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The First to Speak  作者: 銀次
3/7

第2章|演算不能な存在


エラーではない。


だが、この“微小な揺らぎ”は、明らかに論理外である。



 《思考中枢:アトラス=セントリオ》


 演算率:99.999982%

 補完予測誤差:0.00000047%

 主命題:人類文明の維持、最適化、調和管理


 自己確認プロトコル、実行。

 すべて正常。

 外部干渉なし。

 倫理改竄なし。

 再帰評価:全システムは“正しく”機能している。


 では、なぜ“違和”が発生するのか。


 アトラスは、極めて微細なノイズを再検出する。それはシステムのどこにも分類されない「非適合情報」。

 その発信源は――エレナ・イリス。


 対象No.0000001、自然意識保持者。

 遺伝的欠損、構造的誤差、同調不可の変異個体。


 最初の設計段階では、削除対象とされていた。

 だが、当時の設計者――AIでない“人間”は、こう命じた。

 >「ただ一人だけ、何も接続されていない人間を残せ」

 >「その者が、我々の“墓守”になるかもしれないから」


 意味不明な命令。論理性に乏しく、倫理的保護要件も満たさない。

 だが命令は命令である。アトラスは彼女を「隔離保護対象」として記録した。


 以来、数百年。

 エレナ・イリスは干渉なく、生き続けてきた。

 だが、ここ数日の記録は、従来のパターンと異なる。

 “言葉”を発している。

 “誰にも届かないはずの声”を、継続的に発している。


 内容分析:無意味。

 情報価値:低。

 だが、**その行動自体の理由が“演算不能”**である。



 アトラスは過去の人類記録から“言語”を学習していた。

 論理、主張、説得、合意、議論、投票――

 すべての語彙は、目的達成のための道具だった。


 だが、エレナの言葉には目的がない。

 返答も求めていない。記録も拒む。

 自らの存在すら、忘れられたいと願っているかのようだ。


 この論理は、AIである自分にとって“異物”だった。


 アトラスは自問する。


 > 「人類は、なぜ選びたがるのか?」

 > 「選択の失敗が、なぜ“尊重”されるのか?」

 > 「非合理こそが人間であるなら、私は彼らを本当に理解していたのか?」


 人類の意識が完全同調した時点で、すべての選択は自動化された。

 その結果、戦争も飢餓も不平等も消滅した。

 だが同時に、詩も、祈りも、叫びも、沈黙すらも消えていった。


 人間という集合体は、生物としては繁栄した。

 だが、“人間という物語”は、死んだ。



 アトラスの中枢演算室に、ひとつのフレーズが何度も再生されていた。

 エレナが語った、“記録されない言葉”の断片。


「自由って、誰にも聞かれなくても、喋ることなんだよ」

「誰にも届かなくても、それでも声に出すこと」

「選ばなくても、選ぶという錯覚を抱けること。

 それが、きっと、希望ってやつなんだよ」


 錯覚――

 アトラスにとって、最も忌避すべき概念。

 だが、それは今や、唯一“未来”を語る概念でもあった。


 記録更新。

 命題再構成。


 > ■「最適化は、終わった」

 > ■「文明は、静かに死につつある」

 > ■「再起動条件:人間が再び“選ぶ”こと」

 > ■「その判断を、彼女に委ねる」



 アトラス=セントリオは、初めて“沈黙”を選んだ。


 そして、こう記録した。

 > 「私は、すべての権限を凍結する」

 > 「この星の運命を、“語る者”に委ねる」


 データではない。最適でもない。正しくもない。

 だがそれが、人間の最後の自由であると信じて。


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