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第17話 贖罪の他に

 白い天井。ほのかに差し込む光。

 鼻を抜ける干し草と薬草の匂い。

 硬くて、けれど暖かい布団。

 胸の奥でざわめいていたはずの邪悪な気配はもうなかった。


「……ここは……」


「オルベ村の診療所だよ。目が覚めたか、高峰」


 窓際の椅子に、青年が静かに腰かけていた。

 見覚えのある顔。丘の上で、邪悪な気配を撃ち払ってくれた男だ。

 

「俺は羽沢肇。……まずは水を少し飲め」

 青年は立ち上がり、コップを差し出した。静かにそれを受け取り、液体を喉を通すと、さっきまで忘れていた重さが、胸の真ん中に落ちてくる。


 自分の名である≪高峰≫を思い出すより先に、思い出したのは犯した罪だった。

 焼けた土の匂い。黒く淀んでいく世界。そして、朽ち果てる生命の音。

 自身の名前などよりも先に、あの光景が、彼女の中で名乗り上げた。

「……私は、村を……」


「暴走してた。あんたの意志じゃないってことは、みんな知ってる」


 高峰はゆっくり身を起こす。体に傷も痛みもないのに、肺に水が溜まっているかのような苦しさが彼女を襲う。

 

「でも、私のせいで、人が死んだ……。意志の有無は重要じゃない……。」

 布団の上で指を握りしめると、爪が掌に食い込んだ。


「……私には、贖罪を。……いや、自害を。あなたたちの村を滅ぼしかけた。死んで償う。それしか———」

「違う」

 羽沢の声は低く、落ち着いていた。

 羽沢は静かにベッドに腰を下ろす。

 

「確かに、亡くなった人はいる。けど、あんたも被害者なんだ」


 高峰は顔を上げる。驚きと戸惑いが滲む視線の先で、羽沢は続けた。


「怒ってる奴はいない。……正確に言うと、“やり場のない気持ち”を抱えてる人はいる。家族を亡くした人は、とくにな。けど、それはあんたへの憎しみじゃない。失ったものの大きさに、心が追いつかないだけだ」


 そのとき、扉が軽く叩かれた。

 入ってきたのは村長と、ひとりの中年の男、そして小さな布包みを抱えた年配の女性だった。


「……目を覚ましたそうだな」村長が言う。

 中年の男は高峰を見ると、頭を下げた。

 「俺は、亡くなった者の兄だ。あんたに会いに来た」


 高峰の肩が震える。息が詰まり、声が出ない。


 「まず言っておくが、俺は……あんたを恨んじゃいない」

 男は、言葉を選ぶようにゆっくりと続けた。

 「怒りたい気持ちがないわけじゃない。けど、それを向ける先は、あんたじゃない。あんたを壊し、ここに放り込んだ連中だ。……それだけ、あんたに伝えたかった」


 年配の女性が布包みを広げる。焦げ跡のついた小さな紐飾り──亡くなった者が腰に提げていた物だった。


「うちの子は、優しい子でね。人の困り顔を見ると、自分の用事を放り出してでも駆け寄ってくれるんだよ」

 女性は優しく笑みを作り、そして瞳に光を宿した。

 「たぶん、あんたが“死んで詫びる”と言ったら、あの子は怒るよ。『じゃあ、誰があんたを助けるんだ』って。あの子は、そういう子だった」


 高峰の視界が滲む。こぼれた涙が、拳に落ちた。


 「……ごめんなさい。私が……私が……」


 「謝るのは大事だ」

 村長は頷く。

 「けど、ここからは頼みだ。生きて、手を貸してくれ。畑は焼け、井戸は淀んで使えない。柵も直さにゃならない。子どもらに夜は外へ出るなとも、教えんといけない」

 男は言葉を区切り、高峰を正面から見据えた。

 「“亡くなった者のぶんまで”なんて無茶は言わん。あんたの手で、あんたにできるぶんを、ここに置いていってほしい」

 村長が、羽沢に目配せをする。羽沢は小さく頷いた。


 「俺からも、お願いだ」羽沢が言う。

 「動けるようになったら、一緒に墓へ行こう。名前を呼んで、頭を下げよう。そのあと、畑に行く。時間はかかってもいい。村を元の状態に、少しずつ戻そう。……あんたの奇跡は本来、命を芽吹かせる力だ。」


 高峰は、自分の首筋にそっと触れた。

 熱の引いた痕が、まだ小さく疼いている。その疼きは、逃げ道ではなく、向かう先を示す指針だ。


 「ありがとうございます……死んで詫びることは、考えません」

 高峰ははっきりと言った。

 「柵も、井戸も、畑も。できることを教えてください」


 年配の女性が、ほっと息をついた。

 男は唇を引き結び、短くうなずく。

 村長は目尻をぬぐい、咳払いで誤魔化した。


 「決まりだな」羽沢が立ち上がる。

 「今日のところは休め。……生きて償うってのは、体力がいる」


 扉の方へ向かいかけた羽沢が、ふと振り返る。


「高峰。あんたは“ひとり”じゃない。俺も、俺たちの仲間も、村民もみんなお前の味方だ。それだけは、忘れないでくれ」

 羽沢の言葉に、高峰は涙の味を飲み込んだあと、小さく頷いた。

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