侵攻するは翡翠の仲間
王都の中心に聳え立つ城から、重く蠢く黒い塊、呪現獣の集合体が、現れた赤龍めがけておどろおどろしい速度で迫り寄る。数多生えてくる手は赤龍への復讐心と、不老の呪いを奪わんとする渇望で満ちていた。
赤龍ガレアは、大きく地上に風圧がかかるほどの羽ばたきをして、空を蹂躙するかの様に飛び周り、迫る呪現獣を引きつける。その赤龍の飛翔速度に追いつけない膨大な質量の呪現獣だが次第に城からだけでなく、地上からも湧き現れ、宙を這う様に迫り寄り、赤龍を取り囲む。
赤龍ガレアの口元から眩い紅蓮色の炎が零れ漏れている。その炎は次第に眩さと総量を増していき、赤龍の口内に溜まっていく。
解き放たれたのは紅蓮の息吹。圧倒的に質量がある呪現獣の塊にぶつかると、その勢いを押し殺し、さらに押し返し、黒い闇色が紅蓮色に熱され、溶けて霧散していく。
その息吹は、その呪いの遺志その物を消し去るほど、強い意志の宿る力を具現化した炎。
しかし呪現獣は止まることなく、幾度となく、王都エリュシオンから湧き上がり赤龍を手中に収めんとす。赤龍と呪現獣の息つく間もない攻勢が、滅びた王都の上空で繰り広げられる。
「行くわよ! あの呪現獣達は元老が操ってるはず! 意識がガレアさんに向けば私達はサーロ達の元に辿り着きやすくなるはず!」
「うん〜! アイシャ先生に付いてくよ〜! ティアラはしっかり私に掴まっててね〜!」
「はい……ぁ、もふもふ……!」
アイシャの指揮の元、サーロ奪還に動きだす一行。
「よーし! 俺達が先ずは前線で邪魔する呪現獣は足止めしてやるぜ! 行くぜ! 獣人の力惜しみなく見せつけてやろうぜっ!」
賛同する多種多様な獣の雄叫びが重なり響き渡る。それを合図に、獣人達と呪現獣達は正面衝突、拮抗した攻防が始まる。
翡翠のまじないをその身に宿した獣人達だが、巨躯を持つ呪現獣に劣勢を強いられる。そこに戦場に舞い降りる黄昏色の歌姫ミシトは、舞台に立ち、観客を魅力する立ち振る舞いで、その心に響き届く歌声を奏でる。
――死した遺志には鎮魂を、生きた意志には鼓舞を!
その歌声が届けられた者は、淡く黄昏色の発光に纏われる。獣人達は心の奥から力と勇気が湧き出し、呪現獣はその動きを鎮めていく。
戦乱渦巻く王都への道を、アイシャはウルバルに乗り、ティアラはグリマに掴まり、玉座の間へ向かって突き進む。
――待ってて、サーロ……!
「すまぬなぁ、サーロ、アニムスよ、では誓詩奏上を始めようぞ」
「はい」
「うふふふふふふ! やったね! やっーーと! だね! 僕(私)! 嬉しすぎて! 生きてて良かったー! って感じ! 本当よ!」
玉座の間に束縛されながらも、狂喜し声を張り上げるアニムス。
サーロは、自分の本当に、したい事が分からなくなっていた。考えようにも、感じようにも、思い出そうにも、自身の内に呻き巡るエリュシオンの民達の遺志がそれを許さない。サーロはその呻きを拒絶しない。その呻きすら、救えないかと。
いつからか、サーロに自分の意思は消えていっていた。それはただの遺志を集わせる為の器。深淵を思わせるほどの深い群青色の泉の心地良さに、遺志は望んで溺れていく。ひとつに溶けていく。そして泉はより暗く深い群青色に。
「獣人の皆さんと、歌姫様のお陰で呪現獣達をうまく分散できたわね」
「だな! にしても、アイシャ先生って言ったな! その太刀筋惚れちまうねぇ!」
「あら? 私守備範囲は広いわよ? 無事帰れたらお茶でも御一緒いかが? グリマの奢りで!」
「うわーーーーん! 置いてかないで〜! 速いよウルバル〜! ティアラは大丈夫〜!」
「は、はい! 大丈夫! ですが! 揺れてしまって! もふもふが堪能でき、ない! ですっ!」
ティアラ一行は、無事城まで侵入できた。侵攻中に呪現獣は現れるも、ウルバルとアイシャの息のあったコンビネーションで尽く癒し切り裂いていく。その少し後ろをグリマと背中に必死に掴まり落とされんと気張るティアラがついて行く。
「でも〜! このままいけば〜サーロの元へもうすぐ辿り着きそうだね〜! 頑張るぞ〜!」
「皆さん……頼もしい……です!」
一行が全速力で回廊を突き進む中、扉を蹴破ると、玉座の間へと繋がる階段がある広間に出る。
その階段前に立ち塞がるのは、サーロと別れた城で案内人をしていた甲冑を被った顔の見えない男であった。その手には自身の背丈ほどある斧を携えていた。
「王都エリュシオンの復活、死した者に再び生を与えるこの神聖な儀式の邪魔はさせん」
「……アイシャ先生よ、ここは俺に任せな」
「ウルバルくん……」
ウルバルの、毛並みがゾワゾワと危機を感じたのか逆立つ。背に乗るアイシャもそれを肌で感じ取る。
アイシャはウルバルの背から身軽に降り立ち、立ち塞がる男を見やる。
「どうやらこの地にきた生きた人間と、死者の遺志が深く繋がってしまった人ね……」
「やばさぷんぷんだがぁ〜? 俺は何を隠そう孤高のウルバル様だぜ! ここは任せて先に行きな!」
「よし! 任せた! 行くよ!」
「え、ちょ、アイシャさん!? 即決!?」
「ウルバル〜……ウルバル〜……!」
そして、即断で、階段を登ろうと突き進む三人。もちろん甲冑の男はそれを防ごうと斧を振り上げ襲いかかる。が、その振り上げた腕に噛みつき、両の手で武器と顔を抑え込む狼の獣人。その隙に、三人は階段を駆け上がる。
「私は……失った……大切な人を……この地の遺志は、私と同じ想いを持っている……!」
「てめぇ……似た者の匂いを感じるぜ……俺とよ……」
甲冑の男はウルバルを振り払い、間合いを開ける。ウルバルをその男に、どこか共感を覚える。
「俺もよぉ、大切な人失ったことあるからな……だが! だからこそ!」
ウルバルの体が力むと共に膨れ大きくなり、筋肉質な、そして、より獣らしい姿になる。
「そんなんじゃ、アイツらは笑顔で休むことは出来ねぇのさ!」
「獣の貴様に何がわかる!」
「その健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富めるときも、貧しい時も、王都を愛し、王都を敬い、王都を慰め、王都を助け、その命全てを尽くす事を誓いなさい」
「誓います」
「誓いますー! うふふふふふふ!」




