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第11話 ロングポール・ショットガン

 ぐずぐずと、地面が腐るような音を立てて、黒い“手”が蠢き始めた。

 人の腕に似ている。だが、それは人間のものではなかった。

 形だけを真似たそれは、指の先から蒸気のように瘴気を立ち上らせながら、ゆっくりと肇へ向かって伸びてくる。


 空気が濁り、霞陽の光さえ歪み出す。

 まるで、その手はこの世界の法則そのものを腐らせているかのようだった。


 「アラン!風をくれ!」

 肇の怒声が飛ぶ。


 「……了解っス!」


 待ってましたと言わんばかりに、アランは即座に詠唱を開始した。

 その手には、光沢のある蒼い魔導具。

 杖ではない。短剣のようなフォルムをした“魔導刃まどうじん”。

 風の呪紋を帯びたそれが、ひときわ強く輝く。


 「霊気穿陣(エアバブルフィールド)!」


 瞬間、肇の身体を中心に、透明な風の膜が展開された。

 黒い手がその膜に触れると、ジジッと焦げるような音と共に弾かれ、霧となって消える。


 「……息、止めててください!空気、澄み過ぎてて逆にむせるかもなんで!」


 アランの魔法は、防御というより、空間を“浄化”してしまう結界に近い。

 風の粒子が、肇の周囲に一定の距離を保って漂い続けていた。しかし、それも長くは続かない。アランの魔法はもう五秒も持たない。


 「充分だ」

 肇にとってその五秒は勝負を決するにはあまりある猶予だった。

 肇の右手が、背から抜いた槍の柄を、強く握り締めた。


 奇跡は使えない。それは分かっていた。だが。

 「……溜めは、十分だ」


 その瞬間。


 槍の穂先から、淡く光の粒が溢れ出す。


 《ロングポール・ショットガン》。

 本来、霞陽の光の下では奇跡は抑制され、発動しない。

 だが唯一、それでも発動可能な方法がある。


 奇跡の貯蓄、及び付与。


 奇跡を即座に解放するのではなく、時間をかけて武器そのものに“宿らせる”ことで、霞陽の干渉をかいくぐる方法。肇は煌陽が沈む前、密かに槍にその奇跡を“注ぎ込んでいた”。

 霞陽が抑制しているのはあくまで肉体外への奇跡の放出であり、すでに放出している奇跡は使用できる。とはいえ、肇は一度につき一発までしか付与することはできない。

 霞陽の下で使うにしても、一度きり。

 

 「これは、“お前を殺すため”の奇跡じゃない」

 穂先が、高峰玲の足元へ向けられる。

 

 「お前に巣食う根を、断ち切るための、奇跡だ」

 ――そして、撃ち放った。


 「ロングポール・ショットガン!!」

 その一撃は黒い手の湧き出る根元に撃ちこまれた。

 途端に轟音が鳴り響く。

 だが爆発のような音ではない。

 “何かが、世界の底を撃ち抜いた”ような音。


 その一撃を皮切りに穂先から放たれた十二発の衝撃は、空間そのものをえぐり取るように、高峰の足元に根を張っていた“奇跡の暴走”を、根本から穿った。


 黒い手が悲鳴のような音を上げて弾け飛ぶ。

 地面がひび割れ、黒い液体が蒸発するように消えていく。


 「……っ!」


 肇はそのまま、膝から崩れ落ちる彼女の前へと歩み寄り、抱きかかえた。


 黒い瘴気は、まだ微かに漂っていた。

 だがもう、それは奇跡の暴走によるものではない。

 「高峰」


 その名を呼んだ時、高峰が、ゆっくりと──本当にゆっくりと、肇の方を見た。

 目が合った。

 大粒の涙が、流れていた。

 虚ろだったはずの瞳に、たしかに“光”が戻っていた。


 「……たすけて、くれて……ありが、と……」

 その声は、震えていたが、確かに彼女自身のものだった。


 肇はそっと槍を下ろす。

 「……大丈夫だ。もう、お前はひとりじゃない」

 高峰玲は、肇の腕の中でかすかに息をしていた。

 意識は浅く、時折ゆっくりと瞬きを繰り返している。

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