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第19話 真実

 オルべ村を背にして、肇達は進み始めた。

 荷物のきしむ音も、足音も、やがて森のざわめきに飲み込まれる。

 見送りに出ていた村人達がぽつぽつと引き上げていき、村の入り口には古びた杖をついた老人、村長がただ一人残っていた。


 「……」

 

 彼はしばらく、肇達が去っていった方角をじっと見つめていた。

 ようやくその背中すら見えなくなったのを確認してから、村長は小さく息を吐いた。


「……これでよかったのじゃろうか」

「ええ。計画としては、十分以上ですよ」

 誰にともなく呟いたその声に、別の声が返ってきた。

 背後。いつのまにか、納屋の陰によりかかるようにして立っていた男がいた。

 黒衣のコートに、飾り気のない簡素な服。

 髪は少し伸び気味で、目元には慢性的な寝不足の痕がある。

 だがその黄金に輝く瞳だけは、異様にさえた光を宿していた。


 オルウェン。

 魔王クリシュネの配下である武装組織《魔族団》——その内部で、奇跡および魔術・魔法具・呪物の研究を行っている部隊《特魔運用群》の一員にして、この村を『実験場』として選んだ男。

 そして、羽沢肇を魔族へスカウトした張本人だ。


「……年寄りを、驚かさんでくれんかね、オルウェン殿」

 村長は振り返り、微かに眉をひそめながら言った。

「さっきまで村の中におらんかったろう」

「姿を見せる必要がなかったので」

 オルウェンは淡々と答える。

「”彼”の視界に私が再び入るには、まだ早い」

「ふむ……」

 

 しばし沈黙ののち、村長は口を開いた。

「高峰玲……彼女は逃がしていいのか」

「ええ」

 オルウェンは肩をすくめた。

「高峰さんには被験者として十分に働いてもらいましたし、今後は羽沢肇を引き寄せるための鍵としても、まだ使い道がありますから」

 村長の顔に、暗い影が落ちた。

 

「他の……死んでいった者達については、どう思っておる」

 村長は目を閉じ、ゆっくりと言葉を探すように続けた。

「あの子らが倒れたのは、暴走した彼女に巻き込まれたからじゃ。あれも、あんたの言う計画の範囲内なんかのう」

「範囲内というよりは、許容誤差ですね」

 オルウェンの答えはあまりにも冷静で、即答だった。


「特魔運用群の任務は、神の遺骨と奇跡の相互作用の収集。そして———」

 オルウェンは、村長の視線を正面から受けとめた。

「羽沢肇という男を、こちらの用意した盤面に乗せることです」

 村長はその言い方に、わずかに目を細める。

「すると、あやつらは駒か。この村も、この村の人間も」

「駒というのは、適切な位置に置いてこそ意味を持ちます」

 オルウェンは否定も肯定もせず、ただ事実を述べるように言った。


「この村は、魔物の通り道に近い。”神の遺骨による転生者の暴走”も”魔物の暴走”で処理する事ができる。そして、羽沢肇のいるギルドの拠点に一番近い村でもある」

 オルウェンは一呼吸置いて続ける。

「ここで高峰さんが暴走し、ここで羽沢肇が”神の遺骨の存在”と”見えない黒幕の気配”を知る。そうなれば、彼は必ず、こちら側に意識を向ける」

 オルウェンは、少しだけ口元を緩めた。

 

「――今まさに、そうなったわけです」

 村長は、何も言えなかった。

 喉の奥までこみ上げてきた言葉は、どれも共犯者である自分の耳にさえ耐えられないものにしかならないからだ。

 

 しばらくの沈黙のあと、村長は、かろうじて言葉を絞り出す。

「……わしはのう、オルウェン殿」

 掠れた声だった。

 「村を守りたかっただけなんじゃ。魔物に襲われ、飢えで倒れる者をもう見たくなかった。あんたらが張ってくれた結界と、供給してくれた薬と物資のおかげで……この数年、どれだけ助けられたか、数え切れん」


「そうですね」

 オルウェンは素直に頷く。

「私たちがいなければ、この村はとっくに地図から消えていたでしょう。その意味で、特魔運用群は“村の恩人”とも言える。ですが、まぁあなた達から見れば私は汚れた人間にしか映らないでしょうね」

 オルウェンにとって、利用価値があるからこの村はまだ残っている。そのことを一番理解していたのは間違いなく村長だった。

 村長は杖を握る手に力を込めた。

「わしは“村のため”という言葉に、どれほど甘えてきたか。今回の亡くなった者達も“必要な犠牲”だと、自分に言い聞かせてしもうた。――わしも、あんたと同じくらい、汚れておる」

 村長の告白を、オルウェンは無表情で聞いていた。


「必要な犠牲、ですか」

 静かな反復だった。

 オルウェンは、かすかに視線を遠くに向ける。


「ここで得た情報は、やがて多くの魔族に還元される。神の遺骨が転生者にどのような作用をもたらすのか。暴走することなく神の遺骨による奇跡エネルギーの増幅を実現できたなら、今後の戦で“無駄に死ぬ者”は減る。」


「……そう言い切れるのかね」


「少なくとも、私はそう信じている」

 オルウェンの瞳、そこに偽りはなかった。

 村長は、ゆっくりと首を振る。

「羽沢君はのう」

 その名を出したとき、村長の声の調子がわずかに変わった。


「あの子の目はよく見えておる。人の心の汚れも、綺麗事の裏側も、ちゃんと見てしまう子じゃ。数日間の村の復興作業でも改めて感じた」

 オルウェンの瞳が、わずかに細められる。

「何が言いたいのです」


「こんなことをしたところで――」

 村長は、静かに告げた。

「あの子はあんたらの所になど行かんよ。むしろ、いつか“倒すべき敵”として、はっきり認識するじゃろう」

 それは予言ではなく、ただの老人の主観だった。

 だが、長く人を見てきた者の目から出た言葉には、重みがあった。

 

 オルウェンは一瞬だけ黙り込み、それから小さく笑った。

「それで構いませんよ」

「……なんじゃと」

「私たち特魔運用群は、“味方”が欲しいわけじゃない。大事なのは、“こちらに意識を向けてくれた”という事実です」

 オルウェンの声音には、妙な熱が混じっていた。


「憎悪でも、憤りでも、警戒心でもいい。彼の視線がこちらに向きさえすれば、遅かれ早かれ、彼の足はここまで届く」

「それも、“魔王クリシュネ様”の意思かね」

 村長は、あえてその名を出した。

 

「魔王クリシュネとやらは、本当にそんなことを望んどるのか。羽沢君を引き込むために、神の遺骨を人に打ち込み、村を実験場にするような真似を」

 その問いのあとに来た沈黙は、先ほどまでのものと違っていた。

 風の音さえ遠く感じるほど、張り詰めた間。

 オルウェンは、視線を村長から外し、空を見上げる。

「――さあ」

 淡々とした声。

「“魔族団”としての公式な方針と、“特魔運用群”としての現場判断は、必ずしも一致しません。」

 彼は、村長に視線を戻した。

 

「今ここで行われたことは――“上”には、細かく報告していません」

 あっさりとした告白だった。


「報告する価値のある“結果”がまとまれば、必要な部分だけ持っていく。その程度で充分でしょう」

「…………」

「ですから、村長さん」

 オルウェンは一歩、彼に近づく。


「ここで起きたことの真実を、魔族団にも、村民にも、話さないでください。あなたにとっても、その方がいい」

 それは脅しではなく、静かな忠告の響きを持っていた。

 村長は、しばし彼の目を見つめ、その奥にあるものを測ろうとした。

 やがて、諦めたかのように深く息を吐き、うなずいた。


「……わしはもう、十分に手を汚した。これ以上、“守るため”と称して嘘を重ねるのはごめんじゃが……村を巻き込んで戦になるのは、もっとごめんじゃ」

「賢明な判断です」

 オルウェンは、そう言って目を細める。

 村長は、またひとつ重い荷物を背負わされた気分になった。


 「へえ。やっぱりそういうことしてたんだね、オルウェンさん」


 軽い声音が、二人の会話に割り込んだ。

 村の外れ。

 いつからそこにいたのか、一本の木の陰から、若い男がひょいと顔を覗かせた。

 魔族の青年だった。

 ――リセルに「呪い」をかけた青年。その正体をリセルが知るのは、もう少し後のことになる。


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