思い出すは愛する人
「私とサーロは、アニムスに助けられたのよ。でもアニムスはその体に様々な呪いを宿し、染まるようになってしまったわ」
「そう……だったん……ですね」
ティアラはサーロとアニムス、そしてアイシャの過去を聞き、驚きとその境遇を慮り、言葉がつまる。
「……私とサーロは無事にアバンダンシアで、クラーク先生達に保護してもらい、街の人にも事情を分かってもらって受け入れてくれたわ。ほんと、優しい人達ね」
「あの……サーロの記憶を封じたのは……どうして……」
「そうね……サーロが未来を向くため……かしら……」
「未来を……」
アイシャはグリマの淹れた紅茶をひと口飲み、少し吐息を吐き、当時を思い出す様な眼差しをしながら語り出す。
「サーロはね。アニムスが置き去りになった事に対して、とても悔やんでいたの。日々部屋で塞ぎ込み、時にはもがき苦しんでしまうほど。自責の念に駆られてね」
「サーロ……」
ティアラは真剣に話に向き合いながら、その手は自分の服を強く握りしめ、湧き溢れそうな、悲しい感情に耐えている。今は涙を流すときではないと。
「だから、クラーク先生は、自身の思念をサーロにまじないとして宿し、記憶を封じ、サーロの体質を抑制したの。それは罪深い事だとしても、サーロがこれからを生きるには必要だろうからって」
「……アニムスさんは……また助けに行くことは出来なかったのですか……」
「……ええ、そもそもあの呪われた地に入ったら、元老の支配下にいる様なもの。条件が奇跡的に揃っても闘わず逃げることが精一杯。それに私達が王都エリュシオンから逃げ出してから、アバンダンシアの周囲の荒野に異様に呪現獣が増えたのよ。私達を監視し、捉えるために元老が遣わしたのね。だからクラーク先生は苦肉の策として、アバンダンシアの結界を強め、外から呪現獣が入れないようにしたの」
「あの荒野の呪現獣は……そういうことだったんですね……」
「結界を強めた代償は、クラーク先生は街の結界の中核には住めなくなったの。それで離れた森に暮らしてたのよ。サーロは本当は結界の強く働く街の中で暮らして欲しかったけど、クラーク先生が傍でまじないをかけ続けなければ、記憶が甦ってしまうから……」
「あの家は……結界が強くはなかったんですね……」
「ええ、クラーク先生が天命を全うされてからも、サーロのまじないが解けないよう、クラーク先生の思念を宿した石碑に毎日祈るようにさせてたわ。でも……海の向こうから、呪現獣でなく、王国の呪いを宿した使者を遣わすとわね……しかも、巧妙に、ただ死者が生を渇望して生まれた呪いに見せかけてたわ。元老の仕業ね。気づけずサーロを送り出してしまったのは……私の判断ミスよ」
「いや、私の驕りのせいだな」
「ガレアさん……っ! 大丈夫ですか?」
横になり休んでいたガレアが頭を片手で抱えながらのっそり上体を起こす。ティアラは、ガレアが起きてくれた事に安堵を覚え、やや落ち着きを取り戻す。
「ガレアさんは……サーロが、王都エリュシオンの人柱だって事も、渇きの呪いが、王国の死した者たちの思念からの物ともわかってたんですね」
「呪いに関して言えば、その可能性は考えたよ。ただ、サーロが人柱とは分からなかったが……」
「分からなかったが……?」
「リュシオ……王都エリュシオンの帝王リュシオの血筋だとは、ひと目で分かったよ。何しろ……若い頃のリュシオにそっくりだったからね」
「リュシオ……? ガレアさんは……その人が若い頃から生きてるんです……か?」
ガレアはベッドに腰をかけたまま、胸元をやや開き、不老の呪いの紋様を露わにする。そして、その呪いを愛おしそうに、哀しそうに、遠き過去に思いを馳せた目で見つめる。
「ああ、私がまだこの呪いを授かる前さ」
「ガレアさん……あの王国の人達が言ってた……滅龍って……」
「そうだね……私と、王国の関係について話さないとだね。ティアラ、私はね」
「……」
「帝王としての使命で、私を殺しに来たリュシオを、殺し、そして、リュシオの願いで、王都エリュシオンを滅ぼしたのさ」
「……王都エリュシオンの記録は存在した、事くらいしか残されてないけど、とある旅人の冒険譚の筆者が、後の帝王リュシオであるとの推測があるわ」
「その推測は正しいよ。渇きの呪いをティアラ達に説明した時の書物は、間違いなくリュシオが綴ったものだよ。よく持っていたね。クラークが王都から持ち出したのかな」
「え、と……リュシオ……その帝王さんが……自分の王国を滅ぼして欲しいって……願ったのですか?」
ガレアは胸の紋様を指でなぞり、耳を澄ませる。それは、その呪いに宿る声を聴こうとするかのようであった。
「ああ、そうさ。リュシオは、私にとって、特別な、特別な存在だった」
「ガレアさんはリュシオさんのこと……」
静かに瞼を閉じて、そこから見える暗闇に、過去のリュシオの姿を映し出す。しかし、彼の映像には彩りがどうしてもつかない。それでも、その、サーロにとても似た青年の姿に心の自分が手を伸ばす。しかし、届くことはなく、気づけば、手を伸ばした先にあるのは、帝王の装いをし、厳格な表情をした壮年のリュシオが描かれた肖像画。愛おしく、哀しく、その顔に触れる。
「私はリュシオを、愛していたよ」
熱い思い籠った瞳で、胸の紋様を見る。
「そして、この不老の呪いは、リュシオを殺した時に、彼から授かったものだよ。不老の呪い……永遠と自由を望んだ、彼の、ね」




