囮にされた子
翌日。
配信を開始してダンジョンに向かうと、コメ欄はいつも通り賑やかだった。
【古代龍バハムート】が入室しました
【魔王ゼルディア】が入室しました
【精霊王シルフィード】が入室しました
【戦神アレス】が入室しました
【死神ネクロス】が入室しました
【賢神ソフィア】が入室しました
【雷神トール】が入室しました
【kirishima_arisa】が入室しました
【ダンジョンオタク_ケイ】が入室しました
【探索者見習い_ハル】が入室しました
【精霊王シルフィード】:おはよう!!
【kirishima_arisa】:おはようございます。昨日ぶりですね
【ダンジョンオタク_ケイ】:おはようございます!今日も来ました
【探索者見習い_ハル】:おはようございます!今日はどこ行くんですか
「おはようございます。今日は地下三階の南エリアを探索します」
【古代龍バハムート】:南か。昨日より魔力濃度が高いエリアだ
【賢神ソフィア】:注意しろ。魔物の質が変わる
【ダンジョンオタク_ケイ】:南エリアってまだ攻略情報ほとんど出てないですよね
【探索者見習い_ハル】:ソフィアさんの情報が一番詳しいのほんとすごい
【新規さん】:今日も始まった
【新規さん】:同接もう三百超えてる
「ケイさんとハルさん、最近毎日来てくれてますね」
【ダンジョンオタク_ケイ】:来ちゃいますよ。このコメ欄にいると勉強になるので
【探索者見習い_ハル】:僕も来年探索者目指してるんで、参考にしてます!
【魔王ゼルディア】:精が出るな
【探索者見習い_ハル】:ゼルディアさんにそう言ってもらえると嬉しいです
【魔王ゼルディア】:……暇だからな
【探索者見習い_ハル】:出た笑
◆
地下一階、地下二階と順調に進んだ。
地下三階への階段を降りようとしたとき、上から足音が聞こえた。
速い。
しかも複数。
「……誰か来る」
壁に寄って待っていると、男が三人、階段を駆け下りてきた。
探索者だ。装備を見るにCクラス前後か。全員、血相を変えている。
レンの横をすり抜けようとした一人が、レンに気づいて立ち止まった。
「お前、今から下に行くのか!?」
「はい」
「やめとけ。南エリアに大型の群れが出た。うちのパーティ、壊滅寸前だ」
「群れ? 何体くらいですか」
「分からない、アイアンウルフの群れだ」
男はそれだけ言って、また駆け出した。
三人の背中が階段を上がって消える。
レンは少し立ち止まった。
【古代龍バハムート】:聞いたか
【戦神アレス】:行くか
【精霊王シルフィード】:危ないよ!
男たちが消えた後、通路に静寂が戻った。
代わりに、下から微かな音が聞こえた。
物音、ではない。
声のようなものだ。
(……気のせいかな?)
レンは耳を澄ました。
もう一度。
やはり何か聞こえる。
「……ちょっと確認してきます」
レンは階段を降り始めた。
【精霊王シルフィード】:えっ、行くの!?
【古代龍バハムート】:状況確認か?
【魔王ゼルディア】:慎重にしろ
【kirishima_arisa】:無理はしないでください
【ダンジョンオタク_ケイ】:下から声みたいなの聞こえてましたよね、今
【探索者見習い_ハル】:気になる……
「確認だけします。何もなければすぐ戻ります」
【kirishima_arisa】:無理はしないでください
◆
地下三階に降りた瞬間、空気が違った。
魔力が荒れている。戦闘の余波だ。
レンは音を立てないように進んだ。
南エリアの手前まで来たとき、声が聞こえた。
叫び声ではない。泣き声だ。
「……っ、来ないで、来ないで……」
角を曲がると、視界に飛び込んできた。
通路の行き止まり。
壁に背をつけた女の子が一人、座り込んでいる。
年齢はレンと同じくらいか、もう少し下か。
装備を見るとポーターだ。荷物持ち専門の非戦闘員。
その前に、アイアンウルフが二体。
じりじりと距離を詰めていた。
「っ」
レンは状況を一瞬で把握した。
(あの三人が置いていった。囮にして逃げた)
怒りが来た。
でも今は後にする。
「おい」
レンはアイアンウルフに向かって声を上げた。
二体が振り返る。
標的が変わった。
【精霊王シルフィード】:レンくん!!
【戦神アレス】:来るぞ
【古代龍バハムート】:二体同時だ。一体を先に引きつけろ
一体が跳びかかってきた。
レンは横に跳んで避け、すれ違いざまに雷を叩きつけた。
アイアンウルフがよろめく。
もう一体が後ろから来る。
(速い)
ぎりぎりで前に転がって、爪をかわした。
立ち上がりながら剣を構える。
一体目がまだよろめいているうちに、二体目の脇腹に剣を入れた。
ずぶりと通る。
二体目が崩れ落ちる。
すぐに一体目に向き直る。
雷を集める。
今度は手加減しない。
どかっ、という音がして、一体目も床に沈んだ。
静寂。
レンは荒い息をついた。
「……終わった」
【精霊王シルフィード】:よかったよかったよかった!!!
【古代龍バハムート】:上出来だ
【魔王ゼルディア】:速かったな
【ダンジョンオタク_ケイ】:二体同時をあんな速さで処理するの、Eクラスじゃないですよ絶対
【探索者見習い_ハル】:女の子大丈夫ですか!?
【kirishima_arisa】:……あの三人、置いていったんですね
【kirishima_arisa】:(最低だ)
【新規さん】:アリサさんの括弧書きに怒りが見える
レンは女の子に近づいた。
座り込んだまま、肩が震えている。
「大丈夫ですか」
声をかけると、女の子がゆっくり顔を上げた。
泣いていた。目が真っ赤だ。
でも怪我はないようだ。
「……助けて、くれたんですか」
「はい。怪我は?」
「ない、です。でも」
女の子の唇が震えた。
「置いていかれました。みんなに」
それだけ言って、また下を向いた。
レンはしゃがんで、目線を合わせた。
「今は安全です。立てますか」
女の子はこくりと頷いた。
レンは手を差し出した。
◆
女の子の名前はサクラといった。
十六歳。ポーター見習いで、今日が三回目のダンジョン入りだったという。
地下三階まで来たのは、パーティリーダーの指示だった。
「荷物を持ってここまで来たら、アイアンウルフの群れが出て……みんな逃げて、私だけ遅れて、そしたら」
サクラは言葉を切った。
「そしたら、誰も戻ってこなかった」
レンは何も言わなかった。
言えなかった。
代わりに、ポーションを一本渡した。
「飲んでください。怪我がなくても、魔力が乱れてると思うんで」
「……ありがとうございます」
サクラがポーションを受け取る手が、まだ震えていた。
【探索者見習い_ハル】:サクラさん、よかった……
【ダンジョンオタク_ケイ】:置いていったパーティ、最悪ですね
【魔王ゼルディア】:人間とはそういうものだ
【古代龍バハムート】:…………全員ではない
【魔王ゼルディア】:……そうだな
【精霊王シルフィード】:サクラちゃん、もう大丈夫だよ!レンくんがいるから!
【新規さん】:コメ欄が優しい
【新規さん】:置いていったやつら許せない
【kirishima_arisa】:神代くん、サクラさんを連れて上に戻ってください。協会に報告もしてください
「はい。そうします」
レンはサクラに声をかけた。
「一緒に上に戻りましょう。僕が隣にいます」
サクラは小さく頷いた。
◆
二人で地上に出ると、夕方の光が眩しかった。
サクラは外の空気を吸った瞬間、また少し泣いた。
レンは何も言わず、隣に立っていた。
しばらくして、サクラが言った。
「なんで助けてくれたんですか」
「声が聞こえたので」
サクラはレンの顔を見た。
特別なことを言っているわけじゃない。本当にそれだけだという顔をしている。
「……ありがとうございました」
「いえ」
【精霊王シルフィード】:レンくんかっこいい!!
【探索者見習い_ハル】:かっこよすぎる
【ダンジョンオタク_ケイ】:自覚なくかっこいいのが一番かっこいいやつ
【古代龍バハムート】:……まあな
【魔王ゼルディア】:認める
【戦神アレス】:良い判断だった
【死神ネクロス】:今日も仕事なしだ。よかった
【kirishima_arisa】:神代くん、協会への報告、置いていったパーティのことも含めてちゃんとしてください
【kirishima_arisa】:非戦闘員を囮にして逃げるのは、探索者規約違反です
「分かりました。ちゃんと報告します」
レンはサクラに向き直った。
「一緒に協会行きましょう。話を聞いてもらえます」
サクラは一瞬だけ迷ってから、頷いた。
◆
配信終了。
本日の最終同時接続数:一千八十二人。
チャンネル登録者数:二千九百四十一人。
切り抜きはすでに拡散されていた。
タイトルは「囮にされた女の子をEクラス探索者が救出。コメ欄の神様たちも総出で応援」。
再生数は二時間で二十万を超えた。
置いていったパーティへの批判コメントと、レンへの応援コメントが入り乱れていた。
レンはそれを見ずに、サクラと並んで協会の建物に入っていった。
◆
協会管理室。
田中係長は今日の報告を聞き終えて、しばらく黙っていた。
「非戦闘員を囮にして離脱か」
「はい。サクラさんの証言と、神代くんの配信ログで確認できます」
佐藤が資料を出す。
田中係長は目を通してから、静かに言った。
「そのパーティ、呼び出せ」
「了解です」
「あと神代くんに伝えろ。今日の対応は正しかったと」
佐藤が頷いて、席を立った。
田中係長はモニターに残っていた配信ログを閉じた。
(Eクラスの初級剣士が、また一つ、Eクラスじゃないことをした)
コーヒーを飲みながら、係長はため息をついた。
困ったため息ではなく、どちらかといえば、悪くないと思っているため息だった。
◆
異世界のどこか。
「人間とは、そういう生き物だ」とゼルディアが静かに言った。
「全員じゃない」とバハムートが返した。
「そうだな」
しばらく沈黙が落ちた。
精霊王シルフィードが小さな声で言った。
「レンくんが助けてくれてよかった」
「ああ」とバハムートが短く答えた。
「あいつは、声が聞こえたから助けた。それだけだ」
「それだけ、か」
「それだけだ。だからいい」
トールが腕を組んで言った。
「次の配信が楽しみだな」
全員が同じ気持ちだった。




