囚われし少年二人
そこは滅びた王国。王都エリュシオンの亡骸。その瓦解し色を失い生気のない王城の、とある一室。そこには簡易的なベッドがふたつ。そのベッドに腰掛ける群青色の瞳をした少年と、片腕で目を覆い仰向けに休んでいる少年がひとりいた。仰向けのまま少年は群青色の瞳をした少年にぼやくように話しかける。
「ねぇサーロ。僕達はラッキーな方なんだよね? まだ生きてるってことは」
「そうだね」
「僕ら以外に拾われたり、攫われた子達は呪いの適正実験に耐えられなくて、呪現獣になっちゃたし」
「……そう……だね」
「でもさ、僕、もう嫌なんだ、苦しいんだ、怖いんだ、辛いんだ、痛いんだ、呪いに纒わりつかれて、自分が自分出なくなるみたいで……」
「アニムス……」
群青色の瞳をした、サーロは弱音を吐くアニムスを心配した目で見やる。アニムスは泣きそうに震えた息を深く吐きながら起き上がり、そのまぶたを開く。その瞳は黒い輪郭に縁取られたその内側は、まっさらな白色だった。
「あの元老が言ってたけど、僕は体質的に呪いやまじないの影響に染まりやすいんだって。だからまだ実験で呪いと接触しても押しつぶされずに生きてるって」
「……」
「サーロはさ、たしか、この王国の亡命者の血族なんでしょ? 放浪していて生活してる。そこから攫われた、もしかしたらこの王国の創設者、リュシオの末裔かもって」
「それは……わからないよ……父さんにも、母さんにも何も聞かされない内に、ここに攫われてきたんだから」
「きっとそうだよ。そのリュシオって人は群青色の瞳をしてたって。それに群青色の瞳を持つ者は強い呪いすら受け入れ自分の力に出来るって」
「でも……このままだと、僕らは結局、元老、いや、あの呪現獣の、良いように使われて終わるだけだから……」
「サーロ……僕らここから逃げて、自分らしく、笑顔で生きられるかな」
「そう……したいね……アニムス……」
「サーロ! 僕はね、もし自由の身になれたらね! したいことがあるんだ!」
そう、淡い希望を呟きあっていた。すると部屋の扉がコンコンと、張りの良いノックをされ、こちらの返事を待たず人が入ってきた。ひとりは凛とした印象を受ける大人の女性。その顔は険しくも無機質に見える。その後ろにローブを纏い、フードを深く被った、顔の見えない不気味な存在が。
「時間よ。サーロ。アニムス」
「ここまでよく生き残ったのぉ。そろそろお主らには王国復活のための人柱になってもらおう」
「……」
「……くそじじい」
アニムスがそう吐き捨てると、元老のローブから黒い実体のある影が鋭く伸びてきて、自分に罵声を浴びせたアニムスの首を絞める。
「ぁ……が……っ!」
「アニムス! やめてください元老! 僕が! 王国復活の人柱になりますから! 逃げないから! アニムスを解放して!」
「ほうほう、その心がけ正しく帝王の器よ」
そうしわがれた声で不敵に声を発すると、伸ばした影をローブに戻す。苦しみから解放されたアニムスは蹲って嗚咽が漏れている。サーロはその身を案じて背中をさする。
「アニムス、おまえは所謂予備だ。このサーロが、帝王リュシオの為の人柱として成り立たなかった時のよ」
「……はぁ……はぁ……っ!」
「……」
「では、実験をします。玉座の間へ」
「ふむ。アイシャ、今日はいつもより強く王国に宿る呪いの思念に当ててやるのだ」
「はい」
「ワシはあの滅龍を貶める準備を進める。万事、運びが良いように」
「はい」
元老はそう託けをし、その場を離れる。少年ふたりの背中をやや急かすように支え起こし、玉座の間へ連れていく。
「あなたも懲りないわね。アニムス」
「……」
「ここに連れてこられた生きた者には、自由なんて与えられないわ。私もね」
「アイシャさんは、どうしてここに」
「流浪の盗賊家系で、この王国に盗みに来た時、私だけ生かされたのよ。まじないを扱う才能があったし、生きるためには何がベストか判断できる利口な人物だからって」
「死ぬのが怖くて、飼い慣らされてるってことだろ……」
「アニムス!」
「そうよ。死ぬのが嫌だからこうしてあなた達を犠牲にしてるの」
「……ふんっ!」
「あなた達だけで、この呪われた王国から逃げることは出来ないわ。元老が呪いを使って常に見張り、現れるから」
「このまま良いようにされるなら……逃げて、死んでやった方が!」
「アニムス、大丈夫、僕が、ちゃんと人柱になるから。だからキミは、ここから逃げて自由に生きて」
「っ! だから……サーロは!」
「そう、逃げられないわ。あなた達だけでわ、ね」
何か、静かに思案し、心の中で反芻しているアイシャ。玉座の間に連れてこられたふたり。サーロは帝王リュシオの椅子に。アニムスは后ヴィーネの椅子に座る。そして、アイシャは元老から渡された呪いが具現化した塊を手にし、暗く低い声で聞きなれない言葉で詠唱を始める。すると、呪いの塊が脈打ち、鼓動し、騒ぎ始める。さらにアイシャはその呪いの塊に指をつけ、黒く染ったその指で宙にまじないを描く。その文字の羅列は玉座に座るふたりの周りに纏わりつき、暴れても動けないよう拘束する。
「湧きあがれ、死した思念よ。刻み込め、貪欲にして、渇望せし、群雄達の記憶よ」
詠唱を終えたアイシャの手から呪いの塊は解き放たれ、透明さを帯びた重さある漆黒の光としてサーロとアニムスを捕らえる。
「……っ! ぁ、がっ! ぁぁぁぁあぁあぁぁぁあぁぁぁあぁあぁぁぁあぁあぁぁぁあぁぁあぁっ!」
「ぐっ……っ! ……アニムス……!」
王国に宿る呪いの強い思念に当てられ、悶え叫び苦しむアニムス。サーロも同様に死者の思念に苦しみ、耐えながらも、アニムスを重んじる。
その光景を視線を逸らさず、強い意志を宿して見つめるアイシャ。その拳は爪が食い込み血が滴り落ちていた。
暗く、蝋燭の火の光が微かに部屋を照らしている。ふたりの少年はベッドに力なく倒れている。
「生きてる? サーロ」
「生きてるよ。アニムス」
「……最近ね、変なんだ。呪いに晒されてから、時折僕が僕でない気がしてくるんだ」
「……アニムスはアニムスだよ」
「あと……さ、僕は、きっと、サーロが人柱として逃げ出さない、死なせないための、駒なんだと思うんだ」
「そんな……っ!」
「そうだよ」
「……アニムス……ねぇ、アニムス、もしさ、生きてここから出られたら、何したい?」
サーロはアニムスに明るく、少しでも希望ある話を持ち出した。それは自分自身有り得ないと思っている事だった。しかし、サーロにとって、アニムスは、ここで死なずに生きるための支え、孤独から救ってくれた初めての友達だった。アニムスとっても、それは同じだった。泡沫の夢に思いを馳せ、明日を望んでいた。
「……サーロより後に僕はここに連れてこられたけど、僕は元々捨てられた子で、アイシャの奴じゃないけど、盗賊みたいな輩にこき使われてただけだからなー……そうだなー」
アニムスは、宙を見る。そこはただ薄明かり照らす天井だか、その先の広がっているだろう世界を見つめ呟く。
「もっと、広い世界を、自由に冒険できたらな」
「……うん、いいね」
「そういうサーロは?」
「僕は……」
突然ノックも無しに扉が勢い良く開いた。現れたのは弱めに光らせているカンテラを持った、アイシャだった。
「アイシャ……! 何の用……!」
「アニムス静かに。サーロも」
「アイシャ……さん?」
「逃げるわよ、ここから。未来の笑顔の為に」




