祭典の幕開けまで
サーロは暗く無機質な回廊を、静かに響く足音を響かせながら薄明かり差す方へと向かう。呪われた者たちが集い、開催される祭典。
疑惑がないわけではない、でも、ティアラがこれ以上涙を流すことがなくなるためにも、サーロはいまだに癒えない渇きと内から滲み湧く衝動を抑えながら、薄明かりの先に進む。
開けた空間が現れる。円形をした中庭の中央に、一段高く建造された正方形の石造りの舞台があり、そこには既に十数人、老若男女がやや挙動不審な様子で祭典の開始を待っていた。
サーロはその異質な、歪な、陰鬱とした空気に息をのむ。冷えた汗が一筋頬を伝う。しかし、サーロは歩みを進める。その祭典の舞台に、今、登場する。その石造りの舞台と円形の闘技場の壁面には、赤き煉瓦色の模様が塗られていた。
サーロは周囲の人々を静かに観察する。頬や、腕、はたまた瞳にすら見ることができる赤き呪いの紋様。皆、呪われている。自分も。
視線を周囲に向けながら歩いていると、自分より小柄な人物にぶつかる。サーロは鍛えていた為少し体が揺れた程度で、小柄な人物は衝突の勢いで尻もちをつく。サーロは慌てて転ばしてしまった人物に手を差し伸べる。
「あ! すみません! 大丈夫ですか!」
「ってて……あ、触っちゃダメ!」
「え……?」
サーロは差し伸べた手を止める。そして、自分で立ち上がる人物を観察する。髪がぼさぼさで目元を覆っているが声からして少女であった。そして、なにやら紋様が縫われた手袋を付けていた。
「お……お気遣い……あ、ありがとうです……」
「いえ……」
「でも……こんな呪われてる上に……へへっ……惨めなわたしに手を差し出してくれるなんて……へへっ……」
「いや……そんな……」
「あなたはどうして呪われたの?」
「……!」
少女は唐突に少し声を低くして尋ねてきた。伸びた前髪から僅かに見える瞳に、純粋さと歪みをサーロは感じた。体の芯が一瞬熱く滲む悪寒を感じた。少女は語り口を止めることなく話し出す。
「へへっ……わたし、ホリィーナって言うんだけど……こんなだから、親からも愛されなくて……いつもいつも出来損ないっていびられて……愛してくれなくて……だから……」
「……」
「もっと仲良くできるように、私が触れても怒られないように、動かなくなってもらったの」
「……」
「そしたらね、思う存分家族でスキンシップ出来るかなって! でも……わたし、その時、呪われちゃったの……ひどいよね、ひどいよね! 触れたいと思えるものに触れると壊したくなる呪いに! この手に刻まれちゃったんだ!」
「そう……なんだ」
「でも! 噂を聞いてね! ここに来れば呪いから解き放たれるって! そうしたらお父さんとお母さんに優しく触れあえる! 今はバラバラになっちゃったけど、腐らないようにおまじない掛けてきたから……! へへへっ……」
「呪い、解けるといいね」
そうだけ伝え、サーロは足を運びこの場から離れる。ガレアから呪われた者達の経緯について、聞いてはいたが、やはり動揺はしてしまった。
自分から離れていくサーロの背中を見つめるホリィーナ。その瞳はまさに湧きあがる劣情と愛情と羨望の感情が解けて混ざり合った輝きをしていた。
「へへっ……素敵な人だなぁ……優しい人だな……触れ合いたいなぁ~っ……」
「よくおいでいただけた! クウェンチエルフの乙女よ! なんという僥倖なことか!」
「は、はぁ……。あ! はい! お招きありがとうございます!」
サーロ達がいる祭典が行われる空間を見渡せる建物の上部にティアラは招かれた。この城の主らしき高価で高貴そうな衣服をまとった、耳がやや尖った、おそらくはエルフ族の青年に仰々しく迎えられ。
「私はこの日をどれだけ待ち望んだことか! ああ、僥倖だ! この祭典の開催までの苦労が報われる!」
「あの……この祭典って、呪われた人の呪いを消すんですよね……あなたも、エルフ族ですよね? もしかして私と同じ、クウェンチエルフの方ですか?」
「ええ! あなたはきっと王国から離れた隠れ里で過ごされていたのですね! 分家と本家とでも言いましょうか? こうしてクウェンチエルフの乙女に出会えることは何より奇跡だ!」
「私も……、私の里は、もう……」
「ええ、ええ、ご存じですよ。呪いを癒すためといって、我らを狩る者達に襲われた事、しかしあなたは生き残った! それはもう言葉に表せないほど私は嬉しい!」
「あ、ありがとうございます……」
「申し遅れました。私はこの城の城主である、ユイガと申します! そう! エルフの中でも高貴な種であるクウェンチエルフの若き王なのです!」
ユイガと名乗るその男から、次第に狂気じみた狂喜を、意識を集中しなくともティアラは感じ取れた。吐き気がしそうだった。
「そしておっしゃる通り、これから、呪いを消し去る祭典を開くのです!」
ユイガは瞳を見開き、瞳孔が荒ぶる程に興奮している。そして高らかに大げさに喜びを悶えながら全身で表現した後、やや落ち着きを取り戻し、ティアラに、じっとりと絡み取るような声と視線で、語りかけた。もはやそれは私欲しか籠ってないまじないの様であった。
「私と、あなたの! 結婚式のデモンストレーションとして! 呪われた忌みすべき存在を消し去ると共に!」




