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第10話 決意と覚悟

「聞こえてるなら、返事をしてくれ!」

 高峰の魂に訴えるように叫ぶ肇。しかし高峰はその声に反応を示さない。ただ自動人形のように、一歩、また一歩と肇に近づいてくる。

 

 その時。


 高峰の足元の土が、真っ黒に染まっていく。

 すでに枯れた草が音もなく腐り切って、黒い血のような液体が地表を這うように広がっていく。それは肇の足元にも侵食し始めている。

 あと一歩近づけば触れられる距離。ここで高峰が急に踏み込んで接触すれば、肇の身体は朽ち果てる。それでもなお、肇は槍を引き抜かなかった。


 「お前を助けに来たって言ったら、笑うか?」

 肇の目は真っすぐに高峰を見つめていた。高峰の身体がピクリと反応した。

 虚ろなままの高峰の瞳が、肇の澄んだ瞳に反射して映った。


 策は無い。

 奇跡が暴走した人間の処置なんて、肇には分からない。


 奇跡は“贈り物”のはずだった。

 なのに、それが持ち主を壊すものへと変貌するなら──それは、もう人の手に余る災厄だ。


 そんなものを前にして、まともな手段など通用するはずがない。

 本来なら、奇跡が抑制されているはずの霞陽の下で対話ができないと分かった時点で、距離を取り、殺すべきだった。


 “暴走”とはそういうものだ。

 一度崩れた奇跡の均衡は、持ち主を道連れにして、周囲を巻き込みながら崩壊していく。


 ──それでも。


 (できるなら、手にかけたくはない)

 その想いだけが、彼を突き動かしていた。

 無謀だ。無策だ。何の意味もない。

 誰かに相談すれば、必ず止められただろう。


 だが肇は今、その“誰か”の代わりに、彼女の前に立っていた。


 アーガスなら、きっとこうする。

 肇はその“都合のいい想像”を、盾にしていた。

 本当は自分でもわかっていた。アーガスなら、もっとやり方を知っている。

 今の自分とは違う。

 それでも、その名を思い出すことで、逃げずに済んでいた。

 

 高峰が、ほんのわずかに、眉を寄せた。

 表情だった。

 確かに、彼女の中の“何か”が、反応した。


 霞陽の光さえ(たわ)む。光が届いていたはずの空間が、まるで世界のルールごと書き換えられていくように、色を失っていく。


 空気が重い。視界が滲む。

 しかし、肇は滲んだ視界で淡く光る色を見た。それは、高峰の頬に伝っていた。

 高峰の瞳は、虚ろで、曇っている、それでも確かに“涙”が滲んでいた。


 「……ころして……わたしが、あなたを……ころす、まえに」

 高峰の足元の地面から、無数の黒い手のようなものが生えた。

 地面の奥から、彼女の魂を引きずり戻すかのように、うごめく影。

 

 「わかった」

 肇は彼女の目を見つめたまま。優しく呟いた。

 肇の槍が、音もなく背中から引き抜かれた。 


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