突っ込むとは、肝が据わっている」とゼルディアが笑った。
「初級ヒーラーか」とトールが言う。「回復は弱いが」
「回復だけがヒーラーの価値ではない」とソフィアが静かに言った。「傍にいること自体に意味がある場合もある」
「レンには、そういう存在が必要だったかもしれないな」とゼルディアが続けた。
バハムートは何も言わなかった。
ただ、次の配信通知をもう一度確認した。
「明日が楽しみだな」
それは独り言だったが、全員が頷いた。




