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第20話 その死は突然

 「やあやぁ、お疲れさま。こっそり盗み聞きしてたんだけど、気づかなかった?」

 その言いぶりと笑みは軽い。

 けれど、その奥の眼差しは、獲物を決して逃がさないという鋭い眼光をしていた。


 ——リセルに「呪い」をかけた男。だが今、オルウェンの前で口を開いたその青年は、さっきとは別人のように肩の力を抜いた、素の軽いしゃべり方をしている。

 

 村長がぎょっとしてオルウェンの方を振り向く。

 オルウェンは、さほど驚いた様子も見せずに青年を見やった。しかし、彼の焦点の合わない瞳は動揺を隠しきれていない証拠だった。


 オルべ村は辺境にある。

 魔物の出現が絶えないという噂があるため、人の出入りも少ない。

 だからこそ、オルウェンはこの村を“実験場”に選んだのだ。


 ここには村人と、自分たち特魔運用群以外、誰も来ない。

 ——来られないはずだった。

 「……レメス」

 

 オルウェンは無意識に、足の位置を一歩だけずらした。

 距離と角度を取り直す、小さな動き。


 「久しぶり。と言っても、直接話すのは初めてかな?」

 レメスは、ひらひらと手を振ってみせる。

 「自己紹介いる?《魔族団》監察担当、レメス=コナー。好きな食べ物はラズベリーパイで、趣味は……まぁこのへんはどうでもいっか」

 一人で盛り上がっているレメスの様子に、村長は思わずたじろいだ。

 同じ“魔族”であるはずなのに、オルウェンとはまるで空気が違う。


「……監察、とな」

 村長が、単語をゆっくりと口にする。

「ええとですねー」

 レメスは肩をすくめた。

 「大雑把に言うと、《魔族団》の中で、“特魔運用群みたいな危ない連中が悪さしてないか”を見張る係です。うちのボス———魔王クリシュネちゃんの名を借りて好き勝手やる奴らってどこにでもいるんですよ」


「危ない連中……好き勝手……心外ですね」

 オルウェンが小さくため息をつく。


「私たち特魔運用群は、与えられた役目を遂行しているだけですよ。“増幅した奇跡エネルギーの実戦運用および、神の遺骨の検証”という」

「そういうのを世間では“危ない連中”ってまとめて呼ぶんだってば」

 レメスはケラケラ笑った。


「少なくとも、《魔族団》本隊から見たらね。だからこそ僕みたいな中堅どまりの監察役が、ある程度自由に動く権限をもらって監視をしてるわけだ」

 冗談めかした口調だが、言っている内容は冗談ではない。

 オルウェンは、レメスから一切目を離さなかった。


「いつから、ここに?」

 オルウェンが問うと、レメスはあっさり答えた。

「んー、この村に“異常な奇跡の気配”が立った頃から?最初は遠くから眺めてただけだよ。君たち特魔運用群の出入りも、だいたい把握してる」


 村長の背筋に、ぞくりと寒気が走る。

 オルウェンの喉が、わずかに鳴った。

「ずっと……見張られていた、ということですか」


「そう言ったでしょ。監察担当って」

 レメスはこともなげに言う。


「《魔族団》全体にとって、“ここがどれだけ危ない遊び場になってるか”をね。――で、さ」

 レメスの視線が、村の奥を一瞬だけかすめる。

 高峰のいた丘のある方角だ。


「高峰ちゃんの暴走が収まった時、羽沢君の仲間の――リセルちゃんに会ったんだ」


「……!」

 村長が息を呑む。

「あの子、目がいいね。僕が隠れて様子を見てるの、真っ先に気づいた。羽沢君の仲間の中でも、勘の良さは群を抜いてる」

 オルウェンは目を細めた。


「それで、真実を話したのですか」


「いいや。口封じに呪いをかけた。羽沢君らにさ、僕を見たことをそのまんま話されると困るんだよね。“魔族が裏で全部動かしてた”なんて雑なまとめ方されちゃうとさ」


 軽い口調のまま、レメスは続ける。


「そうなると、君たち特魔運用群だけじゃなくて、《魔族団》そのものが一緒くたに“敵”にされる」


「…………」


「だから、少なくとも今の段階では、“特魔運用群”と“魔族団”を一緒にされたくない。羽沢君らには、“何か見えない第三勢力がいる”くらいのぼんやりした不安で止まっててもらった方が、後々都合がいい」

 

 レメスは指で輪を作り、自分のこめかみをとんとんと叩く。

「呪いって言っても実際は、ただの“印”だよ。彼女の見てるものとか、喋ろうとした言葉が、僕にも届くようにしただけ」


「……魔法、かの」

 村長がおずおずと問う。

「んー、正確には違う」

 レメスは肩を竦めた。

「あなた方みたいな、”この世界の人”には“魔力”が体に流れてるでしょ。それを形にするのが魔法。僕たち転生者の体に流れてるのは、“奇跡を撃つための燃料”で、それは魔力とは少し違う」

 そして、軽く笑う。

「本来なら、僕の奇跡は遠隔では使えないんだけど、うちの魔王様が、ちょっと変な訓練をしてくれてさ。奇跡の流れを“それっぽく”いじれば、奇跡を魔法のように遠隔で発動させることくらいは真似できる。」


「それで、“呪いごっこ”ですか」

 オルウェンが呟く。

「ごっことは失礼な。された本人からしたら本気で怖いよ」

 レメスは苦笑した。


「“魔族のことを口にしたら、お前と仲間全員死ぬぞ”って、本気で信じてもらわないと困るからね。実際には、具合悪くなるだけで死にはしないけど」

 レメスには、リセルに真実を話して懐柔する、という選択肢もあった。

 だがあの時点でレメスは、特魔運用群がどこまで魔族団の方針から外れているのかを、まだ断言できていない。『魔族は関係ない。特魔が勝手にやった』と言い切るには、証拠が足りなかった。

 中途半端な内部事情が羽沢の耳に届けば、いずれオルウェンの耳にも入る。

 そうなれば、特魔運用群は必ずやり方を変える――さらに監察の目が届かないところへ潜るだろう。

 だからレメスは、もっと冷たい選択を選んだ。

 真実は教えない。

 代わりに彼の奇跡エコー・リンクで、リセルの腕に小さな呪いを結ぶ。

 「魔族」のことを口にしようとした瞬間、胸の奥を絞られるような圧迫が走るように。

 喋らせないための枷であり、同時に、彼女の視界と声を盗み続けるためのアンテナとして。

 

 オルウェンにとってレメスの呪いなどどうでもいい。彼の意識は別のところに向かっていた。

 ――ここは辺境。魔族の監視下から外れた場所。

 自分はその前提に乗って、計画を立てた。


 村の出入りはすべて管理した。

 足跡も噂も、外へ漏れぬよう塞いだし、村周辺、魔族団の拠点からオルべ村に至るまでのルート全ての痕跡は見逃していなかったはずだし、残していなかったはずだ。


 しかしその「盤上」を見下ろすオルウェンのさらに外側から、ずっと誰かが覗いていた。

 自分が“安全圏”だと信じていた前提の、さらに外に立って。

 それに、今やっと気づいた。

「……認めましょう」

 オルウェンは静かに言った。


「私はここが安全圏だと思い込みすぎていたようだ。外から覗かれている可能性を払拭できていると、信じ切ってしまっていた」

 それは、自分のミスを認める言葉ではあった。

 しかしそこには、致命的な失態を犯したという自覚よりも、

 『このレメスという青年は、自分が安全圏だと思い込んでいた枠の、そのさらに外から、静かにこちらをずっと覗いていた』

 という薄ら寒い理解の方が強かった。


「……やっぱり、節穴ではないんだね、君」

 レメスが口元を緩める。


「自分の計算ミスを、ちゃんと“前提の甘さ”として認めるの、できる人は案外少ないんだよ」

「褒め言葉と受け取っておきましょう」

 オルウェンは淡々と返したが、その指先には力がこもっていた。


 村長は、二人のやり取りをただ黙って聞いていた。

 口を挟むこともできない。

 自分がこの場を止められる立場ではないことは、嫌というほど分かっている。


 レメスは、ふと表情から笑みだけを消した。

「で、本題に戻ろうか。オルウェンさん」

 声の温度が、少しだけ下がる。


「クリシュネちゃん、“神の遺骨を人間に打つな”ってちゃんと言ってたよね」

 村長の心臓が、どくりと跳ねた。

 

「“まだ研究段階だから、人体への影響も許容量も分からない。使うなら、まずは魔族側の枠内で慎重に”って」

 オルウェンは表情を変えない。

「ええ。聞いています」


「でさ」

 レメスは、あえて軽い調子を崩さないまま、問いを重ねる。

「君、高峰ちゃんに投与したよね?」

「ええ。しましたよ」

 あまりにもあっさりとした認め方だった。

 村長の喉が、きゅっと締まる。

「その件に関して、クリシュネちゃんから正式な許可は取ってる?」

 短い沈黙が落ちた。

 オルウェンは、少しだけ視線を逸らし、すぐに戻した。

 

「いいえ。現場判断として行いました」

「そっか」

 レメスは小さく息を吐いた。


「じゃあ、これは監察としての正式な介入案件だ」

 それは、宣告だった。


「特魔運用群の内輪の報告だけでごまかして、魔王の命令を勝手にねじ曲げて、人間の村を実験場にした。……やらかした事の重大さ、分かってるよね? オルウェン」

 レメスは、一歩、地面を踏みしめた。

 

「分かっていてやっています」

 オルウェンの声は静かだった。

「特魔運用群は、“禁じられた力”を扱う部隊です。そこでは、常に一歩、線を踏み越えなければ、何も分からない」

「その“一歩”がちゃんと一歩なのかチェックするために、僕らがいるんだけどなぁ」


 レメスは頭をがしがしと掻いた。


「本当ならさ、君を生け捕りにして、何をどこまでやったか、じっくり聞き出したいところなんだけど」

 レメスは、オルウェンから目を逸らさないまま言った。


「君の頭の中、面白そうだし。特魔運用群の“裏マニュアル”とか、いっぱい詰まってそうだしね」

「生憎ですが、頭の中身を他人に提供する趣味はありません」

 オルウェンは静かに返す。その声音に、わずかな苛立ちが混じっていた。


「監察担当、レメス=コナーの権限で、特魔運用群所属オルウェンの行動を“要修正”とみなす。場合によっては、その排除も含めてね」

 

 オルウェンは低く言った。

「監察の権限とは、そこまで広いのですか」

「広くないよ」

 レメスは首を横に振る。

「ただ、“魔王の命令を明確に破った”っていう、分かりやすい線が一本できた。だからそこに沿って動くだけ」


 レメスは、ふうっと小さく息を吐いた。


「君を上に連れて帰れるのが一番いい。 でも、ここで君を見逃したら、僕の仕事は全部無意味になる。わざわざリセルちゃんに真実を話さず呪いをかけた意味もね」

 

「つまり、あなたには引き下がる選択肢がない」

「そういうこと」


 レメスは、ぽん、と自分の頬を軽く叩いた。


「だからさ、これはもう“綺麗事抜き”で言うね。 ――僕は今から、君を止めるために本気で殺しにいく」


 その宣言と同時に、空気が変わった。

 さっきまで軽口を叩いていた青年の気配が、すっと薄くなる。

 代わりに、冷たい集中だけが場を満たした。

 

「村長さん」

 レメスは振り返らなかったが、声の調子だけを柔らかくした。

「あなた方を守るのは僕の仕事じゃない。 でも、無駄に巻き込むのも嫌いなんだ。だから――」


 彼はほんの一拍だけ間を置き、言葉を続けた。


「なるべく、短く終わらせる」


 次の瞬間、地面を蹴る音がした。


 派手な光も音もない。ただ、訓練された兵の重く鋭い踏み込み。

 レメスの姿が、わずかにぶれたように見えたかと思うと、もうオルウェンとの距離は1m以下になっていた。


(速い……!)


 村長の目では追いきれない。ただの人間の足運びのはずなのに、重心の移動と無駄のない体の使い方だけで、ここまで速度が出るのかと、別の意味で震えさせられる。


 レメスの右手が伸びる。拳はまっすぐ、オルウェンの胸元へ。


 レメスの奇跡、《エコー・リンク》は、触れた相手に、「印」をつける奇跡だ。その印を通して、相手の「見ているもの」や「喋った言葉」が、薄い残響となってレメスの中に返ってくる。ただの盗聴ではない。もっと曖昧で、もっと生々しい――視界の揺らぎや、喉が震える前の“言葉の気配”すらも、かすかに伝わってくる。


 一方通行ではないのが、この奇跡の本当の厄介なところだった。

 レメス側からも、その印を通して「圧迫感」や「不快感」、場合によっては痛みや衝撃そのものを送り返すことができる。

 

 レメスは渾身の右ストレートを放つ。

(まずは、一点。印をつける――)


 レメスの拳が、鈍い音を立ててオルウェンの胸板を打ち抜いた。

 「……っ」

 肺の奥から、空気が無理やり吐き出される。

 オルウェンの身体が半歩分、後ろへと揺らいだ。


 胸の内側に、異様な“感覚”が走る。

 打撃の衝撃とは別の、細い針金が食い込むような感覚が、心臓の周囲をなぞっていく。


(来た、か)

 オルウェンは、口の中に広がる鉄の味を確認しながら、内心で呟いた。

 呼吸を整えようとしただけで、胸の奥がきしむように苦しくなった。

 わずかに遅れて、“圧”が返ってくる。

 心臓の鼓動に合わせて、痛みが増幅されていく。


「今の一撃をもらって膝をつかないの……意外とタフだね」

 間合いを一歩だけ取りながら、レメスが息を吐く。

 オルウェンは胸元を押さえた。

 指先に、かすかな震えが走る。打撃のダメージだけではない。

 《エコー・リンク》が、内側からリズムを乱そうとしているのが分かる。


(長引けば、こちらが不利か)

 理屈としての理解と、身体が発する悲鳴は別物だった。

 一歩動くだけで、胸の痛みが脳まで響いてくる。

 それでも、オルウェンは前を見据えたまま、ゆっくりと右手を上げる。


 「……さて」

 オルウェンの右手の指先に、微かな水音が宿った。

 空気中の水分が集まり、形を帯びていく。

 やがてそこに現れたのは、青白い光沢を放つ、柄の長い三叉槍だった。


「それが――」

 レメスが、目を細める。

「君の奇跡か」


「《ポセイドン・コア》」

 オルウェンは短く名を告げる。

 

 オルウェンは、2mは優に超える三又の槍の穂先を両手で静かに構えた。

 胸の痛みは常に増し続けている。

(長くは持たない。なら――)

 最短で終わらせる。

 レメスの言葉を、別の意味でなぞるように、オルウェンは足を踏み出した。

 

 しかし、先に動いたのは、レメスだった。

 オルウェンが胸を庇うようにわずかに肩をすくめた瞬間、その隙を見て再度間合いを詰める。拳で再度、《エコー・リンク》の印を深め、オルウェンの心臓と脳に負荷をかけ続け、内側から崩して動けなくする。それがレメスの狙いだった。

 三又の槍は、間合いを詰めればさほど脅威ではない。リーチを殺してしまえば、ただの長い棒だ。

 オルウェンの懐へ踏み込んだその瞬間、レメスの視界に違和感が走った。

 

(……槍が)

 レメスには、最初それが「胸を庇う動き」に見えていた。

 オルウェンは右腕を胸の前に上げ、槍の柄を抱き込むようにして上体を少し丸めている。

 だが、よく見ると、その右手は胸の前で止まらず、柄をじりじりと自身の身体の方へ滑らせていた。


 肘が後ろに下がるにつれ、槍の尻――石突きの方が、地面をこするように後ろへにじり出ていく。


 本気で守るつもりなら、腕は体の近くで固め、腰も一歩ぶん引いているはずだ。

 だが今のオルウェンは違う。腰は後ろに逃げていない。

 軸足は地面をしっかり踏みしめ、むしろ「これから前に出る側」の形をしていた。

 

 (僕が間合いを詰めるのを誘ってた……?)

 エコー・リンクが刻んだ印を通して、オルウェンの鼓動がレメスへと伝わる。

 乱れてはいる。確かにダメージは入っている。

 だが、その乱れ方が、崩れる前のそれではなかった。


 むしろ、これから一歩分だけ無理を通すために、意図的にリズムを合わせてきている――そんな嫌な確信が、遅れて背筋を撫でた。


 レメスが拳を深く埋めようとさらに一歩踏み込んだ、その刹那。

 オルウェンの左足が、地面を強く踏みしめた。


 胸の前に置いていた右腕が、ぐい、と槍の柄を引き寄せる。

 レメスの目の前で、長い槍の軸が、弧を描くように回転し、その先端は確実にレメスへと狙いを定めていた。


(まずい――)


 しかし、槍は狙いからほんのわずかに逸れてはいる。

 胸ではない。心臓でもない。その少し下、腹部の中心。

 三叉の穂先が、レメスの腹に突き立った。


 「――っ!」

 焼けるような痛みがした直後に、感覚が消えた。

 槍が貫いた一点を中心に、身体の内側がぐずりと崩れていく。

 皮膚の感触が消え、液体になってばらける。

 形を保つ事ができず、液体と化したレメスの肉体が、内臓だったものの境界を曖昧にしていく。

(……ああ、これが、オルウェンの奇跡……)

 

 打撃や斬撃による痛みとは別の、“形が失われる”痛み。

 自分自身の肉体がどろどろとした粘性を持った液体となり、やがて水となり崩壊していく。

 腹部から下が、自分のものではないような感覚になっていく。

 レメスはそのまま崩れ落ちた。


 これが、オルウェンの奇跡。≪ポセイドン・コア≫。彼自身の奇跡エネルギーを核にして、空気中や地面に含まれた水分を凝固して具現化した三叉の槍。その穂先で“触れた一点”を液体へと変換することができる。

 穂先が触れた箇所は、肉であれ鋼であれ、液体と化して形を保てなくなる。ただの水の塊として輪郭を失っていく。

 一度“水”になった部分は、どれだけ高位の治癒を施そうと元の肉体に戻ることはない。

 羽沢肇と同様、当たれば致命傷は避けられない致死の突撃。


 「……っは、はは。わざと狙いずらしたでしょ……君」

 レメスは、かすれた声で笑った。

 「即死させない位置を狙って……」

 「ええ。最後に、確認しておきたいことがあるもので」

 オルウェンは、槍を引き抜きながら言った。胸の痛みはとっくに引いていた。

 槍を引き抜かれた瞬間、レメスのその傷口から零れ落ちるのは血ではなく、無色透明の液体だった。

 

 「監察担当レメス。あなたは、ここで見たことを、どこまで上に報告していたのですか」

 「さぁね……」

 レメスは、肩で笑う。

 「“特魔運用群が怪しい”ってとこまでは……もう伝えてる。でも、“オルべ村で何があったか”の細かいとこまでは、まだ。だから、今のところ……君達が、どこまで懐疑的に思われてるかは……お楽しみってことで」

 軽口を叩いてはいるが、レメスの意識はもういつ途切れてもおかしくない状態にある。

「舐めてたよ……特魔の連中は……まともな戦闘経験なんてないと思ってた」

 《特魔運用群》が表立って動くことはない。だが、それでも彼らは「記録」だけはきちんと残していた。

 レメスは、その活動記録を徹底的に洗っていた。依頼の履歴、移動の経路、実験の報告書──追えるものはすべて追った。追えるものはすべて追ったうえで、さらに裏取りまでかけた。

 その過程で、ひとつの“不正”にも気づけていた。

 公式の台帳には記されていない移動履歴。

 報告書のどこにも名前が出てこない地名。

 照合を重ねた結果、オルウェンが「記録に載せない実験場」として、オルべ村を使っていることまでは辿り着いていた。

 本来なら、その事実だけで十分に危険信号だったはずだ。

 公式記録から外した場所で実験を行っている──それはすなわち、「何かを隠す必要がある」行為そのものだからだ。

 だが、そこでレメスの読みは一段階、甘くなった。

 どれだけ記録を漁っても、《特魔運用群》には戦闘報告が一件も出てこなかったのである。

 不自然と言っていいほど、「戦った形跡」が紙の上にまったく残っていない。

 しかも、少なくともレメスの見える範囲には、報告の改ざんや削除の痕跡も見当たらなかった。


 ――だからレメスは誤解した。


 「公式記録に載せない実験場を持つような連中」であることは理解していたのに、「戦闘記録がない」という一点を見て、《特魔運用群》を“戦わない部隊”と判断してしまったのだ。


 本来なら、そこから導くべき結論は他にあった。

 戦闘がないのではなく、“戦闘が必要な案件だけを、最初から公式記録の外側に捨てている”のかもしれない、という疑いだ。


 オルべ村は、まさにその「外側」に用意された場所だった。

 

「……観察者として、あなたは優秀だ。レメス」

 オルウェンが続けて言う。

「だからこそ、生かしておけないと判断せざるをえなかった」

「……物騒な、褒め言葉だね」

 レメスは、かすれた声で笑った。

「でもさ――」

 彼はまだ、オルウェンから目を逸らさない。

「君も、分かってるでしょ。ここで僕を殺したら、“監察役が不審な死を遂げた”って事実だけが、あとからじわじわ効いてくるって」


「そのリスクも承知の上での判断です」

 オルウェンは、わずかに距離を詰めた。

「あなたに逃げられるリスクと比べれば、遥かに許容範囲内だ」

 オルウェンは奇跡の力を解いた。三又の槍が粒子状となって消えていく。

「最期に、一つだけ言っておきますよ、レメス」

 オルウェンは、レメスを見下ろしながら言った。

「私は、魔王クリシュネ様を裏切っているつもりはありません。 あの方が“見たがらない場所”を、代わりに覗いているだけだ」


「……うん」

 レメスは、そこで初めて、ほんのわずかに視線を落とした。

「そういうとこがさ、危ないんだよ。突っ走っちゃうそういうとこが」

 オルウェンはもう何も言わなかった。ただ、レメスの最期を見届けようとしていた。

 ただ、地に伏しているレメスのその口元に浮かんだ、どこか満足げな笑みだけが、やけにはっきりと焼きついた。


「……ああ、そうだ」


 意識が闇に沈む直前、レメスは、独り言のように呟いた。


「リセルちゃんの“呪い”……僕がいなくなったら、消えるけどさ。最後の”悪あがき”だけさせてもらったよ」

 その言葉の意味を理解できたのは、ずっと後になってからだった。

 言い終えると同時に、レメスの瞳から光が消えた。

 

 オルべ村の空気が、少しだけ軽くなる。

 遠く離れた場所で、腕を押さえていた少女が、ふっと肩の力を抜く。


 けれど今この場で、その変化に気づく者はいない。



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