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PROLOGUE ~マックススピード~

 猫の2、3歩後方に立ち、助走をつける。猫の真左に強く足を踏みしめる。大きく後方に突き出した右足を、軸足の勢いままに前方に押し出す。遠心力に乗って足の重みが、ぶん、とエネルギーに変換される。風を切る皮膚の感覚と、重力から解き放たれた剛体の感覚がとても心地良い。


 目標は、呼吸で膨らんだ、毛艶の良い真っ白な野良猫のお腹。上半身の腰の捻りを勢いままに、スパイクシューズを振り上げる。ただ、蹴りつけるだけではない。猫を遠くへ飛ばすには『蹴り上げる』必要がある。足の重さにスピードを乗せ、猫の重心を射出方向へと正確に貫く。高校物理で学んだ、質量×加速度=力、を、全て、ロスなく猫へと伝える―――!


 右足は、遂に猫の腹へと届く。鶏肉を皮で包んだゴムボールのような蹴り心地だ。スパイクシューズの表面と動物の毛皮の間に、滑るような摩擦を感じる。


 蹴り付けてから暫くは、猫の重さを靴の上に感じ続ける。ぐっと凹んだ猫の腹が、シューズの形に沿って変形する。靴越しにも関わらず、ぐにりとした暖かさを足の筋肉伝いに感じる。猫がひしゃがれた声を上げる。


 だが、本当の快感はここから訪れる。猫の反射神経は並大抵ではない。腹に衝撃を受けた段階で、寝ていた猫は異常事態を察知する。脳から放たれた危険信号は全身へと伝えられ、即座に筋肉を動かす。その速度は人間の40倍とも言われている。


 猫はよく液体と表現される。仮に3階から落下したとしても、無傷で着地することができる。これは、全身に受けた衝撃を受け流し、身体へのダメージを最小限に保てるためだ。


 この猫は同様の方法で、靴からの衝撃を受け流そうと試みた。具体的には、後ろ足で地面を蹴り、後方に仰け反る形で靴の進行方向から逃れようとしたのだ。実際、その目論見は半分は成功していた。猫は地面を蹴り、真上の方向へ強力な初速を得た。後はつま先で、仰け反るためのモーメントを僅かに得るだけだった。


 しかし、僕は足を30度ほど回転させ、猫の後ろ足を地面から遠ざけた。後ろ足に、踏ん張るだけの接地面が無いことに気付いた猫は、疑問符にも似た鳴き声を漏らす。


 そう。この瞬間だ。支点を失った猫が、『液体』から『物体』へと性質を変える瞬間。猫が衝撃を回避できなくなったこの瞬間。


 猫と靴。異なる2つの物体が、今、一つになる。猫のジャンプ力と、勢いよく前方45度に蹴り上げられた靴のベクトルが合わさり、どちらか単独では決して成し得なかった速度へと勢い付く。


 マックススピード。


 ボチャン、と音がした。猫の体は、摩多川の波紋の中に消えていった。


 30m。


 僕は、ガッツポーズをした。

つづく

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