弟と婚約者が裏切ったので、二人まとめて終わらせましたー守りたいもののためには冷酷に計算できる令嬢の話―
ざまぁ展開を一回書いてみたかった。できるだけシリアス寄りにしたつもりです。
ええっと……私は今何を見ているの……?
ここは私の寝室。そして、ベッドにいるのは……。
「お姉さま!」
弟のロランと。
「アアアアアメリア!?」
私の婚約者ユリウスが仲よく裸でベッドにいた。
いや、まじで何してんの……?
呆然とする私に顔面蒼白の二人。
「……あの、まずは二人とも服を着てくれるかしら……?」
至極まっとうな私の要求に、ロランがシーツを握りしめたままポロポロと泣き出す。
社交界でも指折りの美少年の我が弟の涙を流す姿はそれはそれは美しく、こんな状況でなければ駆け寄って頭を撫でたくなるほどだ。
けれど今は、そんな姉としての慈悲を向ける気にはなれなかった。
「……ロラン、泣かなくていいのよ。あなたは何も悪くないわ。ねえそうでしょう……?」
「お姉さま……」
「どんな理由であっても絶対許さないから」
私の言葉にロランもユリウスも顔が真っ青になる。
「では、邪魔をしてごめんなさいね」
以前から、このバカ婚約者がロランにいかがわしい視線を向けていることは分かっていた。
うちに来て、ロランがあいさつをするたびに、そういう視線を向けていることは分かっていたが、さすがに手を出すような真似はしないだろうと思っていたのに!
だけどまさか本当に手を出すなんて。
しかも私の寝室でことに及ぶなんて発情期の魔獣か。
できる限り柔らかく、微笑んでみせる。
「ユリウス様」
冷えきった私の声の温度に、ユリウスがビクリと肩を揺らした。
「ア、アメリア、それは――違うんだ、これは、その……!」
「言い訳は不要ですわ」
私は扉の方へと歩き、振り返らずに告げた。
「我が父にお伝えしてきますわ。あなたと私の弟が“婚約者以上の関係”にあったと」
「ま、待てアメリア!」
「ご安心を。公の場では、婚約破棄の理由は“病”にいたしますわ。……ええ、あなたの心の病、ということで。それからお分かりだとは思いますが、ロランは我が伯爵家の跡取りです。……同じ伯爵家の跡取りであるユリウス様ならこの意味がお分かりになりますわよね?」
私の言葉に絶句している気配がしたが、私にはすぐにやらないといけないことがある。
静かに扉を閉めた瞬間、ようやく自分の頬に熱が差した。
涙か、怒りか、もうわからない。
ただひとつ確かなのは――あの瞬間、私の中でユリウスという名の男が完全に“終わった”ということだけ。
そのまま、書斎にいるお父様の元へ行き、たった今見たものを包み隠さず報告すると顔を赤くしたり青くしたりと忙しいお父様だったが、立ち上がりものすごい勢いで私の部屋に向かった。そのあとを追いかけた私が見たものは、何とか服を着た二人が窓から逃げようとしていたのをお父様に捕まった姿だった。
「ユリウス殿!ロラン!どういうことか説明してもらおう!!」
わぁ……怒髪天を衝くってこういうことかしら……。
お父様を前に二人とも子犬のように震えてちょっとかわいそうだけど、同情なんかしてませんよ。
「ア、アメリア……!」
ユリウスがお父様の背後にいる私に助けを求めるように必死に言い訳しようとするが、父の怒声にかき消される。
「お前たち、私の屋敷で何をしておるかと聞いているんだ!!」
ロランは目を潤ませ、ユリウスは顔を真っ赤にして座っている。
私は扉のそばで微笑みを浮かべるだけ。怒りを表に出さず、冷静に状況を見極める。
父が二人を問い詰める声は雷鳴のようだ。
そして、私は心の中で思う――
あなたたちがどうなろうともう私にはどうでもいい。
ユリウスの表情が青ざめ、ロランの涙が父の怒りと相まって、完全なる“終わりの光景”となった。
その場で静かに私は一歩下がり、ドアを閉めて二人を見捨てた。
そのまま父はロランを廃嫡とし、伯爵家は私が継ぐことになった。
幸い、ロランと一緒に父に教えてもらう形で領地経営について勉強していた私はロランより領地経営についてよく分かっていたし元々ユリウスと結婚したら向こうの領地経営を手伝うことになっていたので、能力的に私が実家を継ぐことには問題ない。
廃嫡されたロランは身の回りのモノだけをトランクに詰めて屋敷を出され、ユリウスを頼って向こうの実家に行ったみたいだが、もうどうでもよい。
好きの反対は無関心、というが、その通りだった。
あの瞬間までは、私は確かに婚約者としての情がユリウスにあったし、ロランはとりあえず可愛い弟だった。
だけどあの瞬間、完全に私の何かが凍結されたのだ。
それは「情」と言われる、心を作るものだったのだと思う。
すぐさま、お父様主導で私とユリウスの婚約破棄に話が進み、我がパストール伯爵家は、ユリウスのヨーガヴィオ伯爵家から多大な慰謝料をもらう形で決着がついた。
ここまでは私の計画通りだった。
私とロランは血が半分しか繋がってはいない。
私の本当のお母さまは私が5歳の時に病気で亡くなった。
そのあと1年ほどして、お父様は国王陛下のとりなしで、とある子爵家の令嬢を後妻として娶った。
新しいお母さまはとても美しくて優しい方だった。私もすぐに懐いた。その後、弟が生まれた。
ロランと名付けられた赤ん坊は母の美貌を受け継ぎ、天使のような弟だった。
彼は幼いころから私の宝物であり、誰よりも守りたかった。
6歳年下の弟を私は思い切り可愛がった。
天使のように可愛らしい美少年に成長したロランは、デビュタント前から社交界では評判だった。
デビュタントはこの国では12歳と決まっており、ロランも12歳で社交界にデビューした。すると瞬く間に、圧倒的に美少年のロランの元には夜会やお茶会のお招きが殺到した。
貴族社会にはそういった趣味の貴族もおり、無邪気で美しいロランに艶めいた視線を向けるものも多く、家族で参加する社交場では私もお父様もお母様も警戒を緩めることはなかった。そのせいか、視線がきつい令嬢だと言われることになったが、ロランを護るためならそのくらいのことは小さなことだった。
ロランが思春期を迎えたころ、私の婚約が調った。お相手は同じ伯爵の家格の同い年のユリウス・ヨーガヴィオだった。
可もなく不可もなく、普通の相手だと思った。
それでも婚約したからには歩み寄って心を寄せようと努力したし、向こうも私のことを婚約者として大事にしてくれた、と思っていた。だからそれなりに信じていたのだ。たとえ私の家へ来るたびに、挨拶に来るロランに艶めいた視線を向けていることに気づいていても、信じようと思った。
それなのに――彼は、あの子に手を伸ばした。
お父様は怒り心頭、お母さまも真っ青になっていたが私に申し訳ないと項垂れていた。お母様は、大事な息子のはずのロランにどのような罰が下されても仕方ないと呑み込んでくれた。
だけど私はこうなったことを別に驚いてはいなかった。
だって、ロランはそういう子なんだもの。
特別甘やかしたわけでもなく、厳しくしすぎたわけでもない我が家の教育方針だったが、ロランは自分の美貌の使い方をよくわかっている子で、それはもう持って生まれたもの、としか言いようのないしたたかさをその美貌の下に持っていた。
ロランの専属の侍女は、ロランの美貌に惑わされ、何度替わったかもう数えきれない。
昔、あの子についていた侍女が、あの子の髪をすいている時に櫛を絡ませてしまって、あの子の髪をたくさん抜いてしまったことがあり、慌てて謝った侍女を表向きは許した。だが、その侍女はすぐに暇を出された。ロランが「あの侍女に乱暴されそうになった」と告げ口をしたからだ。天使のようなロランが涙ぐみながら訴えたものだから、誰も疑わなかった。知っているのは私だけだ。侍女は、そんなことをする子ではない。だって、彼女は私の友達でもあったのだから。
あの子は自分の美しさが武器になることを十分に分かっていた。それなりに地頭も良いので勉強もそこそこはできたが、私はこの子に将来的に領地の領民たちを預けることがどうしても不安だった。
何か自分にマイナスのことがあったら、領民を守らず、自分だけ逃げるような酷薄さがある子だと分かっていたから。
お父様やお母様はごまかされていたが、私はロランの酷薄さに気づいて危険を感じていた。
だから、ユリウスのもとに嫁いだ後も領地経営の手伝いができるように、とお父様にお願いして勉強を続けていた。嫁ぎ先だけでなく、いざとなったら、実家の手伝いもできる、と考えてのことだった。
ロランにこの家を任せたら、領民は守られず、私は実家を失う――それを防ぐための今回の決断だった。
ユリウスの裏切りも、ロランの性質も、すべては計算通り。
愛でも情でもなく、冷静な知略――。
それこそが、私がこの家を守るために持つべき武器だった。
私が留守の時にユリウスが訪ねてくるのは初めてのことではなかった。都度、ロランが相手をしてくれていたようで「近い将来、私の義理の兄上になるかたですし、同じ家督を継ぐもの同士としてユリウス殿とお話しするのは良い勉強になります」と家族の前で天使の笑顔で言うロランの裏の企みに気づいていたのはきっと私だけ。
ユリウスを誘惑し、彼を篭絡して私との婚姻ののち、ヨーガヴィオ伯爵家まで己がものにしてしまおうという魂胆だったのだろう。向こうの家には、我が家にはない王宮との繋がりがあったからね。
ユリウスは王宮での職にも就いており、普段の領地経営は私に任せるつもりなのもロランは知っていた。
だから、ユリウスさえ落としてしまえば、姉である私など簡単に操れると思ったのだろう。
まあ私はユリウスの前では従順な婚約者の顔を崩さなかったからね。ロランの前では弟に甘い姉を貫いていたし。
可愛い顔をして、手練手管を駆使して、自分の美貌で周囲を操る――この子を跡取りにしたら、領地民を守るどころか、この家そのものも私の手の届かぬところに行ってしまうだろう。
それが分かっていたから、今回の婚約破棄とロランの廃嫡は、まとめて必要な策だった。
ユリウスが手を出したことも、ロランの小悪魔ぶりも、すべて私の計算の中。
愛でも情でもなく、ただ冷静な知略――
それが、私がこの家を守るために必要な唯一の武器だった。
「誤解なんです、お姉さま!申し訳ありませんでした!」
泣きはらした顔で私の前で膝をつくロラン――平民に冷たい目を向ける。
今日は領内の巡察で街に来ていた。
そんな私のもとに馬車を降りた直後、滑り込むようにこの子が来たのだ。
街の中で何をしてるのかしら、この子。周りの視線が痛いんだけど。
まあボロボロの姿でも天使のような容貌の美少年が、目つきの悪い令嬢に謝ってる姿なんて、まあこっちが悪いのかと思われても不思議ではないけど。
でも、私には分かっている。
彼のその小悪魔ぶりも、今のこの状況も、すべて計算の外の出来事ではない。
どうすれば自分に同情の目が向くか、味方が増えるかよくわかっているのだ。
……ならば私がやることは決まっている。
これだけはできればしたくなかったけれどもう仕方ないわ。
「立ちなさい、ロラン」
許されたと思ったのか、笑顔でロランが立ち上がる。
これだけ薄汚れていてもそれでもとんでもない美少年と分かるのはさすがと言うべきか。
「あなた、今はどこで寝泊まりをしているの?」
「……今は街の簡易宿泊所みたいなところで寝泊まりしてます」
そう、ユリウスの家はロランを切り捨てたとみて間違いなさそうね。
「そう。なら、馬車に乗りなさい。荷物は今持っているもので全部かしら?」
「は、はい!」
パッと光がこぼれるような笑顔を見せる。
馬車に乗り、私の前に座ったロランは深く頭を下げた。
「お姉さま……あの、ユリウス殿とのことは誤解なんです……。どうか私の話を聞いてください」
「そう。では一応聞いてあげるわ」
「は、はい!あの……お姉さまには言えませんでしたが、その、以前からユリウス殿に……迫られるというか、その、お姉さまとの婚姻後に愛妾にならないか、などと言われていまして……」
「ふうん」
「もちろんお断りしました!私はパストール伯爵家を継ぐ身であるし、ユリウス殿はヨーガヴィオ伯爵家をお姉さまと結婚して継ぐ身であるのだから、と」
「……」
「ならば一度で良いから私をその……」
「抱きたいと?」
「……そうです。それですべて諦めるからと。それでお姉さまがいないときにあのような……」
「どうして私の寝室だったの?」
「そ、そのほうが……その、興奮するからと……ユリウス殿が……」
「ふうん。それで?あなたも興奮した?」
「な、何を言うんですか、お姉さま!ありえません!」
ロランは真っ赤になって叫んだ。
その頬に浮かぶ羞恥も涙も、昔なら私の心を少しは揺らしたかもしれない。
けれど今は、何一つ響かない。
「……あなたね、ロラン」
「……はい?」
「その台詞、三年前に侍女のエリスとの関係がバレた時にも私に言ってたわよ」
「……え?」
「“ありえません”“誤解です”――あなたの得意な言葉ね」
ロランの瞳が一瞬だけ揺らいだ。その瞬間、私は確信する。
やはり、何も変わっていない。
「ロラン、あなたはもう“弟”ではないわ。我がパストール家の後継ぎでもない。でも、私の“領民”には戻れる。
罪を償いたいなら、領の孤児院の仕事を手伝いなさい。孤児院には私から話を通してあげるわ。真面目に孤児院の子供たちの面倒を見て、仕事をして、子供たちに慕われるようになったら、次はもう少し違う仕事を斡旋してあげましょう」
「えっ……」
「これがあなたへの罰よ。だから励みなさい。もし孤児院での仕事を怠ったら、よりひどい罰が待っていると思いなさい」
ロランの口が何か言おうと動いたが、言葉にはならなかった。そのまま彼を孤児院近くに降ろす。
私が窓の外を見やると、冬の風が木々を揺らしていた。
すべてが静かに、終わりへと向かっているように感じた。
それから数日後。
もう一つ残された仕事をするために私はとあるものを持って、約束の時間より少し早くヨーガヴィオ伯爵家へ向かった。
今日は慰謝料についての話をするための約束があったのだ。
護衛もつけていなかったが、伯爵家は私の来訪を受け入れてくれた。
「これはアメリア様、お約束のお時間には少し早いようですが……」
執事のクレイシスさんが出迎えてくれた。
「ええ、少しお話ししたいことが増えまして……」
「かしこまりました、では旦那様と奥様にお伝えしてきます。応接間にご案内しますね」
「ありがとう、よろしくね」
多分、ここに来るのも最後になるわね。
少し感傷めいた気持ちで見慣れた応接間を見回していると、ヨーガヴィオ伯爵と夫人がいらっしゃった。
お二人ともまだ憔悴していて、今からさらに悲しませるのかと思うと申し訳なくなる。
「アメリア様、いらっしゃいませ、この度はその……愚息が大変申し訳ないことを……」
「いえ、伯爵と夫人が悪いわけではありませんわ。ところでユリウス様はどちらに?」
「あれは今、部屋に鍵をかけて閉じ込めております」
「まあ」
「今は静かにしておりますが……」
「では良かったですわ。お二人とも心労で大変な時に押しかけて申し訳ございません。うちの愚弟が迷惑をおかけしたことを私からもお詫び申し上げますわ」
私が深く頭を下げると、お二人は慌てた。
「アメリア様は何も悪くないではありませんか!悪いのはうちの愚息です!」
「そもそも、お二人はユリウス様に今回のことをどのように聞いていらっしゃるのですか?」
これが今日の私の訪問の目的だった。
私の言葉に、伯爵夫妻は顔を見合わせ、さらに表情を曇らせた。
「……愚息は、その、貴女の弟君であるロラン殿に、その場の勢いで、つい、と……」
伯爵が口ごもる。
「酒に酔っていたと申しておりました」
と夫人が付け加えた。
ふう、と私は内心でため息をつく。予想通りの展開だった。ユリウスは自らの立場を守るため、事態を矮小化し、「事故」に見せかけようとしたのだろう。
「なるほど。ユリウス様は、ロランを一方的に誘惑したり、無理やり腕ずくでことに及んだ、というわけですね?」
私の問いかけに、夫妻は首を縦に振った。
「はい。ユリウスは、酔った勢いで過ちを犯したと……ロラン殿は被害者であると、私たちにはそう申しております」
「ロランを被害者だと。ユリウス様もなかなか口が回りますわね」
ユリウスの言い分は、この状況で最も穏便に、かつロランを刺激せずに済む「最低限の嘘」だった。
私は静かに紅茶を一口含むと、手元に持っていた小さな包みをテーブルに置いた。
包みを開くと、中には小ぶりだが精緻な細工の施されたブローチが入っていた。鮮やかな青い石が埋め込まれ、ヨーガヴィオの家紋が刻まれている。
「これは、ユリウス様が私に婚約の際に贈ってくださった品です。当時、これを頂いて、ユリウス様は婚約者に気遣いのできる真面目な方だと信じました」
夫妻の視線がブローチに釘付けになる。
これを私に贈った頃は真面目でしっかりとした後継ぎであったのに、という悔恨の視線だった。
「お二人にご報告すべきことがございます。ユリウス様が私共の屋敷で事に及んだその日、2人は私の寝室にいたのです」
「え……?」
夫人の顔から血の気が引く。
「ロランの部屋ではなく、私の寝室でした。そのほうが興奮するからとユリウス様に言われたとロランは言っておりました」
二人の顔色が赤くなったり青くなったり忙しい。
「そ、そんな……!そのようなことを……!?」
伯爵が叫んだ。
「……ですが、私はユリウス様からではなく、ロランから誘ったのだと思っております」
「え、アメリア様……?」
「二人が関係を持ったのは確かでしょう。ただ私は今回が初めてであったとは思えないのです」
「今なんと……?」
「ロランは、その美貌と頭の良さで、周囲の好意を自分のために使うことに長けています。今回の件は、ユリウス様の愚かさを利用した、ロランによる計算された狡猾な計画だったと、私は考えております。ユリウス様を己の良いように使うための」
私はロランの過去の侍女の件を話す必要はなかった。ただ、ロランの「したたかな狡猾さ」という爆弾の存在を匂わせれば十分だった。
伯爵は顔を真っ青にし、夫人も涙を浮かべながら口元を押さえている。
ユリウスがロランに魅せられたこと自体は理解できる。だが、その裏に隠されたロランの目的を知れば、彼らはロランを「危険人物」として認識せざるを得ない。
「我が家は、このロランの恐るべき本性に気づき、領民を守るために廃嫡という断を下しました。パストール伯爵家は私が継ぎます」
私は続けた。
「このブローチをお返しすることで、私とユリウス様との全てを清算したいのです。今、お父様が私の次の婚約者を探してくださっています。婿入りしてくれる方を。婚約破棄という貴族令嬢としては瑕がついてしまいましたが、私は領民たちのために頑張るつもりでおります。それで今日、こちらに伺いましたのは、ヨーガヴィオ伯爵家を継ぐのはどなたになるのかお伺いしたかったのです。今後、隣の領地でそれぞれ協力することもあるでしょうし。慰謝料もかなりいただきましたし、これできちんと手打ちにするために」
つまり、この慰謝料は「婚約者への裏切り」の代償であると同時に、「ロランを貴族社会から排除した協力の対価」という意味合いも含んでいる、ということを伝えたのだ。これで、ヨーガヴィオ伯爵家が後から慰謝料の額に文句をつける余地は一切なくなる。
まあつけるつもりもないでしょうけど、念には念を入れるのは領地を守るものとしては当然だ。
「我が伯爵家の家督は、私の妹の三男を養子にとって、近いうちに家督を継ぐ教育を始めることになっております。落ち着きましたら、どうか交流してやってくださいませ」
「かしこまりました。改めてご紹介くださいませ」
これを確認できたなら十分だ。
「ユリウス様の心の病は、ロランの策略によって悪化した、ということに対外的にはいたします。ロランの美貌は社交界ではよく知られておりますので、ロランの評判が落ちるだけで済むでしょう。こちらの家の家名にはさして影響はないかと。どうか、ユリウス様をこれ以上問い詰めず、ご療養させてあげてください。ロランはすでに我が家を出て、領内の孤児院で贖罪の仕事を命じておりますので、二度とユリウス様の前や社交界に姿を現すことはございません」
伯爵夫妻は、ロランの恐ろしい計画に打ちのめされていた。彼らに残された選択肢は、私の提示した筋書きを受け入れ、静かにユリウスの「病」による婚約破棄を対外的に成立させることだけだった。
「アメリア様……貴女には、本当に……」
伯爵は、謝罪の言葉の代わりに、ただ深く頭を下げることしかできなかった。
私は静かに立ち上がり、応接間を出た。
ヨーガヴィオ伯爵家の門を出た瞬間、私はようやく安堵した。
これで、ユリウス様とのことは全て終わった。
愛も情も捨てた私に残されたのは、伯爵家当主となる揺るぎない未来だけだった。
その後、ユリウス様の心の病が理由での廃嫡と私との婚約破棄が大々的に発表され、我がパストール伯爵家はロランの廃嫡からの私を次期当主とすることも発表され、お父様が右往左往せずとも婚約の申し込みが山のように来た。
あの時「領内の巡察で街に来ていた」私と別れ、孤児院での仕事を命じられたロランは、数日経っても一向に孤児院に姿を現さなかった。
私は、その報告を聞いて、窓の外に視線を向けた。
「……そう」
侍女は戸惑った顔で立つ。
「アメリア様、よろしいのですか?ロラン様は約束を破りました」
「そう、ね」
私は小さく微笑んだ。
「ロランは、あのとき私に助けを求めたんじゃないわ。領民たちの目の前で私に膝をつき、私に同情を強いたの。そして、孤児院の仕事を与えられることで、『お姉さまは私を許してくれた』という既成事実を作り、いずれまた我が家に戻ってくるための足がかりを得ようとした」
ロランの美貌は、彼にとって最強の武器であり、その武器を使える場所でなければ、あの子は絶対に耐えられない。
土と汗にまみれた孤児院の仕事など、彼のプライドが許さないだろう。
だから、あの子には「次」の仕事場を用意してあげた。あの子の美貌が何よりも必要とされる場所だ。
「あの子は今頃、私の影に捕らえられて当初の約束通りの場所へ送られたはずよ。おそらくそろそろ報告も来るわ」
「アメリア様……?」
「お父様とお母さまも了承されていることだから問題ないわ」
私は立ち上がり、静かに口を開いた。
「孤児院には、ロランが来なかったことを確認した、申し訳ない、とだけ伝えなさい。併せて、ロランを引取ってくれる時に約束したお金は色を少しつけて届けてちょうだい。迷惑料として。それ以上は不要よ」
「かしこまりました……」
私の心には、一切の迷いがなかった。
ロランは、あの子は私の「領民」として生きる道すら自ら捨てたのだ。
今頃あの見た目だけが武器の弟は、遠い国に向かう船の中で脅え泣いているだろうか。
だけど、それがあなたの選んだ道よ、ロラン。
大丈夫、これからあなたが行くのはこれから我が国と貿易を始めてくれる香辛料が豊かな国で、我が国に貿易交渉にいらした時にあなたの姿を見たその国の王族が自分の後宮に、と望んだのだからひどいことはされないでしょう。ただ、もう二度とこの国に戻ってくる術はないでしょうけどね……。
これで本当に全部終わった。そしてこれから始まるのは、この領地を一層豊かにしていくための一生を捧げるにふさわしい大事な仕事だ。
終
楽しく書けたので、楽しく読んでもらえたら幸いです。
10/31 総合ポイントが10000超えで、ローファンタジー短編と総合で1位になりました。びっくりしてます。本当にありがとうございます。励みになります。




