第22話 集結
最初に姿を見せたのは、一人の長身の男だった。
冥網の御柱の一人――ガルハイン。
黒鉄色の軍服は、飾り気がない代わりに縫い目は一つも乱れがない。肩章には、無駄を削ぎ落とした直線だけで構成された徽章が一つ。
襟元を指先で軽く整え、無駄のない歩幅で上座の斜め右――第一席へ向かう。
背もたれに背を預けることなく、わずかに前傾した姿勢で静止すると、それだけで"冥網の御柱"としての緊張感が、空気に一本通った。
続いて、裾を引く柔らかなローブの気配が滑り込む。
冥網の御柱の一人――ソリュシア。
黄緑色の髪は、肩甲骨あたりでゆるやかに波打っており、光を受けるたびに若葉の裏側のような淡い艶を返す。前髪は片側だけ耳にかけられ、露わになった耳朶には、細い輪の耳飾りがひとつ。
羽織っているのは浅い青紫のローブ。布地全体に、細い銀糸でびっしりと回路めいた紋様が縫い込まれている。
彼女が歩を進めるたび、その銀糸が結晶灯の光を拾い、紋様の一部だけが一瞬だけきら、と灯っては消える。
顔立ちは中性的で、目尻の下がった柔らかな印象の翠の瞳が、しかし一度焦点を結ぶと、標本を観察する研究者のように冷静だった。
三人目の足音は、先の二人よりもわずかに重かった。
椅子に向かうまでの歩数を、床石の目地で刻むように、律儀に一定のリズムで進む男。
冥網の御柱の一人――ヴァレド。
黒縁の四角い眼鏡の奥には、濃い瑠璃色の瞳。
深い焦げ茶の髪は後ろでひとつに結ばれ、羽織っているのは、重そうな革製のロングコート。コートの裾や肩口、腰回りには淡い銀色の鎖がいくつも垂れ下がり、歩くたびに微かな音を立てて触れ合う。
コートの裾を指で軽く避けてから椅子に座る。
膝の上に組んだ指には、どの指にも指輪がない。代わりに、関節ごとに薄い刻印が刻まれている。
冥網の御柱――壱・弐・参。魔族団の「柱」が揃った。
壱のガルハインは戦を。
弐のソリュシアは奇跡や魔法の研究を。
参のヴァレドは統治や法を。
それぞれが「網」のように張り巡らされた情報を束ねる存在であり、そのただ座っているというだけの姿にも、役割の差がくっきりとにじんでいる。
その直下に、一区から六区までを預かる幹部たちがいる。
やがて、その幹部たちの姿も、一人、また一人と会議室に現れ始めた。
扉を押し開け、粗野な足音と共に真っ先に入ってきたのは、筋肉でコートを押し上げるような体つきの男だった。
「おう、御柱が全員揃ってるじゃねぇか。思ったより早ぇな」
第一区域担当――東堂雅信。
茶色と黒の迷彩が混ざった丈の長いコートは、裾や袖口がところどころ焦げたように擦り切れている。
日焼けした肌に、刈り上げた黒髪。笑えば白い歯が覗き、目尻には細かな笑い皺が刻まれているが、その奥にある黒い瞳は、戦場で何度も死線を越えてきた者特有の鋭さを宿していた。
魔族団の中で唯一、魔王に与えられた名を名乗らない男。
椅子に腰を下ろすときも、コートの裾を乱暴に払ってからどかりと座り、腕を組んで背もたれにあぐらをかくような姿勢を取る。
その体からは、鉄と血と火薬の匂いが、まだ完全には抜けていなかった。
その後ろから、静かな足取りで影が二つ続く。
一人は、深い紺色のコートをきちんと留めた女。
第二区域担当――ロズウェル=アークライト。
腰までまっすぐ落ちる銀髪を、後ろで一つにまとめている。分け目も乱れ一つなく、前髪は眉の上で揃えられていた。
薄く色づいた唇と、切れ長の薄茶の瞳。表情は薄いが、目元のわずかな動きだけで感情の切り替えが分かるような、整った顔立ちだった。
胸元できっちりとボタンを留めた紺のコートは、軍服というよりも軍務官の制服に近い。腰には細いベルトと簡素な短剣。その立ち姿には、一線から一歩下がった指揮官のような静かな気配がある。
ロズウェルと共に入ってきた男は、背筋を伸ばしたまま静かに一礼した。
「失礼いたします」
第三区域担当――マークス。
転生者の中で唯一の黒人。肌は深い黒褐色で、短く刈り込んだ黒髪は、側頭部だけわずかに薄く刈り上げられている。
目は淡い琥珀色で、瞳孔の縁だけが少し濃く、柔らかな物腰とは裏腹に相手を値踏みするような冷静さを隠していた。
目立つ装飾は一切ない茶色の軍装。
その所作はどこまでも古風で、椅子を引くときに一瞬だけ手を止めて結晶灯の位置を確認し、「失礼」と視線で断りを入れてから腰を下ろす様子には、紳士的という言葉がよく似合った。
少し遅れて、紙束を抱えた男が現れる。
第四区域担当――ザハル=グランヴィート。
白衣に近い薄灰色の上着は、袖口がインクで染みており、その下のシャツの袖は肘まで無造作にまくり上げられている。
淡い金色の髪は寝癖のように跳ねており、目の下には薄い隈。だが、その灰緑の瞳だけは、紙束の枚数や綴じ紐の位置を一目で把握しているような鋭さがあった。
肩からは何本ものペンが差さった小さな鞄。机に紙を置くとき、しわにならないように指の腹で端を伸ばす仕草には、几帳面さと疲れが同居している。
最後に、ひらりと影が滑り込む。
「あっぶねー、間に合った間に合った」
第六区域担当――イゼルダ=ノワル。
肩口で切り揃えた濃い緑の髪は、ところどころ染めたように明るいメッシュが入っている。片側だけ耳が出るようにかきあげられており、その耳には小さなピアスがいくつも並んで光っていた。
濃い茶色の瞳は猫のようにつり上がっていて、笑うといたずらっぽく細くなる。
緑色のコートは前を開けっぱなしで、中に着た黒い軽装の戦闘服が覗く。ベルトには細身の短剣と投げナイフの鞘が複数。
彼女は席に着くなり、緑色のコートを椅子の背に引っ掛けて、片脚を組んで腰を下ろす。
「お待たせしました、皆様」
銀髪の執事――メービルが入口から一歩進み出て、丁寧に一礼する。
滑らかに撫でつけられた銀髪は後ろで束ねられ、額に一筋も乱れがない。黒の燕尾服は皺一つなく、白手袋の指先はまっすぐ伸びている。
その後ろから、軽い足音が、何の重さも感じさせないリズムで近づいてくる。
上座の椅子が、きぃ、とわずかに音を立てて引かれた。
雪のように白い髪は、肩口でふわりと揺れている。
瞳は深い湖の底を映すような澄んだ青で、その中に細い光の筋が揺れている。
小さな顎と丸みを帯びた頬――幼い輪郭を持つ顔立ちには無邪気さが宿っているが、その表情の変化ひとつで、部屋の温度が変わるような圧があった。
魔王クリシュネ。
彼女は石卓の端に片手をつき、ひょいと腰を下ろす。足は椅子の高さに合っておらず、靴先が空中で小さく揺れた。
「――急に呼んで悪かったわね」
クリシュネの声は、いつも通り軽やかだ。
だが、その瞳だけは、結晶灯の光を細く細く絞り込んでいる。
幼い外見に似合わぬ、魔族団の頂点としての視線が、石卓を囲む全員を、ひとりひとり、確かめるように撫でていった。




