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同接0人のEランク探索者ダンジョン配信、なぜか神様や魔王様が見ている件 〜コメント欄が古代龍や魔王とかなんだが〜  作者: 仁科異邦


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Cランクボスとの戦い


 朝、目が覚めた瞬間から、胃のあたりがざわついていた。

 緊張、というより、なんだろう。

 高揚感に近い何かだ。

 レンは布団の中で天井を見つめた。

(Cランクのボス。対して自分はEランク。普通に考えたら無謀だ)

 でも不思議と、怖いという感覚があまりない。

 三日間の準備で、やれることはやった。

コメ欄の常連たちから情報をもらって、装備も整えた。雷魔法の感触も、最初より格段によくなっている。

(やれるかどうかは、行ってみないとわからない)

 それだけだ。

 レンは起き上がって、準備を始めた。



 配信開始。

 今日の同時接続は最初から五百を超えていた。


【古代龍バハムート】が入室しました

【魔王ゼルディア】が入室しました

【精霊王シルフィード】が入室しました

【戦神アレス】が入室しました

【死神ネクロス】が入室しました

【賢神ソフィア】が入室しました

【雷神トール】が入室しました

【kirishima_arisa】が入室しました


【新規さん】:全員来た!!

【新規さん】:今日ボス戦じゃないですか!!

【精霊王シルフィード】:来たよーー!!!!

【古代龍バハムート】:始まるか

【魔王ゼルディア】:待っていた

【kirishima_arisa】:おはようございます。今日見届けます

【雷神トール】:準備はいいか


「おはようございます。準備はできてます」

 レンは自分の声が、いつもより落ち着いていることに気づいた。

 緊張しているはずなのに、指先は震えていない。

(なんでだろう。コメ欄で応援してくれる人がいるから、かな)


【戦神アレス】:行け

【死神ネクロス】:今日は仕事にならないことを祈っている

【新規さん】:死神さんがいると緊張感が増す

【新規さん】:でも毎回仕事なしで終わってるから大丈夫な気がする

【死神ネクロス】:過信は禁物だが……まあそうなるといいな


「死神さんに優しいコメントをもらえる日が来るとは」


【死神ネクロス】:私はいつも優しい

【戦神アレス】:そうは見えない

【死神ネクロス】:うるさい、狩るぞ


 レンは小さく笑って、ダンジョンへ向かった。

 地下三階、北エリア。

 通路を進むにつれて、空気が重くなっていく。

 三日前に感じた気配が、今日はもっとはっきりわかった。

(大きい。でかい。分かっていたけど、近づくと違う)

 足音を殺して進む。

 ダンカメが後ろでふわりと浮いている。

 レンは自分の呼吸を整えた。

 吸って、吐いて。ゆっくりでいい。


【賢神ソフィア】:鎧の継ぎ目は首の後ろと脇腹。覚えているか


「覚えてます」


【古代龍バハムート】:焦るな。お前のペースで戦え


(バハムートさんが先にそれを言ってくれた。ありがたい)

「はい!」


【雷神トール】:雷は一発目を確実に当てろ。牽制に使うな

【精霊王シルフィード】:レンくん、大丈夫だよ!!

【新規さん】:同接六百超えた

【新規さん】:みんな固唾を飲んで見てる

【kirishima_arisa】:落ち着いて。焦らなければ大丈夫です


 二十メートル。

 十五メートル。

 十メートル。

 暗闇の中に、影が見えた。

 でかい。


 アイアンウルフの比じゃない。体長三メートル近い熊型の魔物。全身を覆う魔力の鎧がうっすらと光っている。

(……これが、アーマーベア)

 レンの心臓が跳ねた。

 でも足は止まらなかった。



 気配を察したアーマーベアが、ゆっくりと顔を上げた。

 目が合った。

 一瞬の静寂。

「来る」

 アーマーベアが地面を蹴った。

 予想より速い。

 レンは即座に横へ跳んだ。爪が壁をえぐる轟音が耳をつんざいた。

(速い、でも読める。動き出しの瞬間、重心が前に傾く。次も同じはず)


 着地と同時に右手に意識を集中した。

 雷が集まってくる感触。

 でも今じゃない。まだ距離が遠い。


【古代龍バハムート】:焦るな


(分かってる)

 アーマーベアが再度突進してきた。

 今度は正面から。

 レンは真横ではなく、斜め前に跳んだ。

 アーマーベアの突進に乗るように、すれ違う形で懐に入る。

 首の後ろが見えた。

(継ぎ目、あった)

 剣を叩き込む。

 がきん、という金属音。

 弾かれた。

「くっ……」

 鎧が硬い。剣だけじゃ通らない。


【賢神ソフィア】:剣だけでは無理だ。雷と同時に使え。魔力が鎧を薄くする


(雷で鎧を弱らせてから剣を入れる。なるほど)

 アーマーベアが体勢を立て直して振り返る。

 レンは距離を取りながら、右手に雷を集め始めた。

 じりじりと。じっくりと。

(焦るな。一発目を確実に)

 アーマーベアが再び突進してきた瞬間、レンは動いた。

 横へ跳びながら、すれ違う瞬間に脇腹へ向けて雷を放つ。

 どかっ、という重い音。

 アーマーベアが怯んで足を止めた。

 今だ。

 レンは即座に踏み込んだ。

 脇腹の継ぎ目に、剣を押し込む。

 今度は弾かれない。

 ずぶりと、刃が通った。

 アーマーベアが低く唸った。


【精霊王シルフィード】:入った!!!

【新規さん】:うわあ!!

【kirishima_arisa】:いい判断!


 でも終わらない。

 アーマーベアが怒りで動きが変わった。

 さっきより速い。さっきより荒い。

 レンは後退しながら、息を整えた。

(落ち着け。傷は入った。もう一回同じことをやればいい。焦らなければ)

 でも手が少し震えていた。

 アドレナリンか、恐怖か、分からない。たぶん両方だ。


【古代龍バハムート】:震えているか


「……少し」


【古代龍バハムート】:それでいい。震えが消えたら感覚が鈍くなる


(震えていていい、か)

 その一言で、なぜか体が落ち着いた。

 震えていていい。怖くていい。それでも動ける。

 レンは剣を握り直した。


 アーマーベアの攻撃が来る。

 右の爪。

 レンは体をひねって避けた。

 続けて左。

 後退しながら受け流す。

 アーマーベアは傷を負っても動きを止めない。パワーはまだ衰えていない。

(次で決める。雷をもっと集めて、一気に)


 レンは壁を背にした。

 退路はない。でも意図してそうした。

(ここで逃げたら距離を取られる。ここで決める)


【戦神アレス】:そこだ

【古代龍バハムート】:行け


 アーマーベアが最後の突進を仕掛けてきた。

 レンは動かなかった。

 来る、来る、来る――、今だ!

 全力の雷を、正面から叩きつけた。

 どがんっ、という音が、通路全体に響いた。

 アーマーベアの動きが一瞬止まる。


 鎧が弾けるように割れた。

 レンは半歩踏み込んで、剣を首の継ぎ目に押し込んだ深く、確実に。

 アーマーベアが、ゆっくりと崩れ落ちた。

 床に倒れて、光の粒子になって、消えた。


 レンはその場で膝をついた。

 息が上がっている。手が震えている。足も震えている。

 でも。

「……はぁはぁ、倒せた」


【精霊王シルフィード】:やったやったやった!!!!!!!!

【古代龍バハムート】:……よくやった

【魔王ゼルディア】:見事だ

【雷神トール】:合格だ

【賢神ソフィア】:完璧な戦い方だった

【戦神アレス】:よし

【死神ネクロス】:今日も仕事なしだ。本当によかった

【kirishima_arisa】:すごい……EランクがCランクボスを……



【新規さん】:え、え、え

【新規さん】:EランクがCランクボス倒した!?

【新規さん】:同接八百超えた

【新規さん】:コメ欄の常連たちも全員興奮してる

【新規さん】:このチャンネルやばすぎる


 レンはしばらく、その場から動けなかった。

 膝をついたまま、荒い呼吸を繰り返す。

 全身が疲れている。

 でも、変な達成感があった。

(倒せた。Cランクのボスを、倒せた)


 三日前の自分なら、絶対に無謀だと思っていた。

 でも常連たちがいて、準備があって、少しずつ積み上げてきた結果が、ここにある。

「ありがとうございます、みなさん」


【精霊王シルフィード】:レンくんが頑張ったんだよ!!

【古代龍バハムート】:礼はいらない。お前自身の力だ

【魔王ゼルディア】:次はもっと強くなるだろうな

【雷神トール】:ああ。これはまだ始まりだ


「始まりか……」

 レンはゆっくりと立ち上がった。

 足がまだ笑っている。それでも立てた。

 ドロップアイテムを拾う。

 魔力結晶、Cランク相当のもの。協会に持っていけばそこそこの値段になる。

「帰ります。膝が笑ってますけど、歩けます」


【kirishima_arisa】:本当に……この人、何者なんですか

【kirishima_arisa】:バハムートさん、知ってますか

【古代龍バハムート】:…………

【古代龍バハムート】:さあな

【kirishima_arisa】:(絶対知ってる)

【新規さん】:アリサさんの括弧書きが一番鋭い


 配信終了。

 本日の最終同時接続数:九百四十二人。

 チャンネル登録者数:一千二百八十一人。

 ボス戦の切り抜きはすでに各SNSで拡散され始めていた。

 タイトルは「登録者数百人のEランク探索者、Cランクボスを単独討伐」。

 レンはそれを確認して、スマホをポケットにしまった。

(一千人を超えてしまった)


 一週間前、三人だったのに。

 不思議な気持ちだった。

 変わったのは自分じゃない気がする。ただ毎日潜って、慎重に進んで、コメ欄の人たちと話していただけだ。

 それだけなのに、何かが積み重なって、今日ここにいる。

(続けてよかった)


 それだけがはっきりと分かった。



 異世界のどこか。

 しばらく誰も喋らなかった。

 精霊王シルフィードだけが、ずっとそわそわしていた。


 最初に口を開いたのはバハムートだった。

「……本当に、普通じゃないな」

「分かっていたことだろう」とゼルディアが言った。

「分かっていたが、改めて見ると違う」

 雷神トールが静かに言った。

「あの終盤の雷。私が与えた加護の限界を超えていた」

「どういうことだ?」と戦神アレスが眉を上げる。

「つまり、私の加護なしでもあの出力が出せる、ということだ。加護は引き金に過ぎなかった」

 沈黙が落ちた。

 賢神ソフィアが静かに続けた。

「器が、溢れ始めている」

「まだ本人は気づいていない」

「ああ。だからこそ、今が一番面白い」

 バハムートは窓の外を見るような仕草をした。


「次はどんな配信になるか楽しみだ」

 それは問いかけというより、独り言だった。

 でも全員が同じことを思っていた。


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