翡翠と紅による黒の幕引き
サーロは歯を食いしばる。それは内なる衝動を、すべてを壊したくなる衝動にも抗っているのであった。
──耐えろ、気を強く持て、この衝動を、力に変えるんだ! 渇きの呪いよ……僕らの生に力を貸せ!
湧きあがる人間離れした膂力で、手首を掴む黒い腕を引き剝がす。一瞬呪現獣が怯み動きを止める。しかしサーロも地面に這いつくばる。視界に写るものすべてに見境なく破壊したい衝動が侵食し始める。
──壊す……耐えろ……壊す……だめだ耐えろ! 僕の今すべき事は!
ふと、蹲った背中に優しい温かみを感じる。我に返るサーロ。体を起こすと、ティアラが翡翠色の涙を流し泣きながら寄り添っていた。
「ティアラ……」
サーロはティアラの必死に言葉を出すのを堪えているのを察した。その泣き顔から。自分に無理をしてほしくないと。でも哀しみの中にいる二人を救ってあげてほしいと。優しく純粋な想い。
──ごめんティアラ。また悲しませてしまって。でもこの先の未来に必ず笑顔になれるよう、僕は頑張るから。
ティアラの翡翠色の涙が一滴、また一滴と零れ落ちる。一粒は翡翠の剣に、一粒はウルバルから譲り受けたラビルの革のベルトに。翡翠色に発光する剣とベルト。想いの込められた翡翠色を手にしたサーロは、悲しい叫びを轟かせる呪現獣に気迫の声を発しながら向かっていく。
「あああああああああっ!」
ガレアを抑えつつも数多に生やし伸ばしてくる呪現獣の黒い腕。その腕を掻い潜りながら、斬り払いながら、呪現獣の本体に猛進していく。だが呪現獣は攻撃を緩めない。刀身を狙われ剣を弾き飛ばそうとしてきた。指がとかれ、剣を手放しそうになる。
──僕は……僕は!
サーロの強い覚悟に呼応するかのようにラビルの革のベルトの紋様が仄かに翡翠色に輝き、掌を強く締め付ける。サーロは再び掌に力を込め強く剣を握りなおす。そして自分に迫る黒い腕を斬り癒し消し去る。
しかし数多伸ばされた腕の一つはサーロだけでなく後方にいるティアラをも狙い始めた。
「ティアラ!」
すぐさま庇いに動こうとしたが自分に迫る腕が邪魔をし、離れた位置にいるティアラの元へ駆けつけられない。ティアラは迫る手に心では怯えながらも強い眼差しを向ける。
「龍をなめるな!」
怒気を孕んだ通る声がティアラの耳にも届いた。するとガレアが囚われていた黒い塊が一瞬にして弾け消え去った。砂埃でよくティアラには見えなかったが、そこには巨大な龍の残影が見えた気がした。そしていつもの姿を現したガレアから紅に煌めく光がティアラに迫る黒い腕めがけて放たれた。それはガレアの紅の剣だった。黒い腕は剣が刺さった場所から塵の様に消失していった。
「ふぅ、すまないね。二人ともよく頑張った。さぁ、このコンサートもそろそろ幕引きにしよう」
「はい!」
サーロは改めて呪現獣へと翡翠の刃を届かせるため強く地面を蹴り出す。ガレアは翼を具現化し、肥大化していく呪現獣に向かって真っ直ぐ目にも留まらぬ速度で向かっていく。一度羽ばたいた衝撃が遅れてガレアのいた場所から発生する。
ガレアは呪現獣に飛び乗り、龍化させた手を本来あるべき大きさにし、大地に強く押さえつける。
「サーロ! 今だよ!」
少し遅れて押さえつけられ身動きが取れないでいる呪現獣の元へ駆け寄るサーロ。だがその刹那、肥大化し膨れ上がっていた黒い影の塊のような呪現獣から元のサイズの人型が勢いよく切り離され、瞳を閉じノートを抱きかかえ歌い続けるミシトへと迫る。
──このままでは彼女が危険だ。仕方がない、私の力で……。
「ガレアさん!」
瞬時に状況判断し、ガレアは呪現獣の核を自分が消し去ろうと考えを巡らせた刹那、サーロはガレアの瞳を強く捉えアイコンタクトでメッセージを伝えてくる。そうして瞬時にミシトの方へ振り向き両足の裏をガレアに見せる様に跳躍する。
「まったく、若者は無茶するね!」
ガレアはサーロの意図を汲み取り、核から切り離され動かなくなった黒い塊から即座に離れ一度羽ばたきサーロの元へ。足の裏を合わせ、力強く、だがサーロが耐えられるように絶妙な力加減をし、蹴り出し、発射した。
──お願い届いて!
──癒し斬る!
ティアラの祈りとサーロの覚悟。二つが込められた翡翠の剣がミシトに今まさに手を伸ばす呪現獣、フィーリエの歪んでしまった想いの残光へと届く。翡翠色の輝きが一閃。黒い影を斬り癒す。
黒い人型の呪現獣は淡い光を放ちながら崩れ始める。そこから現れたのは僅かに体が透けた金髪の少女だった。




