S級探索者からのお誘い
朝、スマホに一件のメッセージが来ていた。
送り主は霧島アリサ。
「今日、渋谷にいるんですが、もしよければ会いませんか。ダンジョンの話とか、色々聞きたくて」
レンはしばらく画面を見つめた。
S級探索者から直接メッセージが来るとは思っていなかった。
(どうしよう)
断る理由は特にない。でも何を話せばいいのか、まったく想像できない。
S級探索者と十七歳のEクラスが、カフェで向き合う図。
(なんか、すごく場違いな気がする)
そう思いながらも、返信した。
「大丈夫です。どこにしますか」
◆
待ち合わせは渋谷駅近くのカフェだった。
レンが入口に着いたのは約束の五分前だったが、アリサはすでにいた。
奥のテーブルに座って、スマホを見ている。
二十歳前後だろうか。背が高くて姿勢がいい。黒髪をポニーテールにまとめていて、私服なのに探索者の雰囲気が自然と滲み出ていた。
目が合った瞬間、向こうから手を上げた。
「神代くん?」
「はい。霧島さん」
「そうです。初めまして、オフラインでは」
向かいに座る。
店員さんが来て、二人ともアイスコーヒーを頼んだ。
「偶然同じですね」とアリサが笑った。
「あ、本当だ」
なんでもないやり取りだったが、少し緊張がほぐれた。
◆
アイスコーヒーが来て、アリサが最初に口を開いた。
「改めて、配信いつも見てます。コメ欄込みで」
「ありがとうございます。霧島さんがコメントしてくれて、びっくりしました」
アリサが苦笑いする。
「私が勝手に見に行ったんで」
「でもS級の方が来るとは思わなくて」
「切り抜き見たら気になってしまって」
アリサはストローをくるくると回しながら続けた。
「正直に言うと、最初は信じてなかったんですよ。EクラスがDランクの個体を倒したって聞いても、まあ負傷個体だし運もあったんだろうって」
「実際そうだと思います」
「でもアーマーベア戦を見て、考えが変わりました」
アリサはレンを真っ直ぐ見た。
「あれは運じゃないです」
レンはなんと答えればいいか分からず、アイスコーヒーを飲んだ。
「……コメ欄のアドバイスのおかげだと思ってます」
「それは否定しません。バハムートさんたちのアドバイスは的確でした」
アリサが少し考えてから続ける。
「でもアドバイスを聞いたからって、あの動きができるわけじゃないんですよ。聞いて、瞬時に判断して、体に伝える。その部分は神代くん自身の話です」
「……そうですかね‥」
「そうですよ」
アリサは断言してから、少し柔らかく笑った。
「自覚なさすぎですよ、神代くん」
◆
しばらく、ダンジョンの話をした。
渋谷第三の特性、地下三階の魔力流量、アーマーベアの鎧の仕組み。
アリサは知識が豊富で、話していてよく分かる。S級というのは強いだけじゃなくて、こういう部分も違うんだと思った。
「霧島さんって、何歳からやってるんですか」
「十四歳からです。計測したらSクラスだったので、事務所に入って本格的に」
「十四歳で」
「早い方ですよ。神代くんは十七歳で始めたんですよね」
「はい。遅い方だと思って」
「Eクラスなら普通はそのくらいか、もっと遅いですよ。というか」
アリサが少し言いよどんだ。
「Eクラスで、単独での探索者活動を選ぶ人、あまりいないんですよ。リスクが高いので」
「そうなんですか」
「普通はパーティを組みます。Eクラスの人は特に。単独だと、ゴブリン一体でも危ない場面がある」
「あ……確かに最初、危なかった気がします」
「今は?」
「今は……なんか、動けてる気がします」
アリサはその答えをしばらく考えるように聞いていた。
「バハムートさんたちのこと、どう思ってますか」
「どう、というのは」
「ロールプレイ勢だと思ってますか、今も」
レンは少し考えた。
「……分からないです。でも、悪い人たちじゃないのは確かで。それだけは分かります」
「私も同じ気持ちです」
アリサがグラスを置いた。
「アドバイスの精度が高すぎる。バハムートさんが罠を見抜いた場面、私も映像で確認してたんですけど、あの角度とあの画質で気づくのはおかしい。現地にいるレベルの情報量じゃないと無理なんですよ」
「言われてみれば」
「言われてみれば、で流せるのがまた不思議なんですが」
アリサが苦笑いした。
「神代くん、大事なことに鈍いですよね」
「よく言われます」
「誰に」
「コメ欄に」
アリサは思わず笑った。
◆
一時間ほど話して、店を出た。
渋谷の夕方は人が多い。二人並んで歩きながら、アリサが言った。
「また会いませんか。定期的に」
「え、いいんですか」
「私が言い出してるんですよ」
アリサが少し呆れたように笑う。
「神代くんの成長、データじゃなくて直接見たくて。研究者の天城さんも気にしてるみたいですし」
「天城さんも?」
「協会内で少し話題になってます。Eクラスの動きじゃないって」
レンはなんとも言えない気持ちになった。
(自分では普通にやってるつもりなんだけど)
「あと、単純に配信が好きなんですよ。コメ欄の常連さんたちも含めて」
アリサが少し遠くを見た。
「なんか、あのコメ欄にいると落ち着くんですよね。うまく言えないんですが」
「分かります。僕もそうです」
「でしょう」
アリサが立ち止まって、レンに向き直った。
「また配信でも、こっちでも」
「はい。ぜひ」
二人は渋谷の雑踏の中で、軽く手を振って別れた。
レンは帰り道、今日話したことを頭の中で整理した。
アリサはさらっと言っていたが、内容は全然さらっとしていなかった。
(Eクラスで単独活動は普通じゃない。アドバイスの精度がおかしい。僕の動きがEクラスじゃない)
全部、言われてみれば確かにそうだ。
でもなぜかあまりピンと来ない。
(なんでだろう)
自分のことなのに、どこか他人事のような感覚がある。
まあいいか、と思いながら、レンは家に向かって歩いた。
夕暮れの渋谷は、今日も賑やかだった。
◆
その夜。
アリサは自室でスマホを開いた。
今日のメモを見直す。
神代レン。Eクラス初級剣士。十七歳。
直接会って分かったこと。
嘘をついていない。自覚がない。それが一番確かだ。
アーマーベア戦の動き、雷魔法の習得速度、バハムートたちのアドバイスへの反応速度。
全部、Eクラスの説明がつかない。
でも本人はまったく気にしていない。
(気にしていないというより、疑問自体が浮かんでいないみたいだった)
アリサはスマホを置いた。
天城さんのデータと合わせて考えると、何かが見えてくる気がする。
でも今日のところは、そこまでだ。
アリサは配信のアーカイブを開いた。
コメ欄の常連たちが、今日も賑やかにしている。
「……本当に何者なんですか、みなさん」
独り言が、静かな部屋に溶けた。
◆
異世界のどこか。
精霊王シルフィードが嬉しそうに言った。
「アリサさん、いい人だったね!」
「そうだな」とバハムートが静かに答えた。
「レンくんのこと、ちゃんと見てくれてる」
「Sクラスの剣聖だ。目は確かだろう」とゼルディアが言う。
「バハムートさんたちのアドバイスがおかしいって気づいてましたよ」とシルフィードが続けた。
「気づいていたな」
「大丈夫ですか」
「構わん」とバハムートが短く答えた。「気づかれても、困ることは何もない」
「それもそうか」
トールが腕を組んで言った。
「あの娘、レンの周囲に必要な人間だ」
「同意する」とソフィアが静かに言った。「強さも、知識も、視点も。レンに足りないものを持っている」
しばらく沈黙が落ちた。
バハムートが最後に言った。
「良い出会いだった」
それだけだったが、全員が同じ気持ちだった。
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