第03話 本心
「帰ってくれ」
羽沢肇の言葉は、断言だった。
それでも、大男は一歩も引かなかった。袋を受け取られなかったことにも、断られたことにも動じる素振りは見せず、ただ静かに、まるで哀れむように言葉を落とす。
「断る理由を探しているようにしか見えないな。君の心のどこかで、もうとっくに答えは出ているはずだ。君の力は、こんな場所で腐らせておくには、あまりに惜しい」
「腐らせてるんじゃねぇ。熟成させてんだよ。それに、それが俺の意思だ」
「いや、違う」
初めて、大男の声に熱がこもった。
低く、凍てついたような声色の奥に、今までとは異なるものが灯る。
「君は戦場に出たいんだ。戦いたいんだろう? 自分の奇跡が、どこまで通用するか知りたいはずだ」
羽沢は、まるで言葉を受け流すかのように口笛を吹いた。
「ま、興味がないとは言わねぇよ」
「ならば──」
「だがな、それは俺が決めることだ。お前らに引きずられて“選ばされる”道じゃねぇ。俺の道は、俺の意志で決める。……どれだけ甘く囁かれてもな」
それは、どこまでもまっすぐな答えだった。
強さを誇示するのでも、正義を語るのでもない。
ただ、自分の在り方を決めた男の、それだけの言葉。
「……そうか」
しばしの沈黙の後、大男は肩の力を抜き、口元に薄い笑みを浮かべた。
「君という男を、過小評価していたようだ。だが、それでも私の任は変わらない」
その瞬間、空気が張り詰めた。
大男の足元を中心に、黒い魔法陣が淡く広がる。
アーガスが身を乗り出し咄嗟に構える。
「……あんた、何を──!」
だが、大男は剣を抜かず、拳も振るわなかった。
ただ静かに、奇跡の気配を放つそれを、足元で収束させていく。
「君の力が、この世界にとってどれだけ重要か。いずれ君自身が思い知る時が来る。
その時、もしまだ“自由”を口にするなら、その時こそ、君にまた、もう一度問いかけよう」
そう言い残して、大男はひときわ深くフードを被り直した。
まるで、自分の顔も名も、この場には必要ないと言わんばかりに。
そして、次の瞬間──彼の姿は黒い魔法陣に吸い込まれるように、煙のように消えた。
残されたのは、閉じていく魔法陣の余韻と、ただ静かに転がる金貨の袋のみ。
しばらく、誰も言葉を発さなかった。
だが、羽沢肇がぽつりと呟く。
「……見たかよ、マスター。あの最後の捨て台詞」
アーガスが口元を歪めて、にやりと笑う。
「見たとも。あれはきっと──恥ずかしくてクソして寝たくなってるな」
ふたりの笑い声が、小さくギルドに響いた。
それは、この場所に似つかわしくないほど穏やかで、静かに、熱を灯していた。
いや名乗れよ謎の大男!