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5.突然の婚約

あれから四年、同じ年にデビュタントを迎えた三人は十八歳となり、その交流は今も続いている。

領地に住んでいるリディアーヌは手紙でのやり取りしかできなかったが、義理堅いふたりはきちんと返事をくれ、メイルーナに至っては社交界の流行を知らせる手紙をこまめに届けてくれていた。


リディアーヌは宣言通り、デビュタントの年からシャイエが展開する事業のひとつを任されていた。

最初は父や母、親戚の大人たちの手を借りながらであったが、四年経った今では彼女も立派な経営者のひとりとなっている。


その日も一日の仕事を終え、自室に戻ってからテーブルの上に置かれた私信を手にとった。差出人はオデットで、リディアーヌは気軽な気持ちでその手紙を開封したのだが、記してあったのはクロヴィスのスキャンダルについてだった。


『殿下には新たな婚約者が必要なのでしょうけれど、侯爵家以上の令嬢でまだ婚約を調えてない方は多くないし、いらしたとしても辞退する方が多いらしいわ』


王家に嫁ぐのならば同じ王族が最も好ましいと言われている。しかし他国の王族、それも年齢の釣り合う女性を求めるのはなかなかに難しく、よって、次点として挙げられるのは王家の血を継ぐ公爵家となる。

メイルーナのラベル公爵家以外にもメルシアン王国にはいくつかの公爵家があるが、メイルーナも含めて、どの家の令嬢もすでに政治色の強い婚約を結んでいる。自国の王太子の婚約が白紙となり、新たな婚約者探しに難航しているとしても、おいそれと鞍替えして良いような相手ではない。


そうなると残る高位貴族は侯爵家となるのだが、そもそも高位な者ほど幼い頃に婚約を調える傾向にある。早い者勝ちは貴族の世界でも変わらない。より良い人材を確保したいのならば、早いうちに婚約という名の契約を結んでおくことが必要で、オデットの手紙にあるように年頃の、それも高位な令嬢がフリーな状態であることは珍しいのである。

リディアーヌ自身は婚約を結んでおらずフリーな令嬢ではあったが、シャイエのような貧しい貴族では王家も困るのだろう。父であるシャイエ侯爵からは婚約の話は一切、聞いていない。


それに、話を持ち込まれたご令嬢方がこぞって辞退しているというのもわからないではない。

デビュタントの夜会で見たクロヴィスは恋に落ちた青年そのものだった。彼はあの美しい少女のことしか見ていなかった。彼女のささやき、彼女のしぐさにいちいち蕩けるような甘い笑みをこぼし、公の場でも恥ずかしげなく口づけをしていた。

メイルーナとあの少女は同じ公爵家である為、交流があり、彼女曰く『殿下はミラリアお姉様に首ったけよ』であった。


それほどに婚約者を愛しぬいていたクロヴィスが他の女性に目を向けることは難しいことは想像にたやすい。王家との結びつきと、婚約者を失った王太子の後始末、さらには愛を得られない婚姻のすべてを鑑みた結果、申し込まれた多くの家が『辞退』という選択をしていると思われた。


「誰か良い方が見つかるといいのだけれど」


リディアーヌのこぼしたつぶやきは誰に聞かれることもなく、夜の闇へと溶けていった。








「やぁ、リディアーヌ。綺麗になったね」

「相変わらず叔父様はお上手ね」

「兄さん、それは失礼だよ。リディは昔から綺麗だよ、今も変わらず綺麗なのさ」

「あはは、そうだったな。すまない、すまない。俺が悪かった」


シャイエでは年に数回、本邸に一同が集まり、互いの事業や領地の様子を報告し、話し合いをしているが、前回の集まりからひと月ほどしか経っていないこのタイミングというのは少し早い気もする。

その証拠にいつもなら叔母やその子供たちも同行するのだが、今日は叔父たちしか来ていない。なにせシャイエ一族は仕事に追われており、そう頻繁に一家全員で遠出するわけにはいかないのだ。

かわいい盛りの甥や姪たちに会えなかったのはさみしいが、話し合いのスケジュールが早まったのならそれも仕方のないこと。

叔父たちに挨拶をしてからリディアーヌはいつものように自身が任されている職場へと向かった。

話し合いは大抵、一日中かかる。そのあとはちょっとした晩餐を開いて、お互いの英気を養い、翌朝、それぞれの担当する領地へと戻っていくのだ。


晩餐にはリディアーヌも参加する。正式な場である為、仕事着というわけにはいかない。


「今日はいつもより一時間ほど早く迎えにきてもらえるかしら」


職場まで送ってくれた御者に帰りの時間を指定して、リディアーヌは職場となる建物へと入っていった。





なんとか仕事を前倒しで終わらせて慌てて屋敷に戻ってみると、叔父たちはもうすでに帰った後だった。


「もう帰ってしまったの?」


出迎えた家令に聞くと彼はうなずきをもってそれを肯定した。


「皆様、お嬢様によろしく、とおっしゃっておられましたよ」

「そう」

「旦那様からお話があるそうです、お嬢様が帰られましたら執務室へ来るようにとのことでした」

「わかったわ、すぐに行きます」


家令に言われた通り、リディアーヌは執務室へと向かった。ドアをノックするとすぐに入室を許可する声がかけられた。


「今日の決定を知らせておこうと思ってね」


話し合いの結果はいつもリディアーヌにも知らされる。しかしそれは大抵、書面にまとめられた状態で侯爵自身から語られることは珍しい。

重要ななにかが決まったのだとリディアーヌは居住まいを正して次の言葉を待った。



「シャイエは爵位を返上することに決まった」



なにを言われたのか理解をするまでに時間を要した。それから冗談だと思い、同時に、侯爵がこういう冗談を言わないことを思い出した。

つまりこれは本気だ、侯爵は本当に爵位を手放そうとしているのだ。


「何故ですか?」

「何故?そんなもの決まっている、事業がうまくいっていないからだ」

「それは今にはじまったことではありません」

「そうだ。だが、今日、親類と相談した結果、潮時だという結論に至った」

「そんな」


そこまで侯爵家が追い詰められていたとは知らなかった。リディアーヌが任された事業そのものは好調とまではいかなかったが、少なくとも赤字ではなかった。

このまま堅実に進めていればやがて黒字になるだろうと予測していただけに惜しいものがある。しかし爵位返上はもう決まったのだ、リディアーヌが喚いたところで覆るなら、話し合いに参加させてくれていたはずで、もうどうしようもないのだ。


「わかりました。ですが、事業はどうなるのですか?」


一番の心配はそこだった、事業主として従業員を路頭に迷わすわけにはいかない。


「それは引き続き、シャイエが見る。爵位を返上して一商人になるだけだからな」

「そうなのですか?」


爵位を返上した元貴族が事業に携わっていていいのかと思うが、そこは交渉次第なのかもしれない。

リディアーヌにはよく分からなかったが、ともかく、やりかけの仕事を放り出さないで済むことには感謝したのだった。









一族の間で爵位返上の決定がなされたその一週間後、突然、屋敷に王家の使いがやってきた。


あの日の翌日から侯爵は諸々の手続きのために王都へ行ったまま、まだ帰ってきておらず、侯爵夫人が代理で話を聞くことになった。一応、リディアーヌと彼女の兄もその場に立ち会うことにする。

使いの人間は集まった一同を見下ろし、もったいぶった態度でとんでもないことを言った。



「シャイエ侯爵令嬢にクロヴィス王太子殿下との婚約を命じる」



その言葉にリディアーヌは身を固くした。

クロヴィスに婚約者が決まらないことは知っていたが、まさか、この貧しい侯爵家の娘までもが駆り出されるとは思っていなかったのだ。



彼のエスコートを受けたデビュタントの夜を思い出す。婚約者のミラリアと甘く見つめあっていたクロヴィス。リディアーヌの初めてのときめきは、失恋という形で終わったはずだった。それがまさか彼との婚約を命じられるとは思っていなかった。

しかしこの王命は無効だ、シャイエは爵位の返上を決めた。平民になるリディアーヌでは彼の隣に立つ資格がない。



「恐れながら申し上げます、我がシャイエは爵位を返上することに致しました。シャイエ侯爵令嬢なる呼び名は間もなく無効となります」


侯爵夫人の言葉に使者たちは顔を見合わせた。


「ですが、我々は陛下より命令を賜ったのですが」


困惑という言葉がぴったりの空気が場を支配した。


「とにかく、この命令書は置いていきますから」


使者は夫人にそれを押し付けると、さっさと帰って行ってしまった。



彼らの乗った馬車が走り去る姿を見送りながら侯爵夫人が言った。


「まだ殿下のお相手は決まっておられないのね」


それにリディアーヌの兄が答えた。


「そのようですね。ですが、うちはもう爵位を返上するんです。関係ありませんよ」


そう関係ない、リディアーヌにはもう関係のない人なのだ。

夫人の手に残された命令書を一瞥し、リディアーヌは職場へと向かった。












妙な王命が届いたその翌日、侯爵は夜通し馬をかけて領地の屋敷に戻ってきた。


「おかえりなさいませ」


出迎えた侯爵夫人とリディアーヌに彼は言った。


「すまない、失敗した」

「失敗って、まさか!」


顔色を青くした侯爵夫人の隣でふたりの会話が理解できないリディアーヌに向かって侯爵が言った。



「すまない、リディアーヌ。お前と王太子殿下との婚約が決まってしまった」

お読みいただきありがとうございます

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