第05話 予期せぬお供
― 出撃前 ―
依頼が届いてから数十分。
アーガスは無言で物資の確認と装備の整備を終え、書類を片手に肇の前に現れた。
「──肇、この依頼、同行者をつけてくれないか」
肇は眉をひそめた。
「マスター、それ本気で言ってんのか?今さら連携の取れねぇ奴を連れてっても、足手まといになるだけだぞ」
「……だから、行かせるんだよ」
アーガスの声音には、どこか迷いと決意が混じっていた。
「冒険者として使える奴はうちに何人もいねぇ。だが、これから使えるようになるかもしれねぇ奴なら、まだいる。お前には、そいつらを“冒険者として1人でもやって行ける存在”にしてほしいんだ」
肇は少しだけ黙り、ふぅと息をついて槍の柄を叩いた。
「……ったく、教師の器じゃねぇってのに」
そのときだった。
「肇さーん!」
廊下の向こうから駆けてくる軽い足音。
肩までの淡い栗色の髪を揺らしながら現れた少女――リセル・ノーグルだった。
真面目な制服風の装備に身を包み、首元にはちょっとだけ曲がったギルドバッジ。
目を見開いて、手を振る彼女の姿は、まるで歳の離れた妹のように愛らしかった。
「お、お、お供させていただきます……!」
息を切らしながら礼をするその姿に、肇は目を細める。
「……マジで来るのか、リセル。今回の依頼は戦場になるぞ?」
「だ、だって……このままじゃ私、ずっと雑用係のままで……!
アーガスさんに、“今しかない”って言われて……! それに肇さんと一緒なら、絶対死なない気がして……!」
「信用が重ぇんだよ」
肇はぼやいたが、怒気はなく、むしろどこか呆れた兄のような表情だった。
そこへ、もう一人が現れる。
「肇さん。俺もついていくっス」
ノロノロと装備を背負って歩いてきたのは、背丈の低い短剣使い──アラン・ゴード。
やや垂れ目でのんびりした顔立ちだが、その肩のラインにはしっかり鍛えられている事がわかる。
喋り口は軽く、ギルドの中でも無口な傭兵たちに可愛がられていた。
「足手纏いにならないよう全力で役に立つつもりッス!」
「お前も来るのか。気張りすぎんなよ、アラン」
肇が頭をくしゃくしゃと撫でると、アランは照れたように目を逸らした。
アーガスがその様子を見て、短く笑った。
「──行け、肇。
“強さを持つ者”にしか見えねぇ景色がある。それを、こいつらにも見せてやれ。
それだけで、次の戦場で生き残れる確率は上がる」
「……あんた、俺が帰ってきたときの文句まで用意してそうだな」
「そりゃあもう、たっぷり手紙にでもしたためて置いとくさ」
肇は肩をすくめて、後ろを振り返った。
緊張で固まりつつも必死に背筋を伸ばしているリセルと、のほほんとした顔とは裏腹に確かな闘志を覗かせるアラン。
──はあ。ほんとに教師向きじゃねぇのに。
それでも肇は笑う。
「いいか、ガキども。ついてくるのは勝手だが、ついてこさせる気はねぇぞ。
“置いてくる”ことになっても、後悔すんなよ」
「は、はいっ!」
「気合ッス!」
返事はまっすぐで、少しずつズレていて、それでもどこか、温かかった。
そして、羽沢肇はふたりの“可愛い弟妹”を連れて、オルベ村へと、“血の匂い”が待つ場所へと歩き出した。