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流れる涙は誰が為に

サーロは気怠い視線で、テラスから身を乗り出しこちらに敵意剥き出しで睨んでくるユイガを一瞥する。その視線を感じ、ユイガは一瞬怯み身じろくが、自分の誇りがそれを許さず、サーロに食ってかかる。


「キサマ! 何をした! どうして呪いに殺されない! 何故だ! 何故だ! 何故だ!」


「うるさいなぁ……」


瞬間、サーロの姿が闘技場から消える。消えたことにユイガが気づいた時には、首をサーロに握られ観覧部屋の奥の壁面に叩きつけられていた。


「ガッ……ォ……ァ……!」


「苦しい? 呪われていたみんなは、もっと苦しかったんだよ?」


「サーロ? サーロッ! やめて!」


突然の、ティアラにとって受け入れ難い光景。サーロが、無機質に人を苦しめ襲っているその姿は、本当に現実なのか疑う程であった。ティアラの切なる叫びも、今のサーロには届かないのか、視線すらこちらに向けようとしない。


「インヒアレント・エンペラー、サーロ様。そんな小物の為に貴方の手を汚すことはありません。我々王都エリュシオンの兵民である私に始末はお任せ下さい」


そこに割って入ったのは案内人であった。ティアラは拘束を解放され、動揺で床に座り込み、サーロの変わり様をまだ受け入れられていない。案内人は兜を外し、恭しく忠誠を示す様こうべを垂れて跪く。


「横暴な過程で貴方様を目覚めさせてしまった事、どうかご容赦ください。それが我々の使命。しかし、サーロ様、貴方様にも、全うしなければ成らない使命がおありです。今度こそ、逃げ出すことなく……」


「……あぁ、そうだね。じゃあ、こいつは任せたよ」


「がはっ! けほっ! ひっ! 来るな!」


サーロの尋常ではない膂力から解放されたユイガは、涙も涎も垂れ流しながら、必死で我が身を守ろうと、這いつくばりながら、観覧部屋から逃げ出す。その後を、冷静に、落ち着いて歩を進め、追いかけていく案内人。その兜をはずした顔は、生気のない色であった。それは、亡国の亡霊とでもいえる姿であった。


観覧部屋に残されたのは、ティアラと、サーロ。ティアラは状況が理解しきれない。そこにいるのが、本当にサーロなのか、あの、優しく、勤勉で、笑顔が素敵な、自分が好きな、サーロなのかと。サーロは首の渇きの紋様をまた指でなぞり、気怠い様子であった。ティアラは、サーロに意識を集中する。心を覗こうとする。




見えたのは、完全に干上がった泉と、ひび割れた大地、生命を脅かす熱く渇いた風。そこにはもはや心を癒す芽生えは無かった。


しかし、そこにサーロの姿は既に見えなかった。砂埃が、突如強風で流され、その先の遠くに見えたのは、アバンダンシアよりも、華やかで、獣人の森よりも恵みがあり、歌姫のいた都市よりも広大な、王国であった。


「なに……あそこは……」


ティアラはその王国にサーロの心の中核があると思い、必死で駆け出し向かおうとする。しかし、誰かに肩を優しく、しかし、確と掴まれ、その進みを止められる。


「行ってはいけない。キミにあの呪いに充ちた王国の民達の叫びは耐えられない」


「アナタは……」


「私は、クラーク。の、残留思念とでも言えばいいかな。あの亡国の民の、裏切り者とでも言えばいいかな」


「クラーク……サーロを拾い育てた……裏切り者?」


「私がここに居れる時間はもう残されていない。さぁ、意識を戻しなさい」


ティアラは急激にサーロの心の風景から引き離されていく感覚に陥った。現実に意識が戻る兆しであった。


「まって! でも! サーロが!」


「キミが知ってるサーロは、変わらずそこにいる。ただ、過去が、使命が、彼の笑顔を許さないだろう」


「サーロ……サーロッ!」


「もし、まだキミが、サーロと共に、未来に笑顔を望むのならば、アバンダンシアへ。アイシャにこの事を伝えなさい」


「え……」


「アイシャも、私と同じ境遇なのだ」


そうして、ティアラはサーロの心に干渉出来なくなった。残されたクラークの思念は静かに消えていく。


「未来に笑顔を……出来ることなら全ての人が、そうあれることを……」




ティアラの意識が現実に引き戻された。すると、床に膝をついている自分の手元に、金属音を響かせ、翡翠色の剣が投げられ床を滑って手元に来る。


「サーロ……?」


「……ごめん、今までありがと。この剣は、もう僕には要らないんだ」


そう、切なそうに、何かを諦めたように、微笑み、サーロは観覧部屋のもうひとつの扉に歩みを進める。そこは部屋の奥であり、光も差さず、暗く沈んでいる。


「待って! サーロ! わからないけど! 私にはわからない事ばかりだけど! そんなに呪いを背負ったら! サーロ! 死んじゃう! お願い! せめて! 私の翡翠を飲んで!」


「……ごめん……ありがとう」


涙がとめどなく溢れるティアラ。翡翠の雫は、もはや水集めの瓶には収まりきらないほど流れ出る。


「もう、僕に、癒しは必要ないんだ」




「そう! 帝王サーロと、僕(私)、后アニムスに必要なのは結婚式の舞台、王都エリュシオンだけだよ! はやく帰ろう! サーロ! 久しぶり! 嬉しいねぇ! 嬉しいねぇ! 幸せだねぇ! 会いたかったよ! 僕(私)の愛しきサーロ! 刹那の時の幸せを共に過ごそう!」


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