第12話 浄化
暴走の黒い“手”たちは消えた。
だが──まだ終わってはいなかった。
肇は感じていた。彼女の身体の奥底で、何かがくすぶっていることを。
「……おい。アラン、様子はどうだ」
後方から駆け寄ったアランが膝をついて、体内の奇跡の流れを読み取るために軽く彼女の身体に手をかざす。
アランの手が優しい緑の光で包まれる。
「……乱れた奇跡の流れ、完全には止まってないすね。かろうじて抑え込んでるだけっス。」
アランの声が低くなる。
肇も頷いた。
「今は沈静しているが、また暴走してしまう可能性があるな」
肇はふと、彼女の首元──うなじのあたりに視線を落とした。
「……アラン。ちょっと頭、持ち上げてやってくれ」
アランがそっと高峰の頭を支えると、肇はうなじに触れた。
その時だった。
「……んっ」
高峰が微かに呻いた。
触れた部分に、確かに“異物”があった。皮膚の下、筋膜に沿うように埋め込まれた硬質な感触。
皮膚に食い込むように、黒く細い金属片が埋め込まれている。
それはまるで少し太い針金のようでもあり、小さな魔導具のようにも見えた。
周囲の皮膚は赤黒く変色し、文字のような痕跡が浮かび上がっている。
「……暴走の原因はこれだな、魔導具か?」
「今取り出しますか?」
「……あぁ。すぐに暴走再開ってこともある。ここで外す」
肇は槍の柄の末端を外し、中から極細の刃を抜き取った。
“刺す”のではない。“滑らせて、外す”ための薄刃。
「アラン、痛み止め。頼む」
「幻緩の癒紗」
アランが優しく手をかざすと、淡い光が高峰のうなじを包んだ。
肇は一息吸い、刃を差し込んだ。
刃は、血を出すことなく、皮膚の下の異物へと滑り込んでいく。
高峰が一瞬ぴくりと震えたが、アランの魔法がそれを和らげる。
高峰の身体がわずかに痙攣した。その魔道具をはじめにゆっくりと引き抜く。皮膚が裂け、血がにじむ。
肇は歯を食いしばりながら、異物を一気に引き抜いた。
キィィィン……と、空気の中で金属のような共鳴音が響き渡る。引き抜かれたそれは、血に濡れた細い管のような形をしており、根本は骨のような形状をしていた。
「奇跡の強制増幅……洗脳とかじゃなく、外付けのこの魔道具で無理やり暴走させてたってわけか」
肇の額から、じっとりと汗が垂れた。
そして、異物を抜かれた瞬間——。
高峰の身体から、腐蝕の気配が完全に消えた。
沈黙の中で、かつて失われかけた魂が再び、人間の心を取り戻した。




