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記憶の彩り

──ここは……夢の中……なのかな。


そこは大地がひび割れた荒野の中、僅かに草木が生え、泉にはかろうじて澄んだ湧水が強すぎる陽光を受け眩く輝いていた。少年は窪んだ泉を見下ろす場所に立っていた。肌には熱く無機質な風が撫でる様、いや、絡めとる様に少年を捉えて離さない。


呼吸が、重い。喉が、渇く。少年は欲する。強く。それは使命なのだと。それは必然なのだと。生きたいと。渇望する。


──そうか、また僕はここに来たんだ。久しぶりだな。


少年、サーロはここは自分の内に眠る世界なのだと認識している。この場所は、今ではだいぶ変わってしまったが、ティアラに会う前から時折、夢に見る場所であった。サーロは周囲を見渡す。遠く臨む先には、巻きあがり視界を阻む砂埃のカーテンが幾重にも重なり、自分をここに閉じ込めているようであった。その光景は昔から知ってはいた。呪いにかかる前から。遠く、遠くには見えていた。しかしその頃のサーロは気にも留めなかった。この泉がある場所が、自分を潤し、満たし、快く。外に目を向ける必要などなかった。この場所が好きだった。渇いた大地になってもそれは変わらない。この場所は自分の居るべき場所だと感じていた。居るべき、だと。


──あの見えない先には、何があるんだろう。


今までだったら過らない感情と思考。サーロはふと泉から離れ、外へ、見えない先へ足を運ぼうとする。


──此処に居なさい、サーロよ。


声が聴こえた。いや、音としてではなく、自分の内から、まるで文字の羅列が自分を縛る様に。それは、まじないの様な。そんな気がした。どこか懐かしい、響く文字。そんな、まじない。


──じっちゃん……?


サーロは自分の頭を片手で軽く触れる。自分に届いた想いをより感じようと探ろうと、意識を集中させる。瞳を閉じる。優しい穏やかな茶褐色の眼を。瞳を閉じた暗闇の中から懐かしい、優しい、時には厳しい、憧れた、大好きだった、師であり、育ての親であるクラークを思い出す。見えた気がした。しかしその表情はよくわからない。ただ、口元は厳格に強張っていた。何かを伝えようとしていた。


──何? じっちゃん? もっと近くに行くからね。


意識の中でより深い暗闇に歩みを進めようとする。その途端、赤黒い閃光がクラークがいる奥のから漏れ出し、自分を一瞬照らし過ぎていく。


刹那、サーロは悶絶する。あまりにその光に宿っていた想い達は、強く、激しく、重く、痛く、哀しく、異常なまでに何かを渇望していた。それは人一人、まして少年一人が知覚するには膨大な熱量であった。


サーロは喉を自分で強く締め、悶え苦しみながらも、湧き上がる衝動と痛みに耐える。苦悶の乾いた声、涙が漏れる。ふらつき窪んだ泉に転げ落ちる。サーロは、この苦しみを鎮めようと、僅かに湧いて、輝く水面へと這って行く。


次第に、暗雲が太陽を隠し、静かな、虚ろな、彩りの無い昏さが、全てを覆う。サーロは水面の上に顔を運ぶ。苦しみで閉じていた瞼を、開けた。水面には彩りの無い自分の顔が映っていた。


その瞳は、深い群青色に。


「やあ僕、サーロ、そろそろ、思い出さないと」


今度聴こえたのは、自分の声、今まさに自分の口から発した言葉。


「やるべき事、忘れないでね」




「……っ! はっ! っは……」


飛び起きるサーロ。部屋にはランプの明かりが静かに僅かに部屋を照らしているだけのうす暗さ。部屋には一人、自分だけ。


体には微かに揺れを感じる。ここは海を渡る大型客船の一室。ミシトが手配してくれた部屋である。隣室にはティアラとガレアが一緒に休んでいるはずであった。この船は今、とある地へ向かっている。ミシトの街での噂話。呪われた者達が集まり、欲するものがあるとされる地へ。


サーロは、夢から覚めたことを実感し、呼吸を整える。息を吸う。静かに吐く。喉には相変わらず渇きを感じる。渇きは夢だけのものでない。


ランプの明かりをやや強め、鏡の前に立つ。その瞳を大きく開く。色はいつもの茶褐色。安堵を感じ肩を下す。しかし、何か、何かを思い出さなければならない。そんな気がした。


早く目覚めてしまったから剣の稽古でもしようと鏡から離れ背中を向け、壁に立てかけた剣を取りに向かう。


その瞳は深淵を思わせる、群青色。


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