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第16話 夜明け前

 リセルの右腕に焼き付けられた紋様は、熱を失ってなお脈動を続けていた。

 リセルは袖を引き下ろし、必死に隠す。──隠しきれないことは分かっていた。

 それでも、声に出すことだけはできない。胸の奥に、あの魔族の言葉が深く刺さっていたからだ。


 「……君の行動は私に筒抜けだ。」


 耳元に残るその響きが、冷たく肌を撫でる。


 森を抜けると、月明かりの下に肇とアランの姿があった。

 肇が高峰の身体を支え、アランが前方を警戒しながら歩いている。

 高峰は意識を失ったままだが、微かに唇から漏れる息だけが彼女の生を示していた。


 「リセル!」

 肇が安堵したように声を上げた。

 「遅かったな。……何かあったのか?」


 リセルは一瞬、言葉を飲み込んだ。

 右腕に刻まれた紋様が、答えようとする心を押しとどめる。

 「……だ、大丈夫です。記録をまとめていて、少し……」

 喉がひりつき、声はかすれていた。


 肇は一瞬だけ彼女を見据えたが、深くは追及しなかった。

 「そうか。なら、すぐに行くぞ。ここは長居できん」


 リセルはこくりと頷き、二人の隣へ並ぶ。

 高峰の蒼白な顔が月明かりに照らされるたび、彼女の胸は締め付けられた。

 右腕に走る脈動が、まるで魔族がすぐ傍で覗き込んでいるかのように思える。


 ──沈黙を破れば、誰が最初に死ぬのか。

 その答えを、彼女は恐ろしくて想像すらできなかった。


 高峰の呼吸は浅く、皮膚は蝋細工のように冷たい。

 肇は横目でその様子を見て、低く言った。

 「……暴走の原因に魔族団が絡んでいるのは間違いない」


 言葉は鋭く、迷いがない。

 「奇跡を外から無理やり増幅させる……あんな細工を施せるのは奴らしかいない」


 森の冷気がひやりと肌を撫でる。

 肇はさらに周囲を見渡し、眉をひそめた。

 「だが……気になることがある」


 アランが顔を上げる。

 「気になること、っスか?」


 肇は静かに頷いた。

 「ここまで露骨に仕掛けておきながら、この場に魔族の姿は一つもない。……奇妙だと思わねえか?」


 リセルの心臓が跳ねた。

 いる……来ていた……

 その言葉はやはり喉の奥で押しとどめる。右腕に刻まれた紋様が、脈動とともに冷たい圧を伝えてくる。


 「普通なら、暴走の結末を見届けるために誰かを置いておくだろう。だが今回は痕跡すらない。……俺たちが気づけないだけなのか、それとも……」


 鋭い視線が闇を貫く。

 リセルは息を殺し、ただ俯くしかなかった。

 

 彼らが村に到着した時、煌陽が顔を出し夜の終わりを告げ始めていた。

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