13.新たな婚約者候補
その頃、王城で国王と面会をしていたのはひとりの令嬢を伴ったサーサル侯爵。
「あのような貧乏侯爵家の娘を王太子妃に据えるなど、諸国に侮られかねません。
女だてらに留学していた変わり者ではございますが、その分、見識はあります。わが娘を殿下の妃に推挙致します」
娘の名はヴァウラ・サーサル。
サーサル侯爵家の三女として生まれた彼女は外国に嫁いだ叔母を慕っており、特に語学に興味を持った。
デビュタント後、女性にしては珍しく国外への留学を果たしていたのだが、クロヴィスの婚約者選びが白紙になったことを受け、サーサル侯爵が彼女を呼び戻したのだ。
侯爵は彼女の披露の場として、夜会を開いた。
貿易に力を入れているサーサル家に相応しく外国の招待客の多い集まりだったのだが、そのホスト役としてヴァウラは申し分のない働きをしてみせた。
諸外国を巡っていただけあって言葉に困る場面は皆無。各国の知識や文化も頭に入っており、外国からの招待客の対応はスマートだった。
この国ではあまり見かけない奇抜なドレスでの出迎えに驚いた人々も、招待客の国で大流行の最新ファッションだと分かれば、女性陣はヴァウラに憧れの眼差しを向けている。
ヴァウラの生家は昨今、勢いのあるサーサル侯爵家であることもあり、貴族たちの間で王太子妃に相応しいのは彼女だと判断が下されるのは当然の流れであった。
王太子による孤児院への定期訪問にヴァウラが同行することを聞かされたクロヴィスは驚いて国王に詰め寄った。
「わたしの婚約者はリディアーヌ嬢のはずです。何故、サーサル侯爵令嬢を公務に同行させるのですか?」
「シャイエ侯爵家とはまだ正式な婚約契約を結んでいない。婚約者候補のひとりというだけだ。
新たな候補者としてサーサル侯爵令嬢が名乗りをあげた以上、王家としてはその両方と交流を持つべきと考える」
国王の言葉にクロヴィスは反論できなかった。シャイエもサーサルもメルシアン王政にとって大切な臣下だ、ならば平等に扱わなければならない。どちらかに肩入れしても、後々大きな問題になりかねないからだ。
「ですが、わたしはリディアーヌを妃にしたいと考えております」
「お前の想いなど関係がない。国家にとってより大きな利をもたらすほうを妃に据えることがそなたの役目。
自らが次期メルシアン国王であること、努々忘れるでないぞ」
結局、クロヴィスは私的な手紙をリディアーヌに送ることしかできなかった。
『今度の孤児院への訪問はサーサル侯爵令嬢が同行することになったが、これは形ばかりのものなので気にしないでほしい』
こんなことを綴ったところでなんの説得力もないことはクロヴィスが一番よくわかっていた。リディアーヌはまだクロヴィスに想いを寄せているとは言い難い状態だ。さすがに嫌われてはいないだろうが好意を持たれているかと問われたら微妙なところだ。
自分たちの関係はこれからだった。
婚約者として顔合わせをしてからふた月も経っているというのに、関係が全く進展していないのはクロヴィスのせいだ。ミラリアにとらわれていた彼はリディアーヌを見ようとしてこなかった。
しかし、式典の中でオルガの企みを知り、それにミラリアが加担していることを知った。彼女はもうクロヴィスが愛した婚約者ではなく、帝国の王子妃としての責務を果たそうと動いていた。
自分だけが立ち止まっていることに思い至ったクロヴィスはミラリアの幻影に別れを告げ、リディアーヌと向き合うことにしたのだ。
改めてリディアーヌという女性を眺めてみると、彼女は驚くほど政治的な機微に長けていた。なんでもシャイエの事業のひとつを受け持っており、令嬢でありながら商売を営んでいたらしい。その経験が活かされたのか、リディアーヌの危機管理能力は素晴らしいものがあった。
ふらふらと危うい動きをしているクロヴィスを側近と協力して見事に御し、オルガという胡散臭い相手にいいようにされることもなかった。
美しさも華やかさもミラリアに遠く及ばないことは誰の目にも明白ではあったが、それ以上のものを持っているリディアーヌを手放してはならないとクロヴィスは気づいた。
彼女が自分のことをどう思っているのかはわからない、でも婚姻することは決まっているのだから時間はいくらでもある。徐々に距離を詰めていけばいつかは良い関係になれるのでは、とクロヴィスが動き出した矢先、新たな婚約者候補としてヴァウラが名乗りをあげてしまったのだ。
あの日、ほんのりと頬を染めたリディアーヌの姿が脳裏に浮かぶ。ヴァウラの登場を彼女はどう思っているのだろうか。
クロヴィスと共に馬車から降り立ったヴァウラの姿に、出迎えた孤児院の院長はともかく、子供たちは残念そうな顔を見せている。
「ようこそお越しくださいました、クロヴィス王太子殿下、サーサル侯爵令嬢」
院長の挨拶のあとに続くはずの子供たちからの歓迎の言葉は遂に発せられることはなかった。孤児院訪問に初めてきたヴァウラは気づかなかったが、ミラリアのときも子供たちから挨拶はあったのだ。リディアーヌが来るようになってから、子供たちは特に彼女の訪問を喜んでいた。平民と接することに忌憚のないリディアーヌは子供たちに混ざっての遊びを楽しんでいたからだ。
貴族らしい気位の高さを持ったヴァウラと比べたとき、子供たちの視点から見ればどちらが好ましいかは明白だった。それは院で働く平民たちも同じのようで、ヴァウラを遠巻きに見ている。
リディアーヌが来ると思っていた子供は、野の花を摘んだ花束を手に持って困った顔をしていた。それを渡したところでヴァウラが喜ばないことはなんとなくわかるのだろう。可哀そうに思ったクロヴィスは花束を受け取った。
「リディアーヌ様に渡してくれる?」
「あぁ、必ず」
クロヴィスの言葉にその子は笑顔を見せたが、それを横目に見ていたヴァウラは苦い顔をしていた。
孤児院訪問の帰りの馬車の中で、ヴァウラがクロヴィスに言った。
「その花束、シャイエ侯爵令嬢にお届けするのですか?」
咎めるような口調にクロヴィスは眉をひそめて応じた。
「そのつもりだが」
するとヴァウラは大仰にため息をついた。
「本日の公務への同行はわたくしたちの交流も兼ねていると思っておりましたが、違いましたかしら?」
「その通りだ」
「それならば何故、別の令嬢への言付けを頼まれたりするのです?
わたくしは殿下の婚約者候補に名乗りをあげております。そのわたくしの目の前でシャイエ侯爵令嬢への配慮をするなど、礼儀として、してはいけないことでしたわ」
そう指摘するヴァウラは嫉妬にかられての発言というよりは、クロヴィスのマナー違反と諭しているといった風だった。
「聞けば、彼女が婚約者候補になってからも殿下はアルロー公爵令嬢を重用するような言動を繰り返していたとか。
失礼ながら、殿下は女性に対する礼儀を学んだほうがよろしいかと思いますわ。シャイエ侯爵令嬢もわたくしも、正しく王家の臣下ではございますが、だからといってどう扱っても良いというものではございませんのよ?」
ヴァウラに小言を言われ、腹が立ったクロヴィスではあったが、反論することはできなかった。クロヴィスがリディアーヌにもヴァウラにも不誠実な態度をとったことは事実だったからだ。
リディアーヌと出会った頃はずっとミラリアを優先していた、そしてヴァウラと出会ってからはリディアーヌを優先している。
「すまなかった、これからは誠実に向き合うようにする」
クロヴィスの謝罪にヴァウラは、良しなに、とだけ言い、許すとも許さないとも言わなかった。
メルシアン王太子であるクロヴィスの婚約者の座はいつまでも空白にはしておけない。早急にどちらかに決定すべしと貴族たちの圧力もあり、平等を期すためにも、後から候補者となったヴァウラとの時間のほうが長く設けられることになった。
クロヴィスの招待に応じてヴァウラが王宮へとやってきた。
茶会の会場はリディアーヌのときと同じく王宮の庭園だが、王族専用の庭園ではなく、王宮に来た者ならば誰でも入れる場所に用意した。花の季節が終わった今は専用庭園よりこの庭園のほうが景色を楽しめるのだ。
クロヴィスなりに配慮をした結果なのだが、ヴァウラはリディアーヌと差をつけられたことが残念だ、と言ってきた。
ヴァウラはリディアーヌと比べてはっきりとした物言いをする。ネチネチと遠回しに嫌味を言われるよりは楽ではあるが、それを好ましいと捉えるかどうかは人それぞれで、クロヴィスは辟易していた。
「今の季節、こちらの庭園のほうが見目が良い。専用庭園は緑ばかりで面白みがないんだ」
ヴァウラはそうではないと言いたかった。王太子にどこでもてなされたかが重要であって、庭園の花などどうでもいい。しかし彼の価値観ではそちらのほうが大事なのだろう。つくづく、政治的な機微に疎い人だと思う。
先の式典ではうまく立ち回ったようだが、リディアーヌが要所要所で手を回していたという噂は案外、本当かもしれない。
逆を言えば御しやすい人物とも言える。サーサル侯爵は外戚としてメルシアン王政に食い込みたいと考えており、その為に、ヴァウラを差し出したのだ。
ヴァウラとしてはもっと諸外国を回っていたかったのだが、貴族令嬢に生まれた以上、家の為の婚姻からは逃れられないとわかっていたし、クロヴィスの妻となれば王太子妃になれる。外交官の妻として諸国を相手にするより、余程おもしろそうだと考えた結果の立候補だった。
侯爵はクロヴィスを傀儡にと考えているようだが、さすがに彼の周囲はそこまで愚かではないし、なによりメルシアン国王が許さないだろう。ヴァウラとしても父の片棒を担ぐ気はさらさらなかった。だから彼を意のままに操りたいとは微塵も考えていなかったが、彼は王太子としてどうにも危うく、こちらがレールを敷いてやったほうが良いように思える。
「殿下、最近、民の間では近隣諸国の料理が流行っているのをご存じですか?」
気を取り直したヴァウラは、得意の話術でクロヴィスの興味を引き付けようと試みた。
「そうなのか?」
「今年は我が国で式典が開かれましたから、多くの外国人が国内に入ってきました。彼らは置き土産として様々な料理を残していったようですわ。これを機に、王宮の集まりでも採用してみてはいかがでしょう。各国の料理が楽しめるなど、なかなかないことですもの」
「そうだな」
「文化交流と称して、各国の文化人をお招きするのも良いかもしれませんね。互いの風習がまじりあい、新たな文化が生まれるやもしれません」
ヴァウラは次々と新しい話題を提供し、クロヴィスを楽しませようとしているのかもしれないが、ひっきりなしに話し続ける彼女にクロヴィスは内心であきれていた。
ミラリアは相手が話題を提供するのが当然だと思っている節があったし、リディアーヌは物静かであまり自分から話をしなかった。ふたりともクロヴィスから話しかけなければ黙っているタイプで、しかしその沈黙も決して悪いものではなかったのだ。
ただ黙って同じ空間、同じ時間を共有する。それもまた婚約者との交流の形だとクロヴィスは考えていた。
ヴァウラとの茶会の時間が終わり、クロヴィスは彼女を馬車止めまでエスコートした。
その道中、ヴァウラがクロヴィスに言った。
「本日はお楽しみいただけなかったようで申し訳ございません、次回までには違った視点の話題をご用意してまいりますわ」
「そんなことをする必要はない、婚姻したらわたしたちは夫婦であり、対等になるのだ。わたしはあなたの招待客ではないのだから、必要以上におもねったり、もてなしたりする必要はない」
クロヴィスの言葉にヴァウラは驚いた顔をしている。
彼女はサーサル侯爵からクロヴィスの心を掴むように言い含められており、だからこそ、得意の話術で惹きつけようとしていた。しかし彼はそんなことをしなくても良いと言った。だとしたらヴァウラはどうやって彼の心を射止めればいいのだろうか。
ミラリアは、そしてリディアーヌは、どうやって彼の心を掴んだのだろう。
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